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51 祝福

私の怪我は、思ったより酷かったらしい。肋が折れているようだ。

でも、

リルの方が重症だ。


応急処置をして、身体を木乃伊(ミイラ)のように布で包まれた彼女は、グレン達が兵団の馬車に乗せて急いだ。


私は、ロゼッタが付けていた鎧を装着された。肋骨を固定するんだと。こんなもの着て馬を乗りこなしたのかい、君って。


「殿下に馬車を!

中で横に。

もう一台には、犯人(こいつら)を入れろ」


私が気を失っている間に、全ては終わっていた。情けない。


一網打尽。


丸腰の捕虜二人(リルは違ってたけど)ごときに、と、伯爵は側近と自分の警護だけつれて、あの橋に待機したらしい。


「多彩な武器の割に、呆気なかったです」


私の死を粛清の狼煙として、側近は伯爵と共に、手を染めたかったそうだ。ロマンチスト。

理念に酔いしれた、頭でっかちの阿呆どもめ。身体くらい鍛えろ。


橋の向こうは、一人ずつしか通れないけもの道で、荷車はここまでだったのだ。荷車の奴らは、麓の閉鎖に参加していたらしい。



峡谷にかかる橋は、木製だがまだ新しい。フランカがその向こうの山に調査隊を派遣するために、作らせたのだそうだ。


その橋から、私とリルは、突き落とされる予定だった。高い橋の下は、岩ばかりの河原で、落ちれば確実に、精霊の所、だった。


そして、亡骸の私の懐には、フランカの封書が仕込まれる予定、なのだった。

宛名から、真っ先にマルベルが疑われる。そうなれば、マルベルは、グレシャム領国に匿われるしかなくなるのだ。


そして、王子の死の責任は、全てエミリオ公爵家が負う。

公爵は失脚。

幽閉。

フランカは婚約破棄。


(税制改正反対派の誰かが、エミリオ公爵の代わりに、閣僚を牛耳る。

勿論、グレシャムの息がかかった貴族が。


平等主義の旗印、リルを失った民衆党は、憤り、王都のあちこちで弔い合戦を勃発させる。

宮廷の官僚や、王都の若者の中に潜んでいたグレシャムの学園出身者たちが扇動する。

王家の権威は次第に失墜。

王領の経済も、回りにくくなる。


各地の領主の台頭。

特に、南の三国は、あっという間にグレシャムが統一。


マルベルの特許による動力機関の開発独占。

隣国とは、それをもって駆け引きし、手出し無用の手形を取る。

ヴェールダム公爵領の豊かな金鉱を手に入れ、

その権勢と、資産によって、革命を興す。


こうして、宮廷内部と外部から、エラントを崩し、民衆党は、グレシャムを擁立した暫定政権を築く)


……てな、筋書きだったそうだ。


大した選民思想だ。

そうなるまでに、どれだけの犠牲と血が必要か、そこは蓋をして語ってたんだな。



「お前の釦のおかげで、グレン達は、惑わず峡谷に向かえたよ」


ああ、役に立ったのか。


「王子誘拐に領国が利用されていると、エミリオの家令も、小領主達も、頭に来ていた。

エミリオの名にかけて、全面的に支援する、任せてくれれば自分たちで抹殺する、と、いきり立って

お触れは、瞬く間に馬車駅や街道沿いの町村に伝達されていた。

だから」


「上質な絹のハンカチと金ボタン。拾った夫人が警らに届けるやいなや、殿下のメッセージだと判じた」


リルの紅で書いた

〈白百合峡谷〉


私の脳裏に焼き付いていた教官室の地図から、推察したんだ。

エミリオ邸で見たことがあったから。


「殿下が、この道を通った、ならば、必ず峡谷までは、この、街道と隧道を通らなければならない。

それで、近衛の兵団と、エミリオ領兵団は、迷わずここまでの道を押さえたのです」


無論、麓では、グレシャムの兵が封鎖していたそうだ。

しかし、


「血の気の多さは、大ザッカード閣下には負けてませんから」

というグレンが、制圧した。

「今度は、誰も犠牲者を出しませんでしたよ」

と、私に朗らかに言って、腕の包帯を見せつけた。


あの襲撃の仇討ちに、燃えたんだな、グレン。


私の隣で、さっきまで脂汗を拭いてくれていたロゼッタは、座りながらうたた寝していた。


可愛いなあ。

さっきはごめんよ。

また人前で抱いてしまった。

未婚の女の子に恥をかかせてしまったね。


(気が抜けたのですよ……

殿下の誘拐発覚で、王家に詰問され、自分の考えを陛下にも話し、逃げもせずにデュラン殿下と、汽車と馬で、山からの回り込み作戦を完遂なさったのですから)


