人間は終末論みたいなのが大好き 1/2
手を変え品を変え、人の世が終わる人の世が終わる・・・人間は飽きもせず、ずうううううっとそんな考えを歴史上で繰り返しています。これがいつもいつもとても流行ります。ノストラダムスの大予言やら、ちょっと前はアセンションですか。マヤ暦がどうしたんですか。か弱い人が作ったただの暦じゃないですか。数学が得意とかそういう理系の昔の人が作ったに過ぎないものに神秘的な何かが宿るんでしょうか・・・時間が経ちすぎて作者を知らないだけですよね、そういうのは。例えば、お隣の部屋に住む田中さんっていう数学好きの神様信じている子が暦を作ったっていうのとマヤ暦と何が違うんでしょうか。昔の国で採用されていた暦という意味では偉大ですけど、それ以上でもそれ以下でもないと思います。暦は人が生活する上で便利だからあるもので、それ以上でもそれ以下でもありません。ただのツール(道具)のひとつでしかありません。あとは何でしょうか。大昔に書かれた預言書とかそういうのでしょうか。そのようなものは拡大解釈すればいくらでも人の不安感を煽れそうですね・・・。そういうことを信じてしまう人たちはアガスティアの葉でもインドまでもらいに行ったらいいんじゃないでしょうか。あれもなんと言ったらいいか・・・おみくじみたいな感覚でいいんじゃないかと思ってしまいます。観光としてはアリと言うか。YouTubeでアガスティアの葉をもらいに行った人の動画を見て楽しむだけでも良い気がします。
大昔に書かれた預言書の内容とアガスティアの葉に書かれたことをひとつひとつ確認することが叶ったとして、そうしてもし色々内容が一致することがあればちょっと信じてもいいのかなとか思いますけど、その作業が正確に行われるかは不明なので、やはりグレーゾーンからは抜けない案件な気がします。
僕の場合はおみくじで良いかなと思っています。京都の下鴨神社のおみくじとか面白いですよ。“平”とか出るんです。「なにこれ? へい?」とかつい言ってしまいます。妻と娘たちの女3人が“大吉”で僕だけ“平”だったら、めっちゃ笑い取れると思います。「へい! へい! へい!」とか煽られてケラケラ笑ってくれると思います。これで3人の初笑いは僕のものです。
ちなみに“平”は“たいら”と読むそうで、吉と凶の間なんだそうです。中庸大好きの私からしたら、最強かもしれないと思いました。




