日常において 2/2
ですけど、因果応報から逃げられない世の中。ブッダが見つけたこの世の絶対的ルールのひとつ。東洋の“陰隲録”にはその検証方法と結果が書いてあります。もちろん、ひとりの人生だけでは検証が十分とは言えません。ただ、因果応報は嘘だと科学的に証明した者もひとりもいないと思います。
天網恢恢疎にして漏らさず。“老子”に書かれた有名な言葉ですが、人間のルールはすり抜けられても神様のルールからは誰も逃れられません。相手に与えたものは必ずいつか自分に返ってきてしまう。それは今世とは限らない、来世に持ち越されるものもある。悪いことをすれば、自分に悪いことが必ず起こる。でも、知っています神様。あなたはただ罰を与えることをしない。必ずそこに学びを与えます。自分のした悪いことは課題というものに形を変えて返ってくるようにされています。やっぱり嫌なぐらいよくできた教育システムです。この仮想世界は学びの場ですから、この世界で苦しんでいる脳はアホほどあれど、学ぶことを喜んでいない魂なんてひとつもいないんだと思います。悟りを開いている方なら誰でもそのことを分かっておられると思います。ただ、この考えを広めることは悪を助長してしまう可能性もありますが、結局物事には必ず裏表があります。刃物と同じように、使う人によって良くも悪くも使えてしまいます。だから、責任は広める側というより、なんでもそうですけど使う側に常にあると思いますので、真実の考えを広めることを恐れる必要はないと思っています。
日常の私はお首にもあの世の話をしないという話からどんどん脱線してしまいまして申し訳ございません。へんてこな考えを広めるのは悪くないとは言いましたが、そういう現代の科学では証明できない話を本当のことであってもしまくって、会社の中で白い目で見られるというのはまた別の話だと思います。私が会社の中で見境なく仲間にぺらぺらとこういう話をしたところで叩かれて終了です。だから、考えを広めるのは悪くなくても、広めるやり方については、できればうまく浸透していくように考え抜く必要はあると思います。私の場合はこういう形がベストだと思って、へんてこな考えをいっぱいこの場で話しているわけですけども、やっぱりネットの片隅のまま、すぐに誰にも観測されずにムダにリソースを食うゴミになるんだろうなとか思っていたりもしています。
こぼれ話ですけど、ほんのたまにですけど、会社の中にそういう話に興味がある方がいらっしゃって、私のこういうへんてこな部分を嗅ぎつけてこられたりされます。多分前世でお坊さんをやっていたのか、道を歩いているひとというのか、ここでいう道は自分道っていう、そういうところを僕と同じようなこと考えながら歩いているひとに対しては、“人生って、なんなんスかね~”的な話をしたりします。そのときは僕もカミングアウトウェイウェイなノリで話すこともあります。これはかなり稀なケースですけど。




