第1話 FRYANからの招待状
―プロローグ―
蠢く巨体を前に、ただ逃げる事しか出来なかった。
「はぁ…はぁ…」
息は乱れ、何度も転びながら、その巨体から逃げ切る事だけを考えていた。
数十メートルはあるであろう、蛇のような怪物が、岩を砕き、大地を揺らしている。
そこへ、複数の人間達が飛び掛かっていく。
「お前達は、村まで走れ!振り返るな!」
大柄な男が言う。俺以外にも、逃げ惑う人々がいるからだ。
その怪物へと立ち向かって行った人達は、剣や斧などの武器を振り下ろし、巨体を斬りつけている。
「グワァォォロロロロ!!」
怪物は、怒号のような唸り声を上げた。
「マジかよ?!俺らあんなのと戦わなきゃいけないのかよ?!」
「ふざけんな!こんなの無理ゲーだろ。」
俺の近くを走っていた男達が、次々に愚痴をこぼしていたが、その内容よりも、喋っていられるその根性が凄いと感じていた。とにかく、村まで逃げ切れば、結界で覆われているエリアだから安心できる。
「ねぇ!君は、あれと戦う勇気ある?」
少し後ろから、幼くもはっきりとした口調の女の声が聞こえた。
「あ…あるわけない…だろ。」
俺は、前だけを向いて走りながら、声だけで返事をした。
「ふふ、だよね。さすがにあれは無いよね?」
どうして笑ったのかは知らないが、間違いなく言える事は、戦う事自体が不可能だと言う事だ。
急に、村の外へ連れ出されて、訳もわからない状況に置かれて、挙げ句の果てに逃げろ!とか、全く理解ができない。
だからこそ、無我夢中で逃げているんだ。
死にたくない…死にたくない…
ただ、生への執着だけが身体中を駆け巡り、「きっと、ここは地獄なんだ」と、現実から背くための言い訳を呟きながら、この時の俺はとんだ弱虫だったに違いない。
チュートリアルから、言われるがままに突き進んだ結果がこれだ。
こんなはずじゃなかったんだ。
世界が注目し熱中し、我を忘れて遊び尽くしていたゲームをきっかけに、たった今、どうしようもない展開へと繋がっていた。
俺の名前は「佐野総一」。そこそこの高校と大学を卒業して、企業には就職はせず、趣味でやっていたゲームプログラミングを仕事にして生活しているフリーのゲームクリエイターだ。
まだ、始めて一年そこそこだが、在宅勤務だからと言って、楽ではない。
何事も本気でやると言う事は、少なからず苦もあるのは当然だ。
依頼人となるゲーム会社から、制作や編集・デバック等を請け負い、PC経由のみでやり取りをしている。
しかし、今回はゲーム内をプレイヤーとして、監視と管理を行うという依頼だった。
ゲーム自体は、基本的にAIが行う仕様になっていたが、人間味を加えたいという要望の元、ゲームバランスや、プログラミングのエラーを、随時、確認しながら修正を行うという内容だ。
そのゲームのタイトルは「アルティマギア」。
VRゴーグルを装着して、手元のコントローラーだけで仮装世界を動き回る事ができるRPGだ。
最初に、プレイヤーは、アバター作成を行い、それぞれが10種以上の好きな属性と、アレンジありの戦闘スタイルを組み合わせてメイキングし、そこからスキルを派生させたり、各々でレベル上げやステータスを伸ばして強化していく。
そして、対人戦やモンスター討伐などの多種多様なクエストがあったりと、やり込み度は無限大だ。
基本設定だけ見れば、一般的なMMOと変わらないかも知れない。
しかし、重要な要素が3つある。
まずは、オンリーウェポンシステム。
武器の種類は、ある程度限りがあるが、特徴を複合したり、オリジナルのデザインを採用出来たりと、文字通り「自分だけの武器」が創れるのだ。
次に、ランダムクエスト。
自動生成されるクエストが、プレイヤーを選ばずに次々と現れて、コンプリートを許さない。
自然現象や、敵となる存在の不確定さが、プレイヤーを飽きさせない。
最後に、エヴォルコアである。
ステータス、レベル、スキルとは別に、プレイヤーの根本的な要素を判定し、覚醒させることが出来るシステムだ。
各自の、あらゆる行動から予測される個性を、人工知能が分析・解析し、オリジナルスキルやユニーク職業を手に入れる事が出来る。
つまり、簡潔に言えば同じプレイヤーは一人も居らず、それらを完全に具現化したゲームなのだ。
その自由度の高さ故に、寝る間も惜しんでプレイに没頭して、気付けば俺は、トップクラスのプレイヤーになっていた。
ピロロン♪と、少し高めの機械音が鳴る。
「正規にログアウトしました」
ゴーグルから、機械アナウンスが流れると、それを外してデスクに置く。
「ふぅー、ちょいと休憩っと」
大きめのため息をついた後、ゲーマー御用達の椅子から立ち上がり、冷蔵庫へと吸い込まれるように進み、ペットボトルの炭酸飲料を取り出して、豪快に蓋を開けると、グイッと一杯やってみる。
「くぅぅぅぅぅ!喉越しがたまんねぇー」
俺の日課となっていたこの一連の動作だが、本当ならビールをグイッと行きたいところ。
残念ながら、まだ仕事が残っている為、まだお預けだ。
「さぁてと、シャワー浴びてリラックスしたら、もう一回潜りますか」
少し長めのシャワータイムを取り、着替えを済ませて御用達椅子に腰掛ける。
すると、PCにメール通知が表示されている事に気付いた。
差出人は「FRYAN」と書いてあるが、業界関係でも、ゲーム内のフレンドでも知らない名前だった。
読み方は、おそらく、フライアンでいいのだろう。
「ん〜、誰だこいつ?」
とりあえず、メールを開くと、そこには招待状のような内容が書かれていた。
「はじめまして、世界中の有力プレイヤー諸君。私はFRYANと申します。この度は、我が社の制作したアルティマギアをプレイして頂き、誠にありがとうございます。このメールは、上位プレイヤーである方々にのみ送信しております故、他言無用に願います。次にログインして頂く際に、ゲートインと言ってからログインするようにお願い致します。では、後ほどお会い致しましょう。」
(我が社?こんな名前知らないけどな…)
全く持って知るはずのない名前の人物が、アルティマギアの制作・運営会社である、DEPOXの関係者だと主張しているようだ。
そもそも、社長の名前は違うはずだし、こんなハンドルネームでやり取りする人が居るはずはない。
兎にも角にも、ログインすれば、このフライアンって奴に会えるって事だろうか?
