2 やり直しの人生 その1
当分は大体お昼前か、夕方に更新していこうと思いますが、既にうんうん唸って書いているので確約は出来ないポンコツです。
ので。
ブックマークして頂けると助かります。
すみません。乙女通信では毎日更新してたんですが今回はお約束出来ないみたいです……
「起きておられましたか、殿下」
侍従が声をかけた所から意識が戻った。
……部屋だ。私の。
そして寝台。
私の手は?
……傷ひとつ無い。無論手かせも。
我知らず首を撫でる。
少し強く胸を叩いてみる。痛い。
本当に、生き返った、のか……
いや、長い夢だったのか……
空気は、柔らかい。
清潔なシーツ 香り高い紅茶の湯気
家人が開く重厚なカーテン
瀟洒なレースから差し込む朝の光
何もかもが、美しい。
「良かった」
あいつの言葉は真実だったようだ。
私は生きている。
生き返ったのだ。
「……如何なさいましたか」
私が返事をしないでいると
「朝食を準備いたします
本日のご予定については、後ほど」
侍従がそのような事を述べ、下女達が入れ替わるように入り、支度をし始める。
「……今日は、何年の、いつ、だ?」
私の妙な問に、下女は表情ひとつ変えず
「ラント歴457年9月11日でございます。本日は王太子妃殿下のお誕生日にございます」
9月11日?
例の婚約破棄宣言した卒業パーティの1週間前か?
私の頭が沸いた。
「あ、あやつ〜〜」
「は?」
私は側用人や下女が無駄なく動く部屋で、盛大に心の声を漏らしてしまった。
「あの精霊野郎!1週間前じゃ打てる手も打てないじゃないか!
何でもっと前に戻さない!」
「殿下、何か」
「いやっ!いい。
……祝いは午餐だったな」
「はい」
「午前は書斎で過ごす。朝食はこちらに。人払いをしてくれ」
侍従は恭しくお辞儀をして退いた。
足らない。
時間が足らない!
思い出せ お・も・い・だ・せ!
(パーティでの破棄と糾弾は、グレシャムの案だった……フランカによるリルへの虐めと略取誘拐未遂を……
証拠固めはグレシャム伯爵が手伝ってくれた。人身売買の罪にも問えると。だから私は動いたんだ。なのに)
法廷で司法長官は、リルとその父アボット男爵が過激な市民グループの民衆党と入魂であること。
グレシャム伯爵が民衆党の創設者と繋がり、エラント王家を恨む者達を集めていたこと。
リルはジェイを籠絡し、王家を割り、王家衰退を狙っていたこと。
そしてその証拠も揃っていることを静かに述べた。
『ジェイ。無念だよ。正妃の子として王太子にならんとする君を支える事が私の願いだったのに……真逆お爺様を裏切って国家転覆の長となっていたとは』
悲しげな兄の言葉が浮かぶ。
違う!
違う違う。
グレシャムは如何にエミリオ公爵が腐敗の徒であるか、
王太子たる父を懐柔し私服を肥やす輩であるか、
一つ一つを解きほぐすように私に示した。
(公爵を廃しましょう。その為には)
私はその案に乗ったのだ。
娘であるフランカを貶め、万民に愛されるであろうリルを選ぶ。
(貴方は民に受け入れられるでしょう。新しい思想をもつ王として。
腐敗仕切った貴族を断ち、真に国を愛する人々に門戸を開いた初めての王として。
……その高潔さは後々の世に語り継がれることでしょうな)
グレシャムの言葉は実に甘露だった。そして、
リルの微笑みはこの上なく甘美だった……。
(考えろ!考えろ、ジェイ!)
1週間前。
既にリルの誘拐未遂事件について、グレシャム達とは話し合っている。
そして、この上ない場として、卒業パーティでフランカを断罪する事もリルやレイモンド達と打ち合わせが終わっている。
(何が出来る?何がしたい?)
私は論点を整理した。
やり直し最優先は
生き延びる事だ
たとえ正義がこちらにあったとしても、兄やエミリオが動いてしまえば、歪んでいても彼らが正義となってしまった。
生き延びる。そのためには
(卒業パーティで断罪なぞしないことだ)
出来るか?出来るとも。
……駄目だ。
私が動かなくとも、きっと兄やエミリオ公爵達は、民衆党とリル、そして私の繋がりを掴んでいるだろう。
パーティに私が動こうが黙しようが、運命は変わらないのではないか。
では?
(……グレシャムと、手を切る)
彼には悪いが、王家を取るか民衆をとるかと詰められれば、家を取る。
たとえエミリオ公爵の不正悪行があったとしても、糾弾はこの騒動を収めてからだ。
グレシャムには悪いが、誰かが犠牲にならねばならない。それは私でも、そして
(リルでもない。リルを処刑させたりはしない)
甘酢い思いが込み上げる。
リルは、私の道標だった。
リルは、いわゆる媚びた所がない。
大きな瞳は強い光を持ち、時に私を叱咤し時に私を甘やかした。
リルの言う〈気高い精神のリーダー〉となれるよう、私は努力してきた。リルの指し示す頂きに登るべく学業にも世情収集にも邁進した、つもりだ。
リルと決別する……。
仕方がない。
ではどうする?どう動く?
そうだ。母上の誕生日には一族が揃う。そうか。今日の午餐で父や祖父に訴える。グレシャムの謀反を掴んだと。私はそれを内偵していたのだと。多分兄上の調査と合致し、父も祖父も信じてくれるのでは。
成程、だから今日私は生き返ったのではないか?
本日私が暴露すれば、これまでの咎で、王太子の道は断たれ、私は臣下に降りるだろう。
それでも王家の中で事が済む。他の貴族に波及することは無い。私の命までは取らないだろう。
(待て)
リルはどうなる?
民衆党とリルの関係が露見すればリルは前世の通り処刑される。
(第2のやり直しは、リルを救え、だ)
か弱いリルに何の力があるか。無駄に花を散らすことはない。
たとえリルと結ばれずとも、私の純愛は彼女に捧げた。
リルを逃がそう。
彼女ならきっと、どこで暮らしても大丈夫だ。グレシャム達には悪いが、私の命かあちらの命かと言われれば我が身が可愛い。グレシャムを贄にして、リルが火の粉をかぶらないよう計らおう。
そうだ。
逃がそう。
早速私は手紙を書いた。
午餐までにリルと会って戻ることは不可能だ。手紙でことの次第と今後の指示を書く。そして、当座の資金として金貨と足がつかない宝石を選び出して箱に詰めた。
……どうやって届ける?
女がいいだろう。リルの里は田舎だから学院の傍の下宿屋にいる。女なら。
けれど粗末な紙箱だが宝石や金貨だ。身分の低い者では無事にリルに届くかどうか……
そうだ。
あの女官がいい。東宮で母のもとで働いている若い女官。
あれは、リルを私が招いても、丁寧に接していた。リルも彼女には心安い雰囲気だった。
なんと言ったか……そうだ
「ナパテア書記官補佐を呼んでくれ」
私は侍従に命じた。
生き延びる。私もリルも。
男がナレーションすると、たちまちクズかポンコツになりますね。次回はロゼッタさんが語ります