7 フランカ・エミリオ公爵令嬢
……あれ?
記憶では、そろそろリルが私の側に来て、お隣宜しいですか?と訊いてきた筈なんだが。
私の席は最前列中央。騎士団長の嫡子レイモンドと騎士科の学生が後列を占めて、他の学生と分断されていた。おかげで私の両隣はガラガラだ。式典で私の側に座れる者は、婚約者のフランカか、義従姉妹のロゼッタ位だろう。
そのフランカは代表席にいるし、ロゼッタは生徒会役員として後方に控えると言っていた。(真面目な娘だ)
(どこで確かめても、君が座って良い場所じゃない、って言われるんですもの、こんなに空いているのなら座っても宜しいかしら?)
そんな無邪気な言葉で、返事を待たずにリルはちょこんと腰掛けた。職員達も、あわわ、という表情を見せたが、私が制して止めさせた。
リルが余りに可愛らしかったから。
ふわふわの綿あめのようなストロベリーブロンドを肩まで垂らし、緑の瞳はクルクル動き、かと思うとにっこり微笑むとまるで猫のように細める。真顔も笑顔も人目を引く。
珊瑚色の唇に白い指を当てて、
(ダメって言ったら泣きますからね)
とか、言ったんじゃなかったかな。
(私が誰かご承知かい?)
(偉いご身分ですよね。強面が睨んできてますもの……でも、貴方も私も彼らも、等しく新入生です。名簿以外の序列なんて無意味だわ)
無意味。
そんな言葉が新鮮に刺さったっけ。
(今思うと、他人からはハニートラップと見られて仕方ない行為だな……リルにそんな気は微塵もないのに)
鐘の音。式典が始まる。
あれ。
矢張りこない。
では私とリルのファーストコンタクトは、今世ではここではないと言うことか。
……未来が変わる?
私の昨日が前回とは違った。それが影響している?
まだ、分からない。
前回のような、大きな変更でなくとも、些細な選択肢が大きな違いをもたらす可能性に囚われていては、身動きできなくなる。成すべきことは……
(そろそろ色恋から離れろよ、か)
精霊の言う通りだ。リルが反乱の女神になる未来を作ってはならない。今世ではなるべく接点を作らない。
それから……
「新入生を代表して首席入学のフランカ・エミリオ嬢がご挨拶いたします」
進行の声に意識が戻った。
壇上のフランカが軽く礼をとり中央で拡声マイクに声を乗せた。
「本日私達の為にお見えになられた方がた、そして、高等部の先生方。私達新入生は、既に学業に向かう気概に満ちております。本日より私達は幼きを棄て……」
アルト気味の柔らかく穏やかな声が静かに広がる。
フランカはこの声同様、何時も穏やかで柔らかい。優しげな瞳が会場の人々を見渡し、堂々たる落ち着いた姿は、安心、という言葉を向き合う者にもたらす力が備わっている。
前世では、その冷静さが鼻についた。いわゆる反抗期で、あれこれと我が人生のレールに楯突いていた中等部時代、内面が読み取れない大人びた少女に、幾度も酷い事を言っていた。
フランカの父エミリオ公爵は、彼女の父が父上と幼なじみで、常に支え合ってきた竹馬の友だ。父上の事なら母より熟知しているという。
我が父は、やや優柔不断な人で、どちらかと言えば、先陣を切って何事かに向かうのではなく、複数の意や意向に沿って最善を選択する傾向にある。まあ、石橋を叩き、大きな失敗をせず、堅実に歩む人で、この頃の私にとっては、凡庸とした器の人だと見切っていた。
……自分がその父より、才覚がない凡人であるのは後で自覚したけれど。
賢王たる祖父は、そのカリスマ的な存在で引っ張る性格だったし、時代に合っていたのだろう、采配がピタリとはまった。それに比べ父は真逆で、臣民の評価は私には自ずと見て取れた……と、思っていた。
(いやいや。丸くなられたよ。熱しやすく冷めやすい性格だったのだよ?)
(お父様が煽ったのでしょう)
(私にそんな度胸があるものか。そなた……我が娘の方が肝が据わっていると世間に言われているらしいぞ)
そんなやり取りがあったのよ、酷いと思わない?……フランカが笑ってロゼッタに話していたな。
協議を尊重する父の傍らで、エミリオ公爵は東宮のほぼ全てを掌握していると言っていい。裏を返せばこの公爵にして次期宰相は、傀儡の父を操り実権を握り
(私服を肥やす腐敗政治をしているのよ。彼女はその恩恵でああして泰然としてるんだわ……ね、気品なんてお金次第なのよ。真の淑女だなんて、私は認めないわ)
はっ、と思考を止めた。
そう。前世でリルはそう言って、父の黒い資産を享受しているフランカを否定して……
私に繰り返し伝えてきたんだ……。
「ジェイ、大丈夫?」
アルトの声に、幾度目かの覚醒をした。気がつけば、ざわざわした講堂は、学生達が移動を始めている。
「あ、ああ。すまない……」
入学式が終わったのか。
「どうかなさったの?汗が」
「いや、いいんだ……フランカ、堂々たるスピーチだった」
「痛みいります……ジェイ、教室に」
「ああ。フランカ、同伴してよいかな?レイモンドも、いいかい?」
斜め後ろのレイモンドに声をかけると、無論、と、嬉しそうに私とフランカのま後ろに立った。
「……」
フランカは、(多分)それまでの私と違う言動に僅かだが戸惑った様子を見せたが
「スピーチのご褒美が頂けた心持ちだわ。殿下、お願いします」
そう言って、軽く曲げた私の腕にそっと掌を乗せて微笑んだ。
髪と同じ金色のまつ毛がアメジストのような紫の瞳にうっすらかかり、私の胸が跳ねた。
では参ろうと、慌てて前を向いた。
フランカ。君はこんなに魅力的だったんだな。
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