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あの世という場所について 3/3

 人は死んでもすぐに身体を失えないと言ったのは、あの世の本来の姿である思念だけの世界に急に馴染むとか頭がおっつかなくて無理だからなんじゃないかと思います。だから、死んでからしばらくはこの世と同じような生活をする。気の合うひとたちと一緒に行動する。そちらのほうが慣れているし、心地がいい。それで、だんだんあの世の生活様式に慣れていって、寝るのをやめたり、食べるのをやめたり、姿がなくてももういいやってなったりしていくんだと思います。そういう意味であの世は階層的になっているのではというのが私の推測です。何か言葉で書いてしまうとあの世の階層を上っていくのはとても簡単なように聞こえるかもしれませんが、いまあなたがとても大切に思っている人のことを思い浮かべてください。その人とこの世で生き別れてしまって、あの世で奇跡的に再会できたなら、たぶんしばらく一緒に過ごしたいと思うと思います。もしそのまま居心地が良ければ永遠にそうしていたいと思うと思います。そうなると、その魂たちがあの世の上の層に行きたいなんて欲は全くでないと思いますし、行く必要性も感じずに同じ階層でずっと過ごすと思います。神様の望みは魂の成長にあるので、停滞している魂たちに何かしらの働きかけはあると思いますが、最後は本人が成長したい、上に行きたいと思わない限り、ずっと同じところにいてしまう気がします。

 ちなみにほとんどの魂たちがまた地球での生活を望むそうなので、次の人生はどんなことをこの世で学ぼうかあの世で練るらしいです。人生って、ムカつくことがいっぱい起こるじゃないですか。あれ、実は全部自分が仕掛けているらしいですよ。知らんけど。だから、本来はムカついても仕方ないですし、誰かのせいにもできない。でも、人間をやっている間はあの世での記憶が全部封印されちゃっているという、ほんま嫌なシステムになっています。まあでも究極はやっぱり、全部神様のせいですよね。もちろん、神様の一部である我々のせいでもあってしまう。でもほんのちょっとですよ、そんなのほんのちょっと。いや、我々にもほんのちょっと責任はあるかもしれませんけど、やっぱりそれ、全部神様のせいです、間違いなく。

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