ダイバーシティ&インクルージョンの可能性と日本の未来について 2/6
今した話は、人間にもそっくりそのまま当てはまる話でもないんですけど、新規事業を起こす際は色々な人たちがいたほうが良いと言われています。化学反応的なものとか、多方面でもアプローチ可能とか弱みを見つけるのに役立つとかあるんだと思います。でも、人間は基本隣人と仲良くなれない性質がありますから、一筋縄にはいきません。あと、あの世基準で考えると色々なやつがいればいるほど、都合が良いことが分かります。魂を成長させるためには、色々な人に出会わせて色々な苦労をさせたほうが良いに決まっています。だから、ダイバーシティ(多様性)の考え方というのはあの世基準で見ても、すごく良いことのような気がします。
日本には目標を持って生きていかないとカッコ悪いみたいな風潮がありますけど、これもダイバーシティ(多様性)の観点から見て半分否定して良いと思います。これに関しては会社の人事部で働いている人がよく分かっている人が多いと思いますが、会社として個人の目標をしっかり持つことを必ず指示します。でも、大きな会社ほど人事の本音として半分は目標を持ってほしくないと考えている気がします。だって異動させなきゃいけないからです。そして、その異動に文句を言われたくない。人に目標を持たせるとこだわりが出てきて、融通がきかなくなるというマイナス面があります(プラス面についてはみなさんよくご存知だと思いますのであえてここでは話しません)。
ちなみにある製品が売れているときはその製品に関する知識や技術を高めることに目標を置けと会社の経営層は言いますけど、売れなくなってきたら今度は別の製品に関する知識や技術を高めることに目標を置けと言い始めます。知識や技術を身につけるのは相当の努力が必要になりますから、現場で働いている者たちにすれば上の言うことがほいほい変わるとモチベがだだ下がりしてしまいます。でも、同じ製品、同じサービスが世の中で売れ続けることは本当に稀です。そんなことは経営者全員が知っています。ちなみに、同じことをずっとやっててもつまんないとか現場を言い始めることがありますので、経営者はさらに頭を悩ませなければなりませんし、悩んでいても相談相手が少ない、あるいはいないので、経営者はほんとにツラい仕事だと思います。
また少し話しをずらしてしまいましたので、戻します。ダイバーシティ&インクルージョンについて世界の状況などを織り交ぜながら話しをしたいと思います。ここからは私の私見が多分に含まれますので、参考程度で受け止めていただければと思います。
1970年に開催された大阪万国博覧会。その盛況ぶりは大阪万博を知らない世代たちの想像を軽く超えるものであることをよく聞きます。太陽の塔の中に入るためのチケットは今だに大人気ですし、太陽の塔の顔を知らない関西人なんていないと言っても良いぐらいな気がします。そんな大阪万国博覧会のテーマは“人類の進歩と調和”でした。進歩と調和。ここでも三隅二不二のPM理論がつながります。進歩はパフォーマンスであり、パパ(男性)です。調和はメンテナンスであり、ママ(女性)です。そして、ここでも中庸の考え方である両方大切でどちらかに偏るのは良くないという考え方も当てはめることができます。




