37 フランカの告白
「何言ってるの?
ジェイのあの、のぼせた顔知ってるでしょ?彼は今、貴女の魅力に夢中よ。
私は、ジェイの恋が上手くいくことを一番に思ってるの。
だって、ジェイは、大事な幼なじみだから」
私はそう言って、にっこりしました。
「フランカ、貴女はこの国の最高の淑女。それは貴女が努めてきたからでしょう?
貴女は王妃となる御方。今のジェイなら、やっと、貴女にお似合いになったかしら……
ホント世話のやける従兄弟よね」
私はこれだけ告げるのに、心臓が早鐘を打っていました。
そして、憤慨もしていました。
どうして、今、晒すの?
言わなくていい事をどうして明らかにしたがるの?
私にはジェイとの未来はない。
それを私に自覚させたいの?
そんな酷い人なの?
「ロゼッタ……」
フランカはゆっくりと話し始めました。
「貴女ほどの真の貴族子女はいないわ。
アボットさんなんかに……失礼、
言われなくても、貴女は人に対して公平で、相手のお立場を弁えて相対する。それが、平民であろうと、下男であろうと、王妃殿下であろうと、変わりがないわ。
お相手に合わせて、相手が貴女に求める姿を難なく示している。
私は、共に育った友として、貴女が誇らしい」
褒めても何も出ないわ、恥ずかしい。
「私の育ちが私をつくったの。
下女の部屋で凍えてた貴族の娘なんて、どこにも居ませんからね」
と、少し自虐で混ぜ返すくらい。
「そうね。苦労されたものね
……今だって、貴女、私に腹を立てているのに、表には出さない。
私が本心を暴いたのを許せないのに、貴女は私を詰らない」
……お見通し、って訳。
じゃ、何故、あんなこと。
私は、小鳥のように、小さな果実しか食べていないフランカに、サワークリームを塗ったクラッカーとサーモンサンドをサーブして、前に置きました。
それでも尚、彼女は言葉を重ねます。
「公平で勇敢。論理的で説得力がある。家格は最上。美しくたくましい。
今のジェイには、相応しい……
私より貴女の方が、ジェイの隣がにつかわしい……
そんなふうに、私には想えるの。
何より、貴女とジェイは、惹き合っているもの」
「フランカ!」
私は、はしたなくも、大きな声を出しました。ララがチラリと頭を覗かせましたが、すぐに控えの間に、引っ込みました。
「フランカ。どうか、不安にならないで。
そりゃ、あんなふうに襲われたら、誰だって気弱になるわ。
辛かった、怖かったのよね」
そして、私はフランカの隣に座り、彼女の肩を軽く抱いて、告白しました。
「私……ジェイが好きよ。
でも、フランカ、貴女も好きなの!
貴女が辛い思いをするのは、嫌なの!」
「ロゼッタ」
悔しいのか恥ずかしいのか、ぐちゃぐちゃの気持ちが私を泣かせていました。
フランカは、私の肩に小さな頭をコツンと乗せて、しばらく沈黙が流れたのち、フランカが言い始めました。
「ええ。
私も貴女が大好き。
姉妹のいない私にとって、貴女は姉であり妹でもあるの。
だからこそ、分かるの」
そして、白い指を私の指と絡めて、
「貴女がずっと、ずっと、ジェイを慕っていることを知っていたわ。
ジェイが困った人になっても、生まれ変わった様になっても、どんなジェイも、貴女は慕っていたわ
……私はそれを知っていたのに、今の今まで、触れないでいたの。
私の任務は、王家に嫁ぐ事だから」
フランカは、指に力を入れました。
少し、震えています。
「ジェイの生まれた年に、公爵家に生まれた時から、私の人生は決まっていたわ。
アボットさんは、私を特権階級の苦労知らずと詰るけれど、私には自由などない。
王家に嫁げば、〈私〉はない。王太子妃、王妃、という肩書きが全てを優先するわ。
私はそれを受け入れ、私にしか送れない人生を作ろうと決意したの」
そして、身体を起こして、
「ジェイ殿下には、何故か不満は無かったわ。
彼がどんな女性に惹かれても、必ず私に対して、共に〈任務〉を全うする伴侶として、尊重して下さると。
私も、彼に対して、立場を尊重してお支えするのだと。
でも、もし、貴女がジェイを求めれば、私にはどうにも出来ない。
貴女がお相手なら、敵わない。
私は、これまでの私を全部棄てなくてはならない」
そう言って、フランカは、微笑んだ。
「……悪い女でしょ?
貴女の気持ちを知っていながら、そんな事を思って、知らんぷりしていたの」
「フランカ。
それは、当たり前の振る舞いよ。
だからお願い。
私の心に触れないで」
「いいえ。
昨夜で状況は変わったわ」
フランカは言い募ります。
「ジェイと貴女の信頼関係をまざまざと見たわ。
あの生死の狭間で、ジェイは貴女を励まし、その力量を信じていたわ。
ここに、着いた時、私は倒れてしまったけれど、薄れる意識の中で見聞きした、貴女達の姿……
真の伴侶とは、こういう事なのね、と、私は知ったの」
……あの抱擁を見られちゃったの……
あんなの、幼子を可愛がる父親みたいなものなのに。
「それで、ようやく気がついたの。
貴女の方が、王太子妃に相応しいと」
「フランカ」
私は、まだフランカが昨日の衝撃から立ち直っていないと、察しました。
混乱している彼女の弱音なのでしょう。
静かに私は、説得を始めました。
「私は王家に嫁ぐ訳にはいかないわ。
それは、貴女が王家に入ることが任務だと言うように、私は私の家を継がなくてはならないの。
それから」
言ってしまおう。
フランカなら、受け入れる。
「私は王家に入内できる血筋ではないの
……私、母の子では、なかった。
父と、侍女の、子なの」
「……」
私は、つらつらと、告白しました。
王妃殿下の画策で、父に囲われた実の母が、その父親を秘匿して、妊婦の母に仕えていたこと。
そして、事故の際、瀕死の胎から取り出して産まれたこと。
子が流れた夫人が、我が子として育ててくれたこと。
「だから、私は、この家を守り継ぐのが、使命なの。
悪いけど、ジェイの人生と交わることはないわ」
そう結ぶと、フランカは、ふるふると頭を振って、
「侍女が何なの。
セリア妃殿下だって、デボラ妃殿下の侍女だったわ。
デュラン殿下の血が、王家にそぐわないとでも?」
「そうじゃなくて、私は家を背負って……
そうだわ、フランカ、貴女」
私は突然、思い出しました。
図書室のフランカを
「……貴女こそ、苦しい恋をしているのではないの?
ジェイは気が付いているわ。
そして、貴女の心を自分に向けようと、努めると、そんなふうに考えているの。
どうか、ジェイの健気も理解してあげて」
「恋?」
フランカがアメジストの目を見開きました。
「そうよ。慕っているのでしょ?
その……デュラン殿下を」
「え?」
フランカは、キョトンとしてから、クスクス笑いました。
「……デュラン殿下?……
いいえ……ごめんなさい、どうしてそんな、ふふっ」
フランカは本心から笑っているのが伝わります。
……あれ?
「悪いけど、デュラン殿下は、私の好みではないわね。
真面目で快活で、賢くて、私の兄と同じ善人よ」
私、悪い人がいいの。父や王太子みたいに。
そう言って、フランカはまた、くすくす笑っています。
「……だって、図書室で」
「え?」
「図書室で、貴女、愛おしそうに、その、指でキスを、あの……」
私が語尾を口ごもると、
ああ、と、フランカには得心がいったようでした。
「殿下の卒論ね。悪い人、覗いてたのね……人違いよ、デュラン殿下ではないわ」
人違い?
えっ?じゃ?
その時、
カタン!と、音を立ててフランカが立ち上がりました。
椅子の音をさせるなんて。
「フランカ?」
彼女は、冷水を浴びたように、呆然としていました。
「……忘れていましたわ……
私、一通だけ、公爵家の封書を使いましたわ。
しかも、裏書に私の名を」
え?
恋の話から、誘拐計画に話が飛んで、ついていけない私は、彼女以上に、はしたなくポカンとした顔で、フランカを見つめていました。