私の影が、いつものように淡々と、でも嬉しそうな声で、囁いた。


「全く、ロゼッタ嬢には、参ったよ。

早駆けは聞いていたが、山の起伏に、馬を御して、平然と進むんだから」


幌馬車の中、デュランは、凄い公爵令嬢だね、と笑う。


「ジェイ殿下、暫しお休みなさい。

この山間から出たら、一気に参ります」

兄は、私に、敬称をつけていた。


「頼みます」


私は一言、そして

落ちた。





(……ゼッタ)

どなた?

(……ロ…ゼッタ)


どこかしら。周りじゅう真っ白。

あら、私、浮いてるわ。


「ロゼッタ嬢」

「はい」


あ、声が出るわ。


女性?

白い衣装の、女の人……


どなたでしょう、黒い長い髪を足元まで垂らしている方。

重さがないのかしら。

ドレスの裾も、髪も、風もないのに揺れてる。


容貌が、見えないわ。

逆光が、眩しい。


「ロゼッタ嬢。

私の夫、守護精霊が貴女を招きました。

初めまして。

デボラの姉でございます」


……え?


あ、外つ国の、女王陛下?

精霊と婚姻を契った、処女女王(バージンクイーン)様。


「ジェイに祝福を与えたのは、私です。私の夫が、彼に4度、逆行転生の機会をもたらすように」


外つ国は、4という数を大事にすると聞いたわ。

あ、だから、デボラ妃殿下は4人のお子様をもうけたのかな。


あー、思考がわちゃわちゃしてるわ。この事態を受け入れてない証拠ね……


「けれど、先程、最後の転生を取り下げました」


え?


「守護精霊は、あの子をお認めになりました。

今のあの子が、今の人生を全うすることを夫も、求めました」


それって。


表情は、分からないけれど、女王陛下が花のように笑ったように感じるわ。


「この先、あの子には、沢山の苦難が待ち受けているでしょう。

けれど、数多くの喜びも、必ずあるはずです。

泣いて笑って、精一杯、生き抜くことでしょう

……そして、死ぬ」


彼女は続けました。


「死は、これで、彼にとって唯一絶対のものになりました……人間として、当たり前の宿命です

私も、貴女も、みんなも」


「……」


「あの子のやり直しは、今のあの子を育てました。

精霊は、あの子の、人の幸福を守ろうとする姿を好ましく思いました。今のままのあの子の、これからを見続けたい、と、私に告げました」


「……この先ジェイに、苦難があって死んでも、蘇ることはないのですね」



「ええ。でも」


女王陛下は、さら、という衣擦れの音と共に、私の傍にいらっしゃいました。


「我が夫は、ジェイを認めたのです。守護精霊が認めた人間が、彼の意に反して、儚くなることはないでしょう」


じゃ、この暴動も市民蜂起も、

収まるの?平穏が来るの?


「それは、あなた達次第」


女王陛下は、私の額にその細い指をあてがいました。畏れ多い。


「ロゼッタ・バルトーク」

女王陛下の声は、小夜啼鳥(ナイチンゲール)が人の声に変わったかのようです。


「あの子を変えたのは、貴女です。

我が夫がジェイを認め彼を〈祝福〉したのなら、

私は、貴女に、感謝を差し上げたいの」


「……」


「ありがとう。あの子の本質を引き出したのも、気づかせたのも、貴女です。

全力で、あの子を愛したのも、貴女です。

貴女に私から、祝福を。

貴女の理性と勇気と実行力に、

最大の感謝と祝福を……」



「……ゼッタ様、ロゼッタ様」

「ロゼッタ嬢、そろそろ国境だよ」


「……あ、あれ?」


幌馬車の、中…

目の前には、眠っているジェイと、デュランや影……寝てた?

うわ、寝顔!見られた!


……夢、見てたのかな?


「驚くべき事が起きてるよ、ロゼッタ、とても、面白い」

そんな兄殿下の言葉を解釈するのに時間がかかりました。







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