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6 リル・アボット

ロゼッタは義父に挨拶して馬車に乗り込んだ。

高等部の緑のリボンを眩しそうに見た義父は、

「君も早、高等部なんだね……デビューに備えなくてはならないな」

と、少し寂しげに呟いていた。

聞き逃すはずはなかったが、聞こえない振りをした。このくだりに付き合うと、遅れてしまうわ。

何しろこの義父ときたら、

成長した→デビュー→婚約→結婚

という思考回路の沼で一人悶絶するのだから。


(ごめんなさいね。あの二人がちゃんとするまで、自分の事は後回し、よ、お義父様)

あの二人。

未だに反抗期らしいジェイ王子と、消極的に『婚約を呑もうと努めている』フランカ・エミリオ公爵令嬢である。


(でもジェイは昨日、何だか大人な感じだったわ。ドキドキしちゃった)

問題はフランカ。

ジェイにドキドキしたりするんだろうか、あの生真面目な子は。


馬車は凹凸の少ない舗道を進む。格子からの風が朝は爽やかだ。もう一刻もすれば、ムッとした熱風が入るだろう。


高等部に進めば、関係は進むだろうか。ジェイの身長が伸び色気が増して、フランカが成熟してあの美貌が増したら……。


(私からは、遠くなるのかもね)

いえ、そうならないと。王家の収まりが悪すぎる。

(私だって、仲を取り持つようなお役目を卒業して、恋をしたいのよ、お義父様)

そうでもしないと、幼なじみへの想いがどこかで零れてしまうわ。駄目。彼は私なぞ対象外なんですもの。


ロゼッタは1年生用の馬車寄せに降り立ち、校舎へと向かう学生達の中に紛れて歩いた。友人や知り合いと挨拶を交わしながら、どの方もぐんと雰囲気が落ち着いたり華やいだりしているのを感じていた。


(皆、大人へ近づくのね)

私はどう見えるのかしら。……殿方からは。

そんな事を思いつく自分を少し恥じらって、ロゼッタは講堂に向かった。




「貴女、少し、変わっていらっしゃるのね」

物思いに耽っていたロゼッタは、左隣から突然聞こえた言葉に怯んだ。

振り向くと、そこには、見慣れない少女が座っていた。ストロベリーブロンドの髪をサイドでまとめ、そのくせっ毛が結び目からふわふわと肩にかかっている。下着の矯正は学生なので薄いだろうに、立体的な身体つきをしていた。瞳は深い緑で、見た目に反して、知的な光を宿していた。少し尖らせた唇が、話を続けたがっている。


周囲は声なき声で批判した。

それはそうだろう。

ロゼッタは公爵令嬢。しかも義父は王太子の兄だ。家格がずば抜けていい。現段階では、ジェイ王子に次いでの家格である。

それなのに名乗りも頂かないうちに、明らかに家格の下の者が話しかけ、その内容が、それなのだから。

「……」

ロゼッタが唖然としていると、(くだん)の少女は、沈黙を是ととったのか、

「ええ、変わってるわ。貴女って凄く家柄がいいんでしょ?なのに、こっちに入って来る時も、ここに座る時も、周りの方を先に通して、こんな端っこに座るんですもの」

そう言って、少女はニッコリ笑った。なんとも人懐っこい、そして目を奪う笑顔だ。


「そしてこれだけ申し上げても、未だに不快な様子も怒る様子も出さない。精神がお強いのか、序列なんてものに囚われていないのか、どちらかよね」


もう、たかが入学式に名簿以外の序列があったなんて知らなくって、座る所座る所で、ご注意受けて、ここに来たの!

そんな事を屈託なく暴露する少女に、周りは目を剥いたが、ロゼッタがどう采配するか委ねる事にしたようだ。

つまりは、

高みの見物なのだけど。


「私は生徒会に所属するので、万が一の指示が出ても動けるように……と、お待ちになって」

「何?」

「え、と、私は、ロゼッタ・バルトークと申します。失礼ですが、私達名乗りはしておりませんよね」

「ええ。今日初めてお目にかかりました。でも、バルトーク公爵令嬢である事は承知してましたわ。噂通りの腰の低い方だとビックリしちゃって、思わずお声かけしましたの!」


ロゼッタ以上に周囲が驚いているので、ロゼッタ本人は反応するタイミングを逸してしまった。

貴族社会において、序列は無論の事、名乗りの無いものへ話しかける(しかも下から)行為など論外。しかも、格上が名乗っているのに名乗りもせず、さらに内容が、斜め上な賞賛(いえいえ貴族社会では嫌味そのもの)と来れば、本来は周りが、『あなたねえ!』とたしなめてもいいのだ。


だが、場が悪かった。ロゼッタの友人は家格が高いので前方にいる。周りはあまり付き合いがなく、下手を打って公爵家に睨まれては、と、敬遠していた。

(まあ、あのお義父様では、ね)

ロゼッタは、これは自身が対処すべきと、小さなため息を漏らしてから、少女にしっかりと向き直った。


「改めまして、私はバルトーク公爵家の一女、ロゼッタですわ。貴女は?」

分かりやすくロゼッタは名乗らせる。

「リル・アボット。グレシャム領の男爵家の娘よ。王都は初めてなの。ロゼッタさんには、仲良くして頂きたいわ!きっと貴女とは、分かり合えると思うの!」

「……」

ロゼッタの常識が空回りする。


(男爵家。高等部からの転入。田舎から……分かり合える……)


グルグル回る思考に酔いそうだが、リル・アボットは、その沈黙すら是ととったらしく、

「嬉しいわ!初めての友人が貴女のような階級に囚われない進歩的な方で!田舎者だから色々教えて下さいませね!」

と、ニコニコとロゼッタの手を取って(無理やり)握って、コロコロ笑った。


「……は、あ」

「ほらっ、お怒りにならないでしょ?素敵だわあ〜。こんな素晴らしい高位貴族がいらっしゃるなんて、さすが王都よね!」

戸惑うロゼッタだが、リルが心から自分を褒めたたえているのは理解した。


ま、いいかしら。


ふふっと微笑むリル・アボットは、女の目からも、愛らしく自然だ。


ロゼッタが実の両親を亡くし、古くからの家宝は分配するのに借財は娘のロゼッタに押し付けた親族が雲隠れした時期は、影で〈お可哀想な孤児〉と揶揄していた事は脳裏に焼き付いている。その時の大人から受けた侮蔑は、ロゼッタには似つかわしくない劣等意識をもたらした。義父が爵位と家の諸々を引き受けてくれてからは、王家の親族らしい扱いに手のひら返しを受けた。

そんな経験がリルが嗅ぎ付けた空気をまとっているのかも、しれない。


荘厳な鐘が鳴った。


「始まりますわ。アボット嬢」

「リルと」

未だに手を離さないリル・アボットに少し困った微笑を返し

「……リル様、前を向きましょう」

と告げると彼女は、

「はい。ロゼッタさまっ」

と、ぱふんと音がするかのように跳ねて座った。


名前呼び……

ロゼッタが呟くこと無く、周囲の誰かが漏らしたので、ロゼッタは苦笑してしまった。


リル・アボット。


(お義父様に調べて頂いた方が良さそうね)




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