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48 荷馬車の二人 客車のふたり

綺麗な瞳。

今はぐしゃぐしゃだけど、綿飴の髪。健康的な身体。錆びた鉄輪が余計に際立たせる細い足首。


「……以前の私は、真剣に君に恋してたね。

君はとても魅力的だし。

私の劣等感を撫でてくれたし。

一人の人間として、なんて、殺し文句をくれたし

でも、一緒に死ぬ程では、ないかな」


リルは首をすくめた。



「逆に聞くけど、君は何故、民衆党に?

君ほどの才能と美貌があったら、失礼だけど、それを武器に世の中渡って行けるだろうに」


「……私の経歴は、調査したんでしょ?

母が病で倒れて、本当に貧しかったわ。屋根なんて言えないボロで雨を凌いで、雨水溜めて。

そんな私を拾ったのが、伯爵だった。

いい服をくれて、暖かい部屋をくれて。美味しい食事をくれて。

文字と本と、マナーもくれた。

そして、母を捨てた男と引き合わせたわ。

それから私は男爵令嬢。

でも」


リルは呟くように続けた。

「……あの頃……生きるか死ぬかの私に、情けをくれる人ほど、貧しかった。

金持ちや貴族には、石ころ同然。

それならまだマシで、私の容姿に目をつける奴らもいたわ

……父も、一緒だったけどね」


「……」


「男なんて、皮一枚で転ぶ馬鹿よ。自分が支配できる人形が欲しいだけ。

少し笑ってあげれば、付いてくるし

優しくすれば、独占欲丸出し。

奴隷扱いして溜飲下げるクズもいるし、崇め奉って、理想を押し付ける馬鹿もいる。

……だから、私は、操ることにしたの。男を。人を」


理念に生きてたのじゃなかったのか……中々に、壮絶だよ、リル。


「でも」

リルは憎々しげな表情を和らげて、

「貴方は、違ったわ……なんて言うんでしょうね……

欲しがるんじゃなくて、施すんじゃなくて、何だか……対等だったの。女を見下さない、育ちを感じたの」


「そうかな。

まあ凄い女性が周りに多いしね」


ふふ、と、リルは小さく笑う。

「そうね。やられたわ、

作法室のバルトークには。

それで、やっと、分かった。

腐った貴族は多いけれど、真っ当な貴族もいたのだと」


益々、妙だね。

だったら、あんな計画立てなきゃいいのに。


「生憎、転がり出した車輪は止まらないわ。

良き貴族だけで、社会が動いている訳じゃない。だって、私のような貧しい女の子は、数えきれないの。

エミリオを排し、悪しき税制度を排し、先ずは民を潤す。

私はそのための捨て石だもの」


「リル。誤解がある。

税制度改革が悪いんじゃない。

無知による手立てが悪いんだ」


「今更よ。

あの制度で民が受けた被害をエミリオは思い知らねばならないわ。

それに、私ね」


ちょっと、

嫉妬したの。


生まれながらの令嬢。

完璧な淑女。

何も知らずに、慈愛を持ち、

何も痛まずに、人に恵まれ


「……貴方まで奪い返す令嬢が、私は憎かった

貴方と死んで、彼女が失脚するなら、私は本望かもしれないわ」


私は返す言葉が見つからずに、沈黙した。


今世の私は、色々な人の心の(ひだ)に、触れてきた。


お祖母様

父上

兄上

エミリオ公爵

バルトーク伯父上

フランカ

セリア妃殿下


ロゼッタ


そして、リル。


誰のせいでも、誰のものでもなく、事は動き、時間は戻らない。


なのに、私一人が、逆行し、やり直している。


私はこれで良かったのかな。

他にやりようが、あったかもしれないな。

なのに、

ちっとも悔しくも怖くもない。


「リル。

私は君を憎まない。

それから、諦めもしていない」

リルが顔を上げた。


「君とそういう結末になっても、私は恨まない。でも、出来うる限りのことはしてみようよ。

私達が命を落として、嗤う奴らを頭に置いておくれ」


「ジェイ……殿下」


おや、敬称。ありがとうリル。

さて、上り下りが多くなった。

多分、ここは


白百合峡谷、だろうな。





「ロゼッタ、君の案か?」

私とデュランは、鉄道の駅に降り立ちました。

