3 生誕日の悲劇 ロゼッタの独白
「叔母様おめでとうございます」
私は義父のバルトーク公爵と共に東宮に参上しました。
「義兄上、ロゼッタ、ご多忙の中ありがとうございます」
デボラ妃殿下の胸には義父が贈ったブローチが飾られておりました。
スッキリとした緋色のドレスにシンプルに付けられたそれは、とても上品で、妃殿下の洗練されたセンスを感じさせました。
私は王妃殿下の里のバルトーク公爵家に生まれました。しかし相次いで両親である公爵と夫人が病で亡くなり、王太子殿下の腹違いの兄が爵位を継いで、私は彼の養女となったのです。
温厚な義父は私を大変可愛がって下さっているし、血の繋がった甥の一粒種である私を王妃殿下もとても目にかけて下さっています。
それが証拠に本日も、デボラ妃殿下の祝いの席に私も親族として呼ばれたのです。
「ロゼッタ、卒業おめでとう。とても頑張っていたと院長が褒めていたわ」
「ありがとうございます。ジェイもフランカも優秀なので、足並みを揃えるのが大変でしたわ」
デボラ妃殿下は、ちょっとだけ小鼻を動かして微笑みました。
女傑と呼ばれ、他国から嫁いだ侵略者と揶揄され、それでもこの叔母は、エラントになくてはならない存在です。そこまで登りつめるには、様々な思いを棄てたり持ったりされていることでしょう。
激しく熱い感情を隠さない性格ですが、身内の事となると、まるで淡白なご様子となります。
でも、私は知っています。
妃殿下は、とっても、とっても、子煩悩である事を。そしてそれを晒すのは妃殿下の矜恃が許さないといった素振りで隠していることを。
情の強い方なのです。
両親を亡くした私をも、妃殿下は気にかけて下さっています。義父の贈り物を率先して身につけるのも、弟である王太子をたてて早々に王家を退いた義兄だから。
王太子殿下も、実はちゃんと叔母様の〈本当〉をご存知な様子です。
長くなりました。
ともかく、私は彼女が好きです。
つんつんした素振りも、失礼ながらお可愛いとさえ、思えます。
「あなた方、舅姑の所へはご挨拶なさったの?私にはもういいから。ロゼッタ、王妃殿下はきっとお待ちかねよ?」
そんな気遣いも、好ましいつんけんぶりですね。
後程、と、礼を述べて、私は王妃殿下の所へ向かいました。義父は、政務で頻繁にお会いしているので、午餐まで執務すると別れました。
「あ、ロゼッタ」
「あら、ジェイ殿下。御機嫌よう」
廊下でジェイに会うなんて。
ちょっとドキドキしてしまいます。
なんと言ってもこの王子は、顔がいいのです。濡れるような黒髪と明るい碧の眼、透き通る肌。どこをとっても、ど真ん中ですわ。
それでも私は分を弁えています。
可哀想な孤児の幼なじみ。そこを越えては、王宮には居られません。
「ジェイでいいよ。……母上の所に?」
「ええ、ご挨拶を。所でジェイ」
私はここで会ったが、と、まくし立てました。
「貴方どういうおつもり?
リル・アボットにドレスを贈ったそうね。真逆卒業パーティに同伴する気じゃないでしょうね?
フランカが気を揉んでるわ。ちゃんとフランカをエスコートするんでしょうね?決まった人がいる卒業生はパートナーを連れてくるのが習わしよ。フランカのドレスの色はご存知?ちゃんと色の重ねはするんでしょうね?お迎えのお約束は取ったんでしょうね?」
指を立てて説教する私ですが、叔母同様、わたしのつんけんぶりは心うらはら。
この男と、卒業パーティでは願わくば一曲踊りたい。髪飾りでもいいから、そっとこの男の色を纏いたい、との思いを包みながら、フランカへの不実をつついていたのです。
ジェイは父譲りの少し下がった目尻を更に下げて、クシュッと笑いました。
「よくそんなに早口で言えるね……大丈夫。全て解決するよ」
「解決?」
斜め上の言葉に、私がキョトンとしていると、彼はポンポンと私の頭を指の腹で叩きました。
「ロゼッタはいつでも私に誠実だ。大丈夫。フランカもリルも、私は守ってみせる……生きてみせるよ……」
少しドギマギする私は、彼が何を言っているのか、ちゃんと捉えてはおりませんでした。
(生きてみせる)
その言葉が心に残ったのは、予感なのかもしれません。
だって………
「医者!医者を!」
「息を息を……ジェイッ!」
午餐の場で、杯を掲げ飲み干した途端、ジェイが、ジェイだけが、その場に崩れ落ちたのです。
悲鳴と騒然とする場で、男たちが駆け寄り、侍従や侍女、東宮女官が右往左往して医師や近衛を呼び回ります。
「……っ、ジェイ!話があるって、後で話をって……応えろっ!息を息をしろっ!」
ジェイを抱き揺さぶっているデュラン殿下の腕を押さえ、義父がジェイの青い顔に耳を近づけ、そして胸に手を当てました。
そして
義父は静かに頭を振ったのです。
「……毒だ。ジェイは、もう」
ひ!という短い叫びの後、卒倒した妃殿下を王太子殿下が受け止め、
「祝杯の給仕を出せ!下手人をっ」
と叫びました。
「申し上げます!」
重ねるように、近衛が駆け込んで来ました。
「廊下で女官が殿下同様泡をふいて絶命しております!」
多分その者が……
その言葉を沈黙が受け止めました。
後に、『生誕日の悲劇』と名付けられたジェイ王子の毒殺。
私の脳裏には、彼の最後の言葉
(生きてみせる)
が、いつまでも染み付いていました。
「……あいつが民衆党と繋がっていたのは調査済みだった。けれど、あの日ジェイは、
『午餐の後で話がしたい。父上と伯父上にも……大事な話だ』
と言って来た。直後、その直後だ……多分ジェイはアイツらに」
ディラン殿下は、幾度も幾度も嘆き、憤怒のやり場を求めていました。腹違いの弟をこの方はこの方なりに愛していたのです。
程なく、
民衆党は過激な襲撃を重ね、反乱軍と呼んで良いほどの勢力に膨れ上がって、王制を攻めて来ました。
ジェイを〈悲劇の英雄〉に祭り上げた民衆党は、ジェイの死を王族による誅殺と流布しました。リルは、広場で街角で、彼の死を無駄にするなと人々に訴えていました。リルもまた、正義の女神と崇められ、戦闘に向かう者の支えとなった様です。
デボラ妃殿下は、援軍を母国に求めました。叔母は深く深く傷ついて、息子を亡きものにした組織の壊滅を王太子殿下に要求したのです。
王都に安全など無くなり、私はバルトーク領に隠棲しました。
ジェイ。
貴方の死は、王家の崩壊の始まりでした。