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いままでで3大つらかったこと 2/5

ふたつめ:飼っていた猫の死

 シマは僕が小学校三年生ぐらいの頃に家に来た近所の野良猫(ちっちゃな仔猫(こねこ))でした。シマシマだから、シマです。猫って、みんな同じ顔に見えるというか、あんまり意識しなかったりするとおもうんですけど、猫を飼い始めるとこの子の顔はかわいいなとか、凛々(りり)しいなとか思い始めたりする人もいるんじゃないかと思います。その面で、うちのシマはあんまりかわいくない顔でした。

 猫VS(ヴァーサス)小学生。お互い痛みがともなう日々を仲良く(?)過ごしました。ある日、塾から帰ってきて、シマのことを膝の上でなでているといきなりお腹を噛まれたことがありました。あれはめちゃくちゃ痛かった。完全にリラックスモードでしたし、シマも機嫌良くしていると油断していました。もちろん、普段シマがリラックスしているときに、急襲(きゅうしゅう)をかけたりしていたので、そのお返しというのか、僕はだいたい敵だと認識されていたからだと思います。

 猫に腕を噛まれた時は、腕を引くと(キバ)がさらに食い込んでしまいます。猫科の牙はそういう風にできているので(口の中で湾曲(わんきょく)しているので)、逆に押し込んだほうが牙がはずれやすくなります。しかし、お腹を噛まれるとそれができませんでした。

 結構長い間噛まれていたと思います。バシバシと頭を叩くことも考えましたが、さらに強く噛まれるとたまらないので、こちらは相手が疲れるのを待つしかありませんでした。

 必死な顔で僕のお腹を噛むシマ。痛い僕。シマがやっとお腹を噛むのを止めてくれたあと、いつもなら仕返しとばかりに攻撃をしかけるのですが、その日は完全に戦意を奪われてしまったというか、いつもシマを急襲した報いだと思って、いつもごめんと謝りました。

 シマが亡くなったのは、僕が大学四回生のときでした。家猫は20年ぐらい生きるやつもいると聞いていたので、まだまだ生きてくれると思っていました。

 ある日、シマのおしっこの出が最近悪くなったということで、母親が病院にシマを連れていきました。獣医さんにレントゲンを撮ってもらって写真を見ると、腎臓(じんぞう)が真っ白だったそうです。腎不全(じんふぜん)でした。

 いっちょ前に腎不全とか笑ってやりたかったですが、それはできませんでした。おしっこが正常にできないということは身体中に毒がどんどん()まっていく、回っていく。シマの命があと少しであることを意味していました。

 頭が真っ白になって、誰もいない空き地に行って泣きました。なんでもっと生きてくれへんねんと、悔しい気持ちをおさえられませんでした。

 家にもうすぐ死ぬと分かっている存在がいるのはとても(つら)い時間です。日々弱っていく身体を目にして、何もしてやれない自分が悲しくなります。また、もうすぐこの世から目の前の存在がいなくなってしまうと考えると、絶望が全身を(おお)います。

 ヨボヨボとしか歩けなくなってしまったシマ。何度も何度も優しく背中を撫でてやる僕。辛くても辛くても、その時間がシマと僕にとって必要な時間だったのだと思います。

 ある日のことでした。シマが急に元気におしっこをし始めました。信じられない光景でした。もうちょろっとしか出なかったおしっこの量が回数を重ねる度に増えました。そしたら、身体に溜まっていた毒が抜けたのか、シマが元気になりました。元気にご飯を食べ、元気に走りまわり、元気に鳴いてくれました。もう一生見ることはないと思っていた永瀬家の日常でした。

 でもそれは奇跡の時間であったことを後から知りました。愛されていた猫は家族のために最後の最後に元気な姿を見せてくれるんだそうです。うそかほんとうか知りませんが、うちの子は本当に元気な姿を僕らに見せてくれました。奇跡で死の病気が治ったのかと思いました。でも、その幸せな時間は二週間だけでした。また、おしっこが出にくくなって、動きがだんだん鈍くなって、最期はスポイトを使ってあげないと水が飲めない寝たきりになって・・・。

 亡くなる前の夜。シマは自分専用の座布団の上で弱々しく首だけを動かしていました。そんなシマを見て僕はそっとシマを抱えて庭に出ました。

 一緒に星を見ました。とてもきれいでした。いっぱいお話しをしました。シマはとても満足そうにしているように僕には見えました。

 次の日の朝、僕が学校に行ったあと、シマは母親と兄の前で息を引き取りました。すぐに保健所の人を呼んで引き取りに来てもらったので、昼過ぎに僕が家に帰るとシマはもういませんでした。それだけではなく、シマのご飯もお皿も座布団も全部無くなっていました。

「色々と思い出してまうから・・・」

 母親はシマを思い出してしまうものをすぐに全部捨てたとのことでした。ある意味すごい人だと思いましたが、それだけシマへの愛が大きかったんだと思いました。母親はそれ以降、猫と一緒に家で過ごすことをしませんでした。子どもたちに命の大切さを教える。もうそれはシマが僕らに教えてくれたので、母親はもうその必要はないと、そしておそらくもう自分自身も同じ大きな悲しみをしたくないというのもあったのではないかと思います。

 シマが亡くなった日。遅いランチを母親と兄と僕の三人で食べに行きました。車でお店へ向かう途中、二人からシマの姿を聞きながら僕はまた声を上げて泣きました。それを横目で見ながら母親と兄は笑っていました。たぶん母親と兄は朝のうちに涙を枯らしていたんだと思います。ズルいなと僕は思いました。

 自分のすべてをさらけ出して付き合える相手。動物の家族というのはそういうものなんだと思います。だからなのか、目の前からいなくなってしまうと、降り注いだ愛情が全部虚しく消えてしまったようなそんな感覚にも襲われました。

 もう、シマが亡くなって15年以上経つというのに、この話をするために色々シマのことを思い出すとまた泣いてしまいました。あいつのことを思い出すと、まだこんなにも感情が溢れてくるのかと思いました。シマはもうこの世にはいませんが、シマが僕と一緒に長い間過ごしてくれたから、いまの僕がいることを改めて思いました。本当に大きな大きな存在でした。あいつに対して僕は本当に感謝の気持ちしかありません。願わくば、もう一度だけ会いたい。でも、それはもう叶わない願いです。

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