第6話 技能と魂の顕現②
「うわぁぁああああ!!??」
「助けてぇぇーーーーーー」
お隣では、アルフューレの厳しくも酷い訓練が展開されていた。(最早、救いようがねえ…)
木で作られた剣が配られ、上から下へ振り下ろす動作を繰り返す。一般的な素振りの光景が広がっている。
そこに、数人ずつがアルフューレに稽古をつけられている様子だった。
「ぎゃぁぁああ!」
稽古中の男が、無情の一撃をみぞおちに食らっていた。
木の剣だから、真っ二つにはならないものの、あれで思い切り殴られたら痛いどころじゃないな…。
「アルフューレは相変わらず容赦を知らないな」
ガインズが、呆れた表情で言うが、(あんたも絶対容赦ないだろ)なんて口が裂けても言えない。
ここは静かに、言われた事をやるだけだ。
「まあ、俺はあいつのように厳しくはしないが、確実に顕現出来るようにはなってもらう」
それから、アルティマギアを顕現させる方法についての講義が始まった。
「まずは、魂を感じる事が必須になる。だが、言葉で言える程、単純ではない。最初は、心の中で自問自答をするイメージを持つんだ。頭ではなく胸で考えると言えばいいかな」
身振り手振りをしながらの説明を聞き、その場にいたプレイヤー達は、その教えに従いやってみる。
俺も、とりあえずは目を瞑り自身に問いかけてみる。
(これで顕現出来るようになるのか?あくまで、才能の有無でまた切り分けされるだけじゃないのか?)
なんて、かなりネガティブな自問自答を行いながら、意識を胸に…いや、魂に集中させる。
すると、じんわりと心臓辺りが温かくなる感じがした。同時に、鼓動が早く、強くなる。
ドックン…ドックン…。
はっ!と、目を見開き、ガインズと目が合う。彼は、俺に気付き、微笑を浮かべながら言う。
「君は飲み込みが早いようだね。他の者も魂に熱を感じたなら、更に呼び掛けるように叫べ。顕現せよ!と」
いつ振りかは分からないが、真剣な表情をしていたに違いない。更に深く集中して、俺は、ガインズの指示に従い叫ぶ。
「顕現せよ!アルティマギア!!」
俺の声に続く様に、プレイヤー達も同じく叫び出す。
その叫び声が、訓練場にこだました。すると、プレイヤー達の足元には、鮮やかな色を持った魔法陣が浮かび上がる。
感嘆の声が漏れる中、それぞれの目前には武器が浮かび上がって具現化した。
しかしながら、俺の身にはただただ沈黙があり、何も起こる事はなかった。
「…気にするな。どんまい!」
いやいやいや、どうなってんだよ!俺は確かに感じていた。魂のなんとやらを。それに、期待された感じで叫びましたよ?
「ぷっ……ぷふぅっ…だいじょぶだ…ぷぷっ、どんまい!」
ムカつく女は、なかなか立派な大剣を持っていた。
里美のやつ、馬鹿にしやがって!と、苛々もしたが、それ以上に恥ずかしさが勝っていた。周りも、なんだか和やかな雰囲気だし、余計に恥ずかしかった。
「どうやら、君には、顕現させられるアルティマギアが結びついたわけじゃないらしい」
「顕現させられないって事かよ?!それじゃ、完全に戦力外だろ??」
「いや、俺もそうだからな。決して悪い事じゃないさ」
ガインズは、恥ずかしさと怒りによって混乱する俺に、自身も同じ境遇だと言っている。
その言葉に、衝撃を受けつつも、冷静さを取り戻すきっかけをもらえた。
「ガインズさんもって事は、顕現させる事の意味って何なんだ?」
恐らく、このやり取りを聞いていた他のプレイヤーは、同じ疑問を持ったに違いない。まるで、アルティマギアの適合率高ければ、顕現出来て当たり前みたいな空気感があったからだ。
「それは、オンリーウェポンを持つと言う意味がある」
めっちゃ重要じゃねぇか?ゲーム内でのマストだろそれ!
頭の中が、新たな苛立ちと困惑でぐちゃぐちゃになり、また冷静さを失っていた。
「ふざけんな!顕現出来なきゃ武器がないって事だろ!?それでどう戦えって言うんだ」
「武器なら造ればいい。その代わりに君は大きな才をもたらされたんだ」
それが何なのかを理解するより、焦りだけが勝っていた。
俺以外は武器を手に入れていて、ただでさえステータスが低い俺が顕現出来ないなんて、もうここに居る必要すらなんじゃないかと自暴自棄になりかけたが、
「もっと深く魂を感じて叫べ!」
ガインズが喝を入れるように言った。俺は身体をびくっと震わせて彼を見る。
「大丈夫さ…君なら出来る」
まるで背中を押すような語り掛けに、俺は素直に応じて目を瞑る。そして、先程よりも深く、もっと深く感じる。
確実に、心臓が強い鼓動を打ち、徐々に身体中が熱を帯びる。例えるなら、熱い湯に浸かった後みたいな、どこかさっぱりとして心地よい感じだ。
「よし、今だ!!」
「顕現せよ!アルティマギアァァァ!!!」
カッと目を見開き、一切の濁りなく叫ぶと、例の魔法陣が...まあ立派な魔法陣が...現れませんでした。
無垢な少年に戻ったかのような錯覚に落ち入り、これから物語の幕があける!みたいな空気感を作っておきながら、この始末ですかい?
