39 誘拐計画
「……男の子には、反抗期があるでしょう?」
唐突な話がロゼッタから出て、私の頭がついていかない。
「女の子には、その代わり、白馬の王子様病、って言うのがあるの。
いつか白馬に乗った王子様が、今の私をさらって下さる……なあんて。
……そういう妄想に遊ぶの。
で、現実では有り得ないトキメキを恋だと勘違いして」
ロゼッタは、どうやら、フランカが本当に不貞を働くような不実ではないと、言いたいらしい。
「ロゼッタにも、白馬は来た?」
乗ってあげると、ロゼッタは一瞬言い淀んで、ここにはね、と、胸の近くを掌で軽く覆った。
この話はおしまい。
大丈夫。君の気働きは承知している。
デュランだろうと、マルベル教授だろうと、フランカが夢を見ている女の子だ、って、言いたいんだよね。
「その、マルベル教授への封筒が利用されるとなると、教授が民衆党と繋がっている可能性が出てくるな」
そして、デュランの指導教官か……。
デュラン。
「影」「はい」
「ロゼッタの耳は、私の耳だ。
報告を」
影……学院での随行は、壁から私の側まで近づいた。
彼は私と同じ背格好。外つ国出身で、青い髪に赤い目をしている。
染め粉で黒にすると、私の影武者にもなれた。
今回は、褐色に染め、眼鏡をかけて街に入ったらしい。
彼に座るように命じた。なるべく顔を合わせて近くで話をしたい。
「夕刻から、上が下宿屋で1階がリストランテの店に入りました。
カウンタの奥に部屋があり、男がポツリポツリと入っていきました。
その数、十名程でしょうか」
そこでの出来事を彼はつぶさに報告した……
「店は大丈夫?」
「ああ。さっきまで、長居してた若者が帰ったから、がらんとしたもんだ」
「……これで全員揃ったのか?
ゴッ「名前は止めて」」
私は食事を終えて、勘定し厠を借りると告げて、納戸を探し点検口から、屋根裏にもぐりこんでいたのです。
木の節から灯りが漏れ、中の様子が見聞きできます。
真ん中のむき出しの木のテーブルに、ぐるりと円に座った者たちは、皆、鼻から下を覆面やスカーフで覆っていました。
「このところ王宮から抜けるのが、大変になっちまった」
「何やら上の方が、探っているらしい。まだ、武官やお前のような兵にまで手は伸びてないだろう?
さて、こちらは周到にいこうか。
で、準備は出来たのか?」
どうやら、王宮……しかも兵らしき男が混じっています。相手の男も、宮廷の動きを把握している様子です。
「女神。あんた本当にいいのか?」
「勿論。骨の一本位は、覚悟してるわよ……宵闇、私以外の目撃者、が学院にいる条件が揃わなくてはね。
決行は、放課後、騎士科の予備戦がある日……3日後ね。
私がナイトの応援を終えて、帰宅する途中、という設定」
先程、名前を呼ぶなと遮ったのは、女神、と呼ばれる女性でした。スカーフで頭を覆い、鼻から下もスカーフで隠しているので、髪色も何も分かりませんが、声は
リル・アボット
彼女でした。
「勇ましいな。狼、お前たちは?」
髪を後ろで束ねた男が、おう、と、返事をしました。
「学院の図面だ。
女神はナイトやビショップの近くに居てもらわにゃいかん。
そうなると、このクラブハウスの前から裏庭に続く舗道が狙い目だろう……ここだ」
襲撃箇所と思われます。
クラブハウスの玄関から、百ダウ位でしょうか。
「狐。あんたは女神と一緒に居ろ。鼬がナイトとジュニアを連れ出せ」
「俺たちは、ここから、こっちに。荷馬車はここだ。
で、女神と揉み合って、荷馬車へ押し込もうとするタイミングで、ナイトに目撃させる」
節穴からは、図面に突き合わせる男たちの頭しか見えなくなりました。ですので、狐やイタチがどんな風貌か分かりません。
リーダーと思しき男は、中年であろう事、
狼は、腕に長い火傷痕がありました。
「狐は、女神を庇って殴られる」
「お手柔らかに頼むぞ」
「土竜、公爵家の証は?」
「大丈夫だ。封書は隠してある。ウサギ直属の警護隊の制服も」
