視える人たちについて 10/10
「基本的な話はこれぐらいにして、あ」 ん? 基本的な話? 出版業界のめっちゃ深い話までしておいてから、時間ももうすぐ終わりってときに基本的な話? へ? ってそんときちょっとはなったんです、でも、もう現実の話っていうかお金の話っていうか、そういうのでお腹いっぱいな状態になっていて、もういいやってなっていました。僕にはあっち系の話は一切無いんだとあきらめてしまっていました。
三人目の方と別れてから、しばらくポケーっとしていました。あー、おれってこの世界にいらん子なんかなーって大げさなことを考えたり、そもそも悟りってなんやねんとかも考えました。自分には使命があって、そのために悟りが開けたんじゃないのかと思ったけど、そうじゃなかったわけです。誰も僕の話なんて必要としていない。自分がただ悟りを開いたと妄想することで、仕事で苦戦しまくっている自分から逃げ出したかったのかもしれません。あの頃の私は、確実に現実からずっと逃げ出したかった。逃げ出して、自分の得意な精神世界の分野で多くの人に必要とされたかった。それを見抜くかのように三人目の方はこの世の闇の部分ばかりを私にわざと浴びせたのではないかと思いました。今思えば、三人目の方の本のどこにも書いていない情報を私のためだけに渡してくれたのではないかと。そう考えるように(勘違いするように)なりました。あれから、もっと現実認識を高めよう、現場経験をもっと積もうと結果的に思うようになりましたし、頭でっかちになりがちの自分を考慮して、現実をちゃんと見て、あの世基準じゃなくて、この世基準を意識して言動をするようになった気がします。多分。知らんけど。現実認識を高めるのはガチで生きるため、精神世界の認識を高めるのは、この世に執着しないため。いまはそんな風に考えて生きていたりします。