「うん、無理そうだな!」
きっぱりと言い切られてしまっては、マジで俺の存在意義ないじゃんか。
「えっと、気分悪いんで見学してていいっすか?」
「ぷふっ!体育の授業サボる時のやつだー」
里美には、完全に笑い物扱いされていたが、もういいんだ。俺は主人公どころかモブですらないし、諦めよう...色々と。
「君はもしかすると、あれかもしれないな」
もう騙されんからな!と心を固く閉ざすようにそっぽを向いてみる。
しかし、ガシッと肩を掴まれて、くるりと向きを正される。
「君にひとつ問いたいのだが良いかい?」
両手でがっちりと肩を掴まれた状態で拒否権はない。断れば地面に埋められてしまう気がした。パズルのピースをはめるみたいに。
多分、身体能力的にはペシャンコになるか、腕がもげるか...どっちも嫌だよ!
身の安全を確保すべく、俺はこくりと頷いた。
「君は実体のある刃だけが武器だと思うかい?」
「へ?い、いやぁ...」
急に真面目な質問をされたせいで、変な声が出てしまった。
脳内を整理しながら考えてみる。ガインズの言うように、武器と呼ぶ物は、一般的に剣とか銃とかなんだろうけど、もちろんそれだけじゃない。
「俺が思うに、魔法とかも武器になり得るし、戦術とか考える知識や裁量なんかもそうだと...」
「ああ、まさに君の言う通りだ」
バシッと肩を叩かれ、一瞬ヒヤッとした。腕は...無事みたいだ。それから、ガインズは数歩後ろに下がると腕を組みながら言う。
「どうやら君は実体のない力が顕現しているようだ。俺は身体強化系の力が顕現したんだが、もちろん魔法陣も展開していたし、今まで展開しなかった例は無かったから初めてのケースなんだ」
「別に頭の回転が早くなった気もしないんだけど」
俺も同じく腕を組み、2人揃って首を傾げる。
「どうしたんだガインズ?問題でも発生したか?」
「ああ、少しばかり厄介な事が起きている」
アルフューレがこちらにやって来る。その背後には、這いつくばっているプレイヤー達が、「うぅー」とか「あぁー」とか、まるでゾンビ映画みたいな光景になっていた。
「厄介な事だと?」
「ああ、彼なんだが」
アルフューレに、ギロッと睨みを効かされる。待てよ、俺が悪いのか?
「何故かアルティマギアを顕現出来ないんだ」
「何?顕現できないだと?!」
ハッと驚いた表情を浮かべ、次に深く項垂れて深刻な顔で何やら考えている。俺には主人公補正なんてないし、モブ以下だから救いようもない事態が待っているに違いない。
「もしや、フライアン大隊長の言っていたあれか...」
何やら意味深過ぎる一言が聞こえたが、あれってなんだよ?
「お前はもしかすると、魂とアルティマギアが同化したのかもしれない。簡単に言えば、顕現させる必要がないと言う事だ」
はぁ?っと、言いそうになったが、グッと堪える。必要ないとか言われたって、完全に落ちこぼれてる俺には、やっぱり救いようのない言葉だ。
「もう少し解るように言っってくれ」
また、アルフューレは考える素振りを見せてから言う。
「お前は今の自分の力が普通だと思うのか?」
また質問かよ!と、思ったのだが、言われてみれば普通じゃない気がしていた。それもそのはずだ。あれだけの大岩を少しとはいえ動かせているのだから。
「まあ、俺の知る限りあんな岩を動かせる人間は存在しないはずだ」
「そうだろな。つまり、ここにいる戦士候補達は皆、普通じゃない。その中でもお前は異質なんだよ」
「異質って、マイナスなイメージしかないんだけ」
アルフューレは、キリッとした態度で俺に歩み寄って来る。すると、あり得ないくらい優しい表情で言った。
「お前は間違いなく選ばれた存在だ」
そう言われた途端に、身体がふわっと軽くなった気がした。どうしようもなかったはずの土壇場の俺が、何に選ばれたのか...知るのはもう少し後の事だが、それでもこの時の俺は、完全に浮かれた気分を隠すので精一杯だった。