「いいか。学生とはいえ、ナイト達の仲間が加勢すると、危うい。
適当なところで引き上げること。
間違っても、捕まるな」
「目的は、リルが乱暴を受けた、誘拐されかかった、賊は証拠を残した、ってのをナイトやジュニアに見せるってことだからな」
土竜は、王宮の兵のようです。
「俺が上手くやるよ。ナイトは任せておけ」
その時、大きな音を立てて、扉を開ける音がしました。
「何だ!」「大変だ!あいつら襲いやがった!」
全員が立ち上がって、カチャ!という音をそれぞれたてました。武器の音です。
「あいつらって、南か?」
「ああ、寄りにもよって、王子とウサギを」
「殺ったのか!」
息を切らした男は、頭を振って、
「……逃げられた
怪我人が捕まった。重症で自害出来なかったようだ」
リーダーが『馬鹿者共めが』と唸ると
「ち……馬鹿ね。中途半端な。
王子を殺ってウサギを逃がせば、好都合だったのに」
男達がアボットを見ました。途端に
パン!という音が響いて、
「お前、知ってたのか!馬鹿者!」
と、リーダーが怒鳴りました。
「全員撤退!いつもの連絡方法を使え!今夜の所在を作れ!土竜!お前は状況を探れ!
……この売女、こいっ!」
そして、全員が部屋から出ていきました……
影は、報告終了とばかりに、礼をした。
「昨日の襲撃と、そいつらは別グループなんだな。昨夜は『南』」
そして、リルは私を殺す気だったのか。そしてフランカが生き残る。
「ウサギって……フランカ?」
ロゼッタは蒼白ながらも、気丈に影に尋ねる。
略取誘拐未遂については、言ってあるからね。
「思うに」
影が話す。
「ウサギはエミリオ公爵家、ナイトは、ザッカード様。そして、ジュニアとは、殿下、貴方でしょう」
成程。
一度目の人生で起きた事件と、概ね同じだな。
「……決行するかしら。
昨日の事件で、変更があるのではないの?」
「……」
(王子を殺ってウサギを逃がせば)
狙いは私とフランカが、同伴しているタイミングだったのか。そして、ポンコツ王子の一人くらい、直ぐに切れると思ったんだろう。
そして生き延びたフランカを中傷し、公爵家が私を暗殺した、との筋書きで中傷する……
(残念だったな。ポンコツは意外と強いんだ)
「決行するでしょう」
影は言い切った。
「本日殿下がアボットに縁切りを告げた以上、時を置けば、王家や公爵家にとってアボットが邪魔者、という立ち位置が失われます。
何故彼女がか誘拐されなければならないか、その趣旨が曖昧になります」
「あら、ジェイ、彼女をまた振ったの?」
ロゼッタがちょっと面白そうに言うので、
「今、焼き菓子の気分じゃないって、言ったまでだよ」
と、混ぜ返すと、頬を染めて口をつぐんだ。
「三日後。夕刻。
クラブハウス前……よし」
「私は土竜を探します」
影が言う。
「そうか。大ザッカードに言付けを渡してくれ。準備する。
それからロゼッタ」
「はい?」
「今夜はこちらで泊まりなさい。
デュランが嫌なら、お祖母様の所に行くこと。
伯父上もいらっしゃるんだから、そうしてくれ」
「……分かりました」
ロゼッタがしぶしぶと、侍従と警護に伴われて退室した。
ロゼッタだって、ウサギの可能性があるんだし、デュランは、ちょっとシメとかなきゃならないし。
お祖母様の傍が一番、堅牢だろうしね。
ロゼッタが退出すると、影は
「殿下。一つ気になる事が」
「リーダーの言葉か?」
流石です……と、影は呟いて、
「馬鹿者共め……何故彼は私の国の言葉を」
私は影に、襲撃の時にも、外つ国の言葉を聞いた事を伝えた。
「母国の者が、民衆党に……」
「いや」
私は即座に言った。
「一人でいい。民衆党の幹部級を掴めば、向こうの意図が読めるだろうが……
取り敢えず三日後、だ
頼むぞ」
「御意」
扉を開けさせ、デュランの居室へ、先触れを言付ける。
(兄上、色々、話さなきゃならない事ができましたね)
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