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30 それぞれの恋



「ねえ、ロゼッタ」

……来た。

私はもぐもぐ食べていたスモークサーモンのサンドイッチを飲み込みました。

フランカは、二杯目のお茶を注ぎます。

「さっき言ってた、アボットをやり込めたって……」


「ええ。後悔してるわ」

私は、ちょっとしおらしく言います。

フランカは、にっこりと、

「何があったか()()()()

教えてもらえるわよね?」

と、座り直したわ。


はい。

このモードのフランカに、勝てる筈もありません。


私は作法室でのやり取りを伝