いまいち、展開が読めないのだが、言われた通りにやってみるしかないだろう。
「いやいや、そもそも俺は運営側なんだけどさー。まあ、デバック箇所も許容範囲だったし、先に、このメールの指示に従ってみるかな」
再び、ゴーグルを顔に取り付ける。そして、電源をオンにすると、「パワーオン、サクセス」とアナウンスが流れた。
目の前に映し出されるログイン画面には、音声認識を開始する文字が表示される。
ID Sairios
ログインと発音して下さい。
「えーっと、ログ…じゃなくて、ゲートイン!」
ピコン♪と機械音が鳴った後、アナウンスが入る。
「認証ワード、ゲートイン検出。プレイヤーの転送を開始します。」
「はい?転送ってどういうことだ?」
初めてのアナウンスに、少し動揺してしまう。
ただ、画面はいつも通りにゆっくりと白画面の状態になり、一瞬だが、視界を奪われる。
眩しいくらいに光るので、反射的に目を瞑ってしまうのだが、ログインが完了すれば、視界は同期されて真っ暗になる。
それから、目を開ければゲームの世界という訳だ。
「え?ここは…?俺のログアウトした場所と違う」
辺りは薄暗くて、先の方は真っ暗で何も見えない。
何やら赤い煙が漂っていて、自分の立っている場所だけがスポットライトで照らされているような感じだった。
「まてまて、ここはゲームの中だよな?もしかして、バグか?だったら、早く直さないと!」
右手を胸の前で右へ払うようにコマンドを入力する。そうすれば、メニュー画面が現れるのだ。
「…ちょっと?!メニューでないんだけど!!」
何度もやってみるが、メニュー画面は出ない。
「マジか?さすがにこれはまずいだろ?」
管理側としては、非常事態だ。メニューが開けないとなれば、修正もできないだけでなく、正規のログアウトができない。
「正規ログアウトできなきゃ、大問題だぞ!一旦、ゴーグル外して強制アウトするか…」
緊急手段として、ゴーグルを外せば強制的にログアウトできる仕様になっている。戦闘中にやれば、ペナルティが発生してしまうのだが、戦闘外である今の状態ならばそれも心配ない。
「さて、ゴーグルを外してっと………」
自分の顔から、ゴーグルを外す。
「ん?あれ?どうしたんだ?なんでログアウト…っつか視界が変わらないんだ?!」
確かに、俺はゴーグルを外した。いや、正確には外す動作をしたはずだった。
だが、何度やっても視界は現実に戻らない。
「う…嘘だ。まさかこれって?そういや、転送って言ってたな」
よもや、自分の身に起こるなんて…と、少しばかりの高揚感があった後に、最悪の現実を突き付けられる事となる。
目の前がゆっくりと明るくなり、石畳に石の壁で覆われた場所が現れた。
完全に視界がクリアになると、天井はかなり高くて、広さはサッカーのグラウンド位だろうか、そのエリアいっぱいに人が溢れていた。
遠くには、イベント会場のステージにも似た場所があり、周りはざわつき、まさに今から催し物でもあるかのようだ。
「どうなってんだこれ?」
「何々?上位限定イベの始まりですか?」
近くの人の話し声が聞こえてきた。
「そう言えば、上位プレイヤーのみって書いてたな…」
ぼやいていた俺を他所に、徐々にだが、ざわつきが増してくる。そこへ、場を一喝する声が鳴り響いた。
「プレイヤー諸君!静粛に願う!!」
ステージ上から響いた声に、全員が反応してその方を見つめる。
すると、そこに立っていたのは、キツネの様な顔をした獣人だった。
赤いマントを身に付けていて、吟遊詩人とガンマンを足して割ったような格好だった。
その獣人は、しっかりと間を取るとこう言った。
「私はフライアン。これから君達をテストさせて頂きます」
獣人は、不気味な笑みを浮かべていた。