43 ジェイ王子 断ずる
もう一人、会わなくてはならない。
私は、クラブハウスを目指した。
学院のクラブハウスは、鍛錬場、剣術場につながっており、それぞれの更衣室や交流の談話室が設えられている。
放課後、脳筋達と剣馬鹿が集う。
レイモンドみたいな。
「おおー殿下!聞きました、貴方の勇姿!
父が流石だと、感服しておりました!」
レイモンドの大声に、周りの脳筋も集まってくる。みんなして、レイモンドの賞賛に頷いて。
おい、近衛隊長子息。先ずは、警護に穴があった不手際を詫びるのが先じゃないか?
多分ザッカードは、そう息子に話しただろうに、レイモンドには、生死を切り抜けた王子格好いい、としか思わないんだな。
私は落胆。予想内だったが、私の側近にするには、浅い。
(こんなんだから、リルに利用されるんだよ)
それでも、彼にはやってもらわなければならない事が二つ。
「ありがとう。レイモンド、ちょっと良いか?」
私は彼をクラブの応接室に伴った。
そこで、彼に「内密な」依頼。
ひとつは、
「……リルを人前で酷くした。
その事を詫びたいので、取り持ってくれないか?」
という事。
もうひとつは、
「そのためにも、明後日の放課後、なるべく皆を早めにここから退けて欲しい」
という事。
「明後日って、昇級試験の日ですな?」
「多分、応援の学生も来るのだろう?……リルも」
レイモンドは得心がいったらしい。
「左様ですか。
ならば、試合終了と共に、掃けさせましょう。終わったものから着替えさせて……日没近くになりますが、それでも宜しいですか」
好都合だ。
「それでいい。但し」
私はこの単純男を信用はしていない。
「絶対に、この事はお前の腹に納めろ。誰にも漏らすな。
いいな?私の面子を考えてくれ」
と、念を押しておいた。
嬉しそうなレイモンドと別れて、クラブハウスを出る。
あの単細胞は、私との誓いより、リルへの思慕が大きいに違いない。
私の夕食を賭けてもいい。
あいつは、今の話をリルに漏らす。
(何であいつを側近候補にしたんだろうなあ……)
やや、虚しくなりつつも、この辺かな?と思われる『明後日の事件現場』を下見する。
……成程。
裏庭から裏門に抜ければ、街の小路に出られる。
小路を廻れば、簡単に消える事が可能だな。
学院は、通常正門だけが出入り可能で、門番と王都警察が常駐し、開閉を行っている。
高い壁に作られた堅牢な裏門は、硬く閉められているし、日中は、ガードが巡回している。
これだけの高位貴族の子息子女の学校だから、当然だ。
その安心が慢心になるって訳か。
ガードが〈狼〉の可能性もあるな。
図面を持っていた髪を束ねた男……
私は裏庭を背に、クラブハウスから校舎への舗道を歩いた。
普段これだけ人通りのない場所に、目撃者を作るには、それなりの理由がいる。だから、昇級試験の日という訳だ。
(殿下)
影が音もなく現れた。
「動いたか?」
(はい。追尾は〈彼〉が)
「報告は私の部屋で聞こう。
ナイトには釘を差しておいたよ。
動くだろう」
(流石です)
影の言葉に皮肉もお追従もないみたいだ。
「初めて褒めたな」
(価するので)
私はいい気分で王宮に戻った。
これからの正念場に高揚しているのを自覚した。
私邸に戻るなり、それぞれの所在を探した。ロゼッタは朝のうちに家に戻ったようだ。公爵も既に退出となっていた。エミリオ閣下も、今日は娘の為に家のようだ。
後は、兄上、か。
ここらで一回、断じておくか。
兄に夕食をご一緒したいと申し出ると快諾された。
「……睡蓮宮に行ったそうだね」
無言の食事の後、兄は焦れて切り出した。
「はい。セリア妃殿下の魅力に、くらっとしました」
「戯言はいい」
「戯言ではありませんよ。
あの方ほど、覚悟を決めている女性に、私は出会ったことはありません」
兄は、ドン、と卓に拳を置いた。
「……母を愚弄するな」
「愚弄?
それは兄上、貴方の事だ」
「な、に……」
「下らない醜聞を恐れて、私の命を危うくするような者に、セリア様を守れるものか」
「……!」
人払いを
と、影に伝えると、静かに扉が閉まった。
「……ジェイ、お前、何を知って」
「これは私の想像です。
けれど、かなり真実に近いと思います」
私はこの母思いで賢いが、謀術はからきし、という男に、突きつけることにした。
まず、エミリオ公爵を訪れた件。
私と閣下が密談していると聞いて、狼狽した、と、ロゼッタが言っていた。
「貴方は、エミリオ閣下に確かめたかったのでしょう。
貴方を脅迫している件が真実かどうか。
エミリオ公爵は、古くからの父の友人であり参謀だ。勿論、父の前の婚約者とも旧知だし、セリア様が側室になった経緯も全てご存知だろう」
だから、確かめたかった。
ずっと兄の教育に関わり、政治を教えてくれているエミリオ公爵なら、必ず真実を知っている筈と。
「そして、私と話し込んでいると言われて、怯えたんだ。
私が聞かされたのではないか、
自分が父の子ではないと告げられているのではないか、と」
そんな大事を私に簡単に開けるはずがないのに。
脅されて、母を守りたくて、
兄は思考停止したんだろう。
「そして、私がフランカを送っていく事を知り、前々から言いつけられた通りに、ネズミに告げたんだ」
夜のフランカ同伴なんて、夜会以外、機会はない。それがあの日に適ったのだ。
「どうして相手がそんな事を知りたがるか……想像出来ない貴方では無いはずだ。
大方、ダメな私のせいで、フランカに傷がつくような小さな事件を起こして、エミリオ公爵家に醜聞を起こしたい、
フランカが王子の婚約者として如何か、と巷に言わせたい、
そんな戯言に騙されて」
兄は終始黙っていた。
「双方死者が出た、と聞いて貴方は気が気でなかったでしょう。
もう少し頭が回れば、そこに思い至ったはずだ。
王族の移動を襲うという暴挙に危険がないはず、ないでしょう」
「何の話か、分からないが、お前の無事を心から喜んだよ……」
私は、もう少し追い詰めることにした。
「そうですね。
貴方は喜んでくれた。
でも、その様子から、父が見抜いてくれましたよ。
貴方にネズミが付いている、って」
「えっ?……父上っ?」
「私たちの父を見くびってはいけない。
父は私に貴方を探れ、と仰った。
だから私はそのようにしました」
私は食後の珈琲を飲み干して、告げた。
「兄上、民衆党と繋がったのですね」