「……中等部の頃、フランカに誘われて、エミリオ領に行ったわ。

あの時、お召し列車に乗って、終点の街で馬車に替えたの。

随分楽だったことを覚えているわ。


私たちは軍と違って少人数だし、鉄道を貸しきれるなら、停車駅を飛ばせるなら、荷馬車を追い越せるかも」


残念ながら、エミリオ領との接続はありません。

ですが、馬を休めるか替えるかしながら、長旅をする荷馬車より、速いはずです。


「参ったな。

よし。貨物でも客車でも、連結は最小限で、最速を求めてくれ」


侍従も影も、優秀です。

拠点に鳩を飛ばして、駅の混乱を避け、馬の調達、武器の補充を伝達しました。


私達は、一つだけの客車に乗り込みました。

蒸気が充満するまで、待ちます。

程なく走り始めて、私はほっとしました。


窓の景色をぼおっと眺めていると、侍従が折りたたまれた紙をデュランに持ってきました。


伝書だわ。


「……デュラン殿下」

「名前だけでいい」

「……王都の状況は」


おそらく、鳩でしょう。

汽車から汽車に。賢いものです。


「街の暴動は、官庁施設の破壊から始まったらしい。

人的被害がない訳では無いが、鎮圧は可能だろう。王都と宮廷の警察が対応している。

王宮に最も近い集団には、どうやら近衛の制服もいるらしい。

こちらは、兵団とぶつかるだろう。

一番深刻なのは、これだ。

けど、王都において、王家が負けるはずが無い。

問題は、勝ち方だな。

圧倒的に叩けば、遺恨を残す。

正義が王家にあるよう、仕向ける事が大事だね。

……:あと、エミリオ公爵家が市民に取り巻かれている」


と、私の喉が鳴りました。


「案ずるな。公爵家はただの館ではないよ。高い壁と、鉄柵、鉄の門。全てを閉じれば、堅牢だ。

相手は、国を裏切ったと、ひたすら叫んでいるそうで、その人垣は増えている、らしい」



民衆党のやり口です。

正義を叫べば、普段は罪でも免罪となる、群衆心理を煽って、決めつける。


「閣下とフランカが東宮で、良かったわ……館は」

「長男と夫人が。

王都警察が鎮圧に当たって居るが、

相手は市民だ。

下手に力を示せば、後が悪いな。

手を焼くだろう」


ということは。


「現状、市内の破壊活動は鎮圧間近。

エミリオ邸は、警察が出張って、睨み合い。

本格的な、軍と暴徒の戦いは、始まったばかり。仕舞い方が問題。

……裏切り者が向こうに寝返って、いる、と」


「簡潔にありがとう

多分、王家に背を向けた貴族もいるだろうね。

祖父がそれを見逃すとは思えないけれど」


国が割れる…

そんな言葉が脳裏をよぎります。


「馬鹿だわ……結局、国の損失なのに」

「我々は、ジェイを取り戻すことに専念しよう

……王家の嫡男を拉致しておいて、手下が始末するとは思えない。

大物と向き合うかもしれない」


有事のデュランは、私をからかった時の顔と、全く違っておりました。


「馬の長旅は、大丈夫?

次は、考えているの?」

「馬は、速いのも長いのも、大丈夫です。

……峡谷に行けば、わかる気がするんです。ジェイがどうしたいのか、アボットがどうするのか。

この事に私は関わらなくては、未来がない、って、何かが言っているの……,」


それは、誰が聞いても、あまりに不確かで信頼出来ない言葉です。

けれど、どうしてでしょう。

私の予感は、私にとって確信だったのです。


そんな馬鹿げた小娘の言葉をデュラン殿下は、じっと聞いてくださいました。そして、


「ジェイを取り戻したら、私は王家を出ます」

私の視線に何かを感じたのか、デュランが切り出しました。


「えっ?」


「ジェイと約束したんだ。

私は王籍を離脱する、と。

彼に忠誠を誓う、と」

「……殿下」


「だから、是が非でも、ジェイには戻ってもらう。

ロゼッタ。

こんな時に、こんなこと言うのは、卑怯だと

……分かってる。

君の心は」


ポオーっ!と、汽笛が鳴り、汽車がカーブに傾きます。


「君は、ジェイを愛してるね」




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