座学と実践について(口だけのヤツが私は一番嫌いです・・・) 2/2
じゃあ、YouTubeを見ていたら、全部できるようになるかと言えば、そうじゃないのもみなさんご存知の通りです。でも、YouTubeとか本とか見ない無知な状態ではやりたいことのスタートラインにも立てません。まず、0から1にしないと何も始まらない、始められない。座学ってこれです。会社で若手に「資格と経験どっちが大事なんスか?」と訊かれたら、「どっちも大事」と答えるようにしています。資格は座学の側面が大きいですから、無知から知っている状態にしてくれる。0からどんどん1にしてくれる。でも、座学だけをやっていれば1から2、3、4、5って自分のスキルが上がっていくかと言えば、それはない。経験がないとスキルは上がりません。呪術廻戦の言葉を借りれば、手が目より先に肥えることはありません。これはこの世の絶対的ルールのひとつです。世の中を見回してみて下さい。車の教習所が机の上の勉強だけで免許を取得させてくれますか? 逆に机の上の勉強ナシの車の運転練習だけで免許を取得させてくれますか? 答えはノーです。車の教習所のシステムは人間というものをちゃんと分かって組まれています。もちろん才能とかはありますよ。現在絶賛操作中の脳に空間把握能力が高ければ、車の運転が得意な場合があると思います。ちなみに私の脳はそのへんが弱くて車の運転しかり、理科の物理とかも全然ですね。点数めっちゃ悪い。
人が何かを身につけていくには、座学と実践(経験)が絶対的に必要です。アブソリュートリィです。absolutelyって、“絶対的に”って意味があると思うんですけど、習いたての頃、お堅い文章用の言葉と思っていたんですけど、そうじゃなかったですね。この前スパイダーマンのホームカミングを見ていたんですけど、主人公の親友の椅子の男好きな子も何気ない会話で使っていましたね。その話は置いといて、人が何かを身につけていくには、座学と実践が絶対に必要です。これは当たり前のことです。なのに、なのにです! 座学を受けただけで偉そうになるヤツはいるわ、座学を受けさせれば現場仕事もすぐにできるようになると思っている役職者や経営層はいるわ、あれはアホなんでしょうか。経験値が高くて偉そうにしてるヤツのほうがまだましですね。座学をあまりやっていなくて経験値だけ高い人は技術分野のところでよく見ますけど、こういう人たちは成長が止まっている人たちが多いです。机の上のお勉強自体を否定しちゃっているから、新しい知識を取り入れなくて、目の前の仕事をこなしているだけに終わってしまう。まあ、今世で本人がそれでいいと思っているならそれでもいいのかも知れません。次の人生で神様っていうか自分や自分の周りの魂が今度はそうならないようなストーリーを組むんだと思います。
社会人って大人のはずですよね。彼ら彼女らが学生の頃のほうが座学と実践の必要性を知っていた気がするんですけど、社会人になると急に大事なことを見失う的なやつ、何なんですかねあれ、ほんま。現場はね、口で言うほど単純じゃないケースがほとんど。面倒くさいことがいっぱい起こる。その面倒くさいことを細かく考慮せず、上から指示出しちゃ駄目ですよ。極端なこと言うと二○三高地みたいになっちゃう。無駄死に、無駄骨。神風を信じている人たちのところに神風は吹かないです。きっと。神風なんて考えずに現場を見つめて、勉強して、現実的なブラッシュアップ案を考えて、突き進む人たちのところにたぶん神風が吹く。ていうか、吹いてほしい。願望ですね。




