第2話 適合する者しない者
獣人によって言い渡された言葉は、この場所に集められた人々にとっては、如何ともし難いものだった。
「試験?なにそれ?」
「はぁ??俺らトッププレイヤーなんだけど?」
次々に、クレームが飛び交い始める。
ステージ上の獣人は、そんな状況でも平静を保ち、数分間の沈黙を保った後、その内容を口にした。
「誇るべき、トッププレイヤー諸君!君達の実力はもちろん分かっているつもりだ。だが、それはゲームの中での話だ。この世界では、アバターなど存在しない。戦うのは己自身なのです!」
獣人ことフライアンは、よく通る声でこの場のプレイヤー達に言葉を伝えた。
それと同時に、ざわつきもあった。
「へ?ここってゲーム内だろ?なに言ってんの」
「ははは、脅そうとでもしてんの?!」
当然といえば当然だろう。
ここに集まったプレイヤーは、あくまでゲームにログインしたつもりでいる。
というか、俺だってそうだ。まだ、現状を把握しきれていないけれど、ここがゲーム内だと信じて疑わない。
大規模イベントが発生したが為に、一時的にログアウトを禁止されているに違いない。
また、少しの間を取った後に、フライアンは、大きく深呼吸すると、強い眼差しで喋り始める。
「ここはゲームでない!紛れもなく現実である。しかし、君達の住む世界でもない。」
再び、皆がざわつきをみせたが、フライアンは続ける。
「たった今も、全ての世界は多大なる恐怖と隣合わせに顕在している。君達の世界である地球も例外ではない。」
更なるざわつきを生むが、フライアンは右脚を少し上げると、勢いよくステージを踏み付けた。
ダァァァーーーーーーーーン!!!
豪快な音がその場を覆い尽くし、静寂を作った。
「私は、冗談を言う為に君達を招集した訳では無い。あくまでも、希望を見出す為の一節に過ぎないのですがね。」
最早、この場を会場と呼んでいいだろう。
完全に、主役とも言えるフライアンに、全ての主導権を握られたプレイヤー達は、息を呑みながらその言葉に耳を傾けていた。
「ここに集まってくれたのは、アルティマギアの上位10,000人のトッププレイヤー諸君だ。君達は、擬似的な身体を操作する才能と、それを網羅する為の努力を兼ねそろえている。だからこそ願う。我々にその力を貸して頂きたい!」
唐突に、突き放たれた言葉に、その場のプレイヤー達は、動揺していた。
「力を貸してとか何言い出すんだ?」
「そもそも設定がありがちで面白くないんだけど…」
「つか、早くログアウトしてー」
俺だって、ログアウトはしたい。
こんなのは業務外だし、世界の破滅を救ってくれみたいなことを言ってるみたいだけど、所詮はゲームの中の話であって…。
そんな事を考えていた矢先に、再びフライアンが、ステージを踏み付ける。
ダァァァーーーーーーーーーーン!!!!
先程よりも強い足踏みで、プレイヤー達は反射的に肩をすくめてしまう。
「これより、皆様の手元に配られるのは、とある魔晶鉱石です。」
フライアンが、腕を翳し指を鳴らすと、目の前に魔法陣っぽいものが浮かび上がり、そこから鉱石と言える物が出てきた。
「その石の名は、アルティマギア!」
その石は、紫色に染まっていて、例えるならば岩塩の塊の様な形をしている。
しかし、この石が…
「アルティ…マギア??」
フライアンの言葉を信じるならば、ゲームタイトルと同じである。
当然、他のプレイヤー達も疑心暗鬼になっていた。
今までプレイしていたタイトルと、同じ名前の石を渡されて、これから何が始まるというのか。
「さぁ、試験を始めましょう!その石を胸の前へ!」
各々が、とりあえずといった雰囲気で、フライアンの指示通りに、石を胸の前に持つ。
俺も、右に習えで同じ動作をとると、急に石が眩く光始めた。
「うわぁ?!なんなんだよ一体!?」
慌てて石から手を離すが、石は落ちる事なくその場で光り続けて、心臓を目掛けて飛んできた。
「わぁぁぁあああああ!!!???」
全プレイヤーが、同時にその挙動に見舞われて、会場全体が驚きの声で満たされる。
同時に、複数の光が混ざった状態で、何も視認できない。
「くぅっ!何がどうなるってんだよ?!」
数秒後、光が収まると、多くのプレイヤーが石畳の上に横たわっていた。
これが試験の結果と言う事なのだろうか?
フライアンが小さくため息を吐くと、ゆっくり口を開く。
「どうやら、上位と言えど、適合者は少なかったようですね」
ステージ上に居るフライアンの両脇に、一人ずつ、今度は獣人ではなさそうな、フードで顔を覆った魔術師っぽい者が現れた。
「不適合者を、返送して下さい」
「かしこまりました…」
フライアンの指示で、その魔術師?である2人は、両手を前に翳して、何かを唱え始める。
その呪文のような言葉が、長々と連なっていくと、横たわっているプレイヤーに変化が現れた。
光の粒が、その身体を包み始め、少しずつその身を透けさせていく。
「返送って、一体どこへ…?」
おそらくは、元の世界なのだろう。
ここまで来て、現状を理解しないわけにはいかない。
間違いなく、ここは…異世界だ。
フライアンの言った通り、ゲームの中ではなく他の現存するどこかと言う事だ。
その理由は簡単だ。
システムを管理する俺には、あらゆる設定を熟知し、各種のエフェクトをも分かっている。
対人を、どこかに転送する魔法はあったが、状態異常中のプレイヤーには有効ではない。
その上、エフェクトもこんな薄っすらと消えていく様な物ではなく、一種で姿を消すタイプだった。
「この光に触れたら、もしかして!」
俺は、咄嗟に近くの横たわるプレイヤーに、触れようとした。
バチバチッッ!!!
「痛ってぇ!!」
触れる手前で、火花が散り、拒絶されたようだ。
「不適合者のみを返送しています。くれぐれも、その光には触れないように…痛い思いをしますよ?」
(もっと早く言えよな…)
数分後、この会場は適合者だけとなった。
上位プレイヤー10,000人中、残ったのは89人。
まるで、ガチャの当たりの排出率みたいだ。
不適合者が、ただ帰っただけなのなら、どちらかと言うとハズレ枠なのだが、適合してしまった以上は、話をしっかり聞く必要がある。
「さぁ、適合者のプレイヤー諸君。こちらへ来てください」
フライアンの手招きに誘われるように、適合者となったプレイヤーは、ステージへと足を進める。
ステージ前へ89人の適合者が揃うと、
「おい!キツネ野郎!ちゃんと説明しろ!」
金髪にピアスの男が、フライアンに食ってかかる。
怖い者知らずも良いところだが、何事も犠牲…いやいや、先陣を切る人間は必要だ。
「えぇ、説明はさせて頂きますよ。ですが、その前に第2の試験です」
(おいおい、第2のってどう言う事だ?)
心の準備など、当初から無かったわけだが、相変わらずのペースで、フライアンは指を鳴らすと、ステージの背後に可視化された映像が映し出される。
「ちっ!次はなんだってんだ!?」
金髪男が、舌打ち混じりに不機嫌そうな面持ちで、フライアンを睨みつけていたが、彼は鼻で笑うと言葉を続けた。
「これから、皆様に見て頂くのは、貴方型の世界に迫るであろう現実です」
「てめぇ!いま鼻で笑いやがったな!」
金髪男は、フライアンの行動に怒りを露わにして、ステージへと乗り込んだ。
そして、その勢いで殴り掛かる。
「うらぁぁぁぁ!!」
バシンッ!
フライアンは、ほとんど姿勢を崩す事なく、拳を受け止めると、合気道の如く、金髪男を捻り倒した。
「ぐぅあぁぁ…」
「少し、気性が荒いお方ですね。まあ、この映像を見ても虚勢を張れるのであれば、大歓迎ですよ」
再び、フライアンは鼻で笑う。
だが、これに懲りたのか、金髪男は倒れ込んだまま、何も言い返さなかった。
「それでは、見て頂きましょう。とある世界に起きた本当の映像を…」