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34 東宮会議再び

警護(がーど)の家は、王宮の北のアパートメントにあった。

規格が同じ棟が居並ぶ官舎で、5階と3階に、それぞれの家族が居た。


一人は壮年の夫婦二人暮し、もう一人は、妻と三人の幼子の家庭だ。

それぞれの家族の涙と嘆きを私はしっかりと受け止めようと努めた。


グレンは気を回そうとしていたが、私は断った。彼らが私の代わりに命を落としたのだ。


それでも、寡婦は二人とも、

(殿下のお命が救われて、何よりでございました)

と言ってくれた。

私に出来ることは、亡くなった彼らの分、正しいと思うことを重ねて生きることだ。

私は遺族に詫びをいい、頭を下げた。寡婦は勿体ないと慌てたが、私の誠意を示すしか、出来ることはなかった。


精霊よ。

死は、絶対のものだ。

死者がもたらす哀しみは現実だ。

そして、彼らは二度と戻らない。

やり直しなど、ないのだ。


私は、今世でやり直しは最後とする。後一度など、欲しくない。上手く行こうと行かなかろうと、今世を悔いなく生き抜く。


「殉職の手当と、寡婦手当の手筈を事務方に命じてくれ……特に幼い遺児が困らないように」


私の指示にグレンはべそをかいていた。

さあて。

弔い合戦の準備だ。

やられる一方じゃ面白くない。




東宮に近衛兵団長の大ザッカードを呼び寄せた。

近衛騎士団長のザッカードとは伯父甥の関係だ。そして騎士団長の息子がレイモンド。


グレンと三人で、昨夜の検証を聞いた。

男達の所属は不明。どこかで訓練を受けた者と、素人が混ざった集団のようで、死者は素人らしい。

素性は分からないが、黒い衣装の下は粗末な下着と粗雑な帷子だった。名前や住まいが分かる携帯品はなし。剣も鞘も、無印で、よく市井に出回っている品。無論真剣だが。


「ただ、揃いの衣装に揃いの覆面、揃いの武器、となると、意図された1団で、他にも居ると予想されます」


「自害した者は、どうやって」

「頸動脈を」

「そこ迄しても、自白できないことを抱えていたと言うわけだな」


ふむ。

只の寄せ集めではない、と。


「負傷の者は?」

「黙秘しております……まあ、でも、医者のさじ加減次第かと」

ニヤリ、と嗤うグレン。


拷問かい。


「……訓練された集団。

けれど、能力はまちまち。

襲撃は、突然決まり、けれど統制の取れた動きをした……」


「つもりがあった、ということでしょうな。

昨夜は唐突に決まったが、実際、ことに移せる程の計画と訓練は成されていた、と」


確定だな。民衆党だ。

二人のやり取りを聞いた私は、確信を持ったが、言わなかった。


「グレン。

そなたに、今懸案の指示権限を与える旨、書面を作っておく。

口を割ったら、直ぐに東宮へ。

この件は、まだるっこしい手順は不要だ。父には通す」


「御意」


グレンが退出したので、私は団長に向き合った。

「さて、貴殿に、お願いがあります」

「……」


「今回の件。

兵団及び、騎士団に、とある思想が入り込んでいる可能性が高い」

「内部の犯行と?殿下、それは」


私は、胸元から小さなボタンを取り出した。


「……れは……」

「あやつらとやり合った時に、私が思わず黒マントの下の服からむしり取ったらしい。

袖口だから、向こうも気づいていないかもしれない」


それは、シャツのカフス(ボタン)だった。台を縫い付け、釦ははめ込むもので、釦自体に糸は通さない。

釦には、近衛の略紋章がレリーフされていた。


「暴漢に内部の者がいる。

急遽決まった襲撃が、決行出来たのは、その者が動いたからだろう」


「……」

大将は懊悩している。

それは仕方がない。

けれど、秘密裏に双団を調査しその指示を出せる者は、彼しかいない。


「くれぐれも頼みます。

グレンに、これを渡さなかった意図を汲んでほしい」


大ザッカードは、大きく頷いて

「心して事に当たります……殿下」

「何だ」

「王太子に似て参りましたな」


え?


「只の反抗期の坊主から施政者の顔になられたと……では」


そう言って、敬礼し、歳の割には颯爽と、大ザッカードは踵を返して去った。




東宮の密談〈会議〉は、寝不足の私と伯父上、二日酔いのエミリオ公爵、そして、いつも通りの父と、いつも通りテンション高めの兄が揃った。


「お前に会う前に、出かけてしまっていて。本当に驚いたよ!」

「フランカをフランカを……

ありがとうございました……うう

拙息の不甲斐なさも重ねて、ううっ」


兄上。耳が痛いです。

閣下、泣いておいでるのか、吐き気が苦しいのか、どっちですか。


「やあー、お手柄お手柄。

さあ、始めよう」

今日の天気のような父の声で、それぞれが席につく。


まずは、私の襲撃について、状況を説明。

釦の件は隠した。

兄は

「私がもう少し、引き止めていれば……」

と、悔しそうにしていた。


その兄に、父が振る。

「内部調査はどうなっている、デュラン」

「はい……まずは文官から、と思いましたので、入廷三年未満に絞って調査させております。

成果はまだ……」

「方法は」

「対象者の身上調書から、出身や交際などをさらっています。

また、信頼できる者を各部署に潜入させて、対象者の動静を観察しています」


そのやり取りを聞いた父は、

「昨夜の事を考えたら、もう少し時間を縮めなさい」

「……承知しました」


どうやって、の部分はいいのかな。

まあ、いいや。



「閣僚は、特段変わった動きは見られません。しかし、総務大臣から、妙な情報が」

伯父上が話し始めた。


「税に関して、エミリオ閣下の提言で、累進課税……富むものからは重く貧するものには薄く、という税体制を取りましたが、

各領主が、現実、領地でそれを実行せず、ならした税率で変わらず徴収し、下々から不平が出ているとの事です。

領地からの総収益が大きければ、以前より税率は高い。故に、不平不満が出ているのは、大中の領主……高位貴族ですな。

ですから、不平不満が溜まっているのは、高位貴族の領民となります」


「馬鹿な。

我がエミリオ領では、初めこそ不慣れで摩擦が起きたが、福祉が手厚くなったと、徐々に納得が広がったぞ」


「何故、累進か、という点が領主貴族も、民も、理解が薄いのでしょう。

変革には痛みを伴う。

課税が引き上げられて、そのまま民に課す貴族の領地は下々が苦しむ。

形式だけ下ろした貴族の領地は、高くなった中位、高位の名代達が憤慨している」


「その不満が、エミリオや王家に向いているのかな?」


「直接の領主と軋轢(あつれき)をもつのが自然の成り行きです。

ただ、一部の地方で、民が領主を超えて王家や高位貴族を……王都を恨む者が蜂起しかかっていると」


「……謀反、ですか?」

兄が目を剥いた。


「反乱、の方が正しいかな……

エミリオ。

総務大臣と連携して、今一度課税と領地経営の懇談を。領主会議の開催を頼めるかな」


「そうですね。展望なき改革は、早計だったのかもしれません。

宮廷の意図と手法をもう一度、納得が行くまで会いましょう」


「気になる事は、もう一つ」

伯父上が続ける。


「最も声高に不平不満が上がっているのは、グレシャム領の近隣でした」

「グレシャムが、力を拡大させていると言うことか」

「おそらく」


ううん。

グレシャム伯爵の民衆党が拡大してるんだ。


「パトロンは」

「……心当たりがある」

エミリオ公爵が唸った。


「確信も証拠も無いが……もう少し待ってくれ」

「私も、もう少し手を広げてみましょう

しかし、事は急がねばならない。

デュラン、閣下、お願いしますぞ」


伯父上が付け加えて、お開きとした。


「エミリオ、ジェイ」

立った私達に、座ったままの父が呼び止める。


「……?」

「デュラン、行くぞ」

伯父上は、兄を伴って中宮……宮廷中枢に向かったようだ。


伯父上、兄を外させた?


「ジェイ」

父は穏やかな眼差しで私に言った。

「人の死は、自分の為の死は、重かっただろう?」


「はい…」

私は、父には敵わないと思った。

父なりの、私への心遣いが沁みた。


「出来ることを成す、それしかないと思います」


「戦場も街も同じだ。

君は守られて当然の命に生まれた。その事を噛み締めたことだろう。

……無理はしていい。

無茶は、しないでね」


私は黙って頭を下げた。

この人なりの愛情だ。


「エミリオ」

今度は父は閣下に向かった。


「昨夕、君を息子とロゼッタとフランカが訪問した。その趣旨は?」


「ジェイから、女子学生誘拐計画が演出され、犯人が公爵家の証を残す予定だ、との話があった。

濡れ衣を私かフランカにきせて、我が家の失脚を図る計画だった」


「その後、息子と二人きりで話をしたんだね」

「そうだ。中身はごくごく私的な話だ」

「舅と婿の、かな」


くっく、と嗤う。

どうしてこうも、父はお見通しなんだろう。


「ジェイ。フランカとロゼッタは、エミリオの応接室で待っていたのかな」

「はい」

「で?こいつとの話が終わってから、誰に会った?」


「……言うのですか、父上」

「うん。言いなさい」


私は唾を呑んで、声を絞り出した。


「兄上です……」





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