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第8話 仮想の敵と模擬戦①

気付けば、ひと月経っていた。さすがに、身体つきがしっかりしてきたには実感出来る。おそらくは、格闘家と言うよりも、格闘ゲームのキャラクターに近い体格だろう。今なら多分、某格闘キャラにも勝てそうな気がする。


「よし、全員集まったな!これから、トレーニングメニューを一新して、模擬戦に取り組んでもらう」


 いつものように、朝から訓練場に来ているのだが、アルフューレの様子がまた一段と険しくなっている気がした。

そして、昨日まではなかった謎の青い箱のような空間があった。大きさはテニスコート位だろうか?


「へへ、ついに実戦ってわけか!俺たちもガインズに稽古つけてもらってたが、こっからが本番だよな」

「うんうん!どんな訓練になるにか、わくわくだね!」


 本当に里美とリックは元気だなー、なんて他人事のように見ていたが、模擬戦って事は、勝敗を決する可能性が高い。場合によっては、最悪の結果があり得る。

まあ、俺は一回も立ち会ってもらってないから、戦う行為自体が初めてなんだけど。


「そう緊張しなくてもいい。相手はこの空間内に召喚される仮想の敵だ。そして、魔導体となり戦ってもらう。攻撃を受ければ相応の痛みや欠損はあるが実体が怪我をする事はない」

「その痛みでどうなるかは根性次第だが、安心して戦え!」


 ちょっとー!ガインズさん?アルフューレさん?今、すごいアバウトに死ぬかもしれん感じで言いましたけど?


「ははは!いいねぇ面白そうじゃねぇか」

「痛いの嫌だけど、これまでの成果を発揮するチャンスだしね」


 君達のポジティブさが羨ましいよ。俺は、殴る蹴るとは無縁で過ごしてきたから、超絶怖いです。


「総一くんも頑張ろうね!」

「ソウイチ!俺の強さ見せつけてやるぜ」

「ああ...頑張ろうな、リックも期待してるぜ」


 どうして、この2人は前向きなのかよりも、これから行われる模擬戦に対して、心が萎縮してしまっていた。そこへ、ガインズが歩み寄ってきた。


「総一、君は今日まで欠かさずにトレーニングをこなしてきた。自信を持って戦ってみると良い」

「ガインズ教官...」


 グッと拳を握りしめ、なんとか自分自身を鼓舞してみる。まだ不安は拭い切れないが、やれるだけの事はやってみるさ。


「さあ、まずは私の訓練生から行こうか」


 アルフューレの合図で、プレイヤーの男が1人、空間へと近付く。その側には、実剣の束が用意されていた。その中から、一振りの剣を渡されると、緑色のオーラ的なものに包まれて、姿が一瞬で消える。その後、空間の中にそのプレイヤーが姿を現した。


「こ、これが魔道体?なんか実体と変わらないな」

「当然だ。この空間は、現実を限りなく再現出来る様に構築されている。つまり、中で死ねば...死ぬ」

「ええええぇぇ!!??待って、出してくれー!」


 慌てふためく男は、空間の壁をガンガン叩いているが、びくともしない。それに、アルフューレも相手にせず、「来るぞ!」と、言い放ち、男の後ろを指さす。


「来るって、何が?!」


 男が振り返ると、ちょうど反対側に魔法陣が浮かび上がり、仮想の敵とやらが浮かび上がってくる。


「ま、待ってくれ!これが敵って聞いてねぇ!」


 そこに現れたのは、あの日の映像で見た巨大な猿のような化け物だった。「ボラララーーー」と叫ぶ声に、男はブルブルと震えている。


「くくく、敵ってやっぱ化け物かよ」


 リックは、好奇心が掻き立てられて、今にも自分が戦いたそうな雰囲気を出していた。それにしても、心の準備なしにあれはきついだろう。惨劇を生み出した化け物が、いくら仮想であっても、対峙すれば恐怖で満たされるに違いない。


「愚か者!貴様は、私とその大猿のどちらが怖い?それが怖いのならば、私が相手をしてやってもいいぞ」

「はいぃぃっ!戦います!!」


 おいおい、今までどんな訓練受けてたんだよ。男の背筋がピンと伸びて、しっかりと剣を構えた。


「覚悟しろ!この化け猿め」


 素晴らしい教育が行き届いているようで、感服してしまう。男は、迷いのない助走で化け猿に向かっていく。


「ボゥララ!」

「甘い!」


 化け猿が、ジャブをかましてくるが、華麗に避けて懐に入る。そして、勢いよく脇腹を目掛けて一振り。


「うらぁぁーー!」


 ズバッと、脇腹を斬りつけると、紫色の血が噴き出した。「ボワァァァ」と、悲鳴を上げる化け猿だが、それを好機と見て、畳み掛けようと背中を目掛けて斬りかかる。


「もらったぁーー!」


 完全に捉えたと思った剣は、空を切った。斬りつける寸前に、化け猿が前へステップし躱したのだ。そこから、左回転で疾風の如く拳を繰り出す。


「うわぁぁああーー!」


 男は咄嗟に剣を盾にしたが、拳の威力を防ぐ事は出来ずに、グシャっと音を立てて四肢もろともバラバラに散る。


「ええ...嘘」「まさか死んだ?」と、周りがざわつく。しかし、無常にもアルフューレが口にしたのは、「次っ!」の一言だった。


「さ、さすがに死んでないよね?」


 さっきまで元気いっぱいだった里美だが、今のを受け入れるには、能天気では居られない。血の気の多いリックは、舌舐めずりをして早く出番が回ってこないかとそわそわしている。


「生きるか死ぬか。単純で良いじゃねぇか...俺は前までもそうだったからよ」

「お前って、どんな人生歩んで来たんだよ」


 ああん?と、リックは、眉をひそめながら俺を見る。それから、にやりと悪そうな笑みを浮かべると言う。


「ガキの頃から喧嘩上等で生きてたからよー何するにしても力で手に入れてきた。ゲームはたまたま根暗な奴からぶんどって、やってみたら面白くてよー」

「あいわかった...つまりは武勇伝盛りだくさんなわけだな」

「おうよ!聞きたいか?」

「まあ、この模擬戦で生きてたらな」

「なら、後でたっぷり聞かせてやるぜ!」


 生き残っても聞きたくないけど、聞かされた暁には、お互い生きてた証拠になるから悪くはない...かな?


 それから、次々にプレイヤーが空間へと入っていき、化け猿との模擬戦に挑んでいる。ひとり、またひとりと、あの拳の餌食になっていく。空間内は、仮想とは言え確実に血の海へと変化していた。


「次は誰だ。早く前へ出ろ!」


 アルフューレは、未だに1人も討伐者が出ない事に、苛立ちを隠せずにいた。彼女の元に、31人居たプレイヤーも今や残すところ、あと6人。


「い、嫌だ...死にたくない」

「戦いたくない!あたし帰る!」

「お、俺もだ!ログアウトさせてくれ」


 3人の男女プレイヤーが、恐れをなしリタイヤを申し出た。


「ほぅ...ならば仕方ないな」


  アルフューレは、腰に携えていた鞘と剣を握る。


「待て!アルフューレ」


 ガインズが、慌てて彼女を抑えようとしたが、その剣は既に鞘から引き抜かれて、3人を切り捨てていた。彼らの身体は、何分割にも分かれ、血飛沫を上げながら崩れていった。

「きゃぁぁあああ!!」「うわああぁぁ!」と、悲鳴が飛び交うなか、アルフューレは剣を払い鞘に納める。


「アルフューレ、どうして斬った」

「恐れる者は早かれ遅かれ死ぬ。足手まといになる前に斬ったまでだ」

「お前はどうしていつも!」


 2人が口論を繰り広げている隙に、空間へと歩を進める男がいた。透き通るような、まるで女と見違えるような顔立ちで、サラサラとした銀色の髪は、肩に少し掛かるくらいの長さで、歩く度にゆらゆらと揺れていた。


「綺麗だねー」


 里美が、羨むように言った。俺も、そに姿に魅入られてしまっていたが、声を聞いた途端にハッとする。


「剣をもらえるか?」


 その声は低く、それでいて伸びが良くて通る。まさに美男子と言えるさまに、空いた口が塞がらなかった。


「すまないカイル、すぐに始めよう」


 「まだ話は終わってないぞ」と、ガインズが言うが、アルフューレは、その男ことカイルの元へ行き剣を手渡す。


「お前は勝てるな?」

「...当然だ」


 睨みを効かせるアルフューレに、物怖じもせずにカイルは答え、鞘から剣を抜き、鞘を地面に投げ捨てた。その後、カイルを緑色のオーラが包み、空間に移動させる。その中には、待たされていたせいで、イライラをぶつけたそうにしている化け猿が、鼻息を荒くしていた。


「ボゥルルル!」

「こい、雑魚猿...」


 「ボガァァ!」と、唸り声を上げながら、一瞬でカイルに攻め寄る。そして、今までよりも鋭い拳で殴りかかった。パーンッと、破裂するような音と共に、ドガガァと、地響きが起こる。カイルが立っていた場所には、小規模のクレーターが出来がった。


「遅いぞ、雑魚猿」


 化け猿が、拳を地面に打ちつけた時には、カイルは背後を取っていた。ゆっくりと、剣を構えていると、化け猿は瞬時に振り返り、臨戦態勢を取ると、すかさず襲い掛かった。


「馬鹿のひとつ覚えとは、まさにこの事だな」


 シュパンッ!と、歯切れの良い音が響く。カイルと化け猿はすれ違うが、化け猿は力なく項垂れて、切り刻まれていた身体は、パズルが崩れるように地面へと落ちていった。


「化け猿を一瞬で倒しやがった」


 俺は、開いた口が塞がらないままだった。倒すにしても、もっと死闘を繰り広げるはずだと考えていたのだ。だが、呆気なく決着がついた。里美もリックも、さすがに驚きを隠せずに言葉を失っていた。


「良くやったぞ、カイル」

「あの程度の雑魚にどうやって負けるんです?」


 アルフューレは、誇らしげにカイルを褒めるが、彼は少し呆れた様子で返した。それを見て、ガインズは頭を抱えてため息を吐いていたが、それには俺も同情する。


「さて、アルティマギアを顕現させた君達の実力を見せてもらいましょうか?」

「お......おう!見せてやらぁ」


 カイルが、俺達を蔑むように言った。リックは、なんとか応じるも、辿々しい感じでどこか頼りない。けれど、俺も自信なんてなかった。もしかしなくても、この模擬戦で死ぬ予感しかしなかったからだ。


「わ、私達だってあんな猿くらい楽勝よ!」


 里美が威勢を張って言い返した。しかし、カイルは、「せいぜい楽しませてもらいますよ」と、軽く手であしらうように返事をし、後方へと去っていった。


「な、なんなのよあいつー!」


 里美は、大きく頬を膨らませる。その様子を見ていると、ほんの少し気持ちが和らいだ。


「見返してやろうぜ!」

「おうよ、俺達の実力なら化け猿の1匹や2匹どうって事ねぇよ」

「いや、1匹でいい」

「ぷふっ、なにそれー弱気じゃん」


 里美とリックが笑い合うと、ガインズ側のプレイヤー達は、釣られてにこやかになっていく。


「お前達...強い心を持ち合わせているみたいだね」


 ガインズも、にこやかに語りかけてきた。アルフューレ側は、残り2人が深く頭を下げて許しを乞い、アルフューレは、ギリッと、歯軋りをしていたが、お咎めはなかったようで、リタイアを受諾された。


「ちょっと緊張するね」

「まあ、なるようにしかならないさ」


 俺は、らしくもない言葉を里美にかけながら、自身の気持ちを落ち着かせていた。他のプレイヤーも、各々で緊急を解している様子が見て取れる。パンッ!と、ガインズが手を叩くと、25人のプレイヤーが彼を見る。


「勝つぞ!」

「「おおおぉぉーーー!!!!」」


 俺達は、一斉に声を上げた。さあ、模擬戦の始まりだ。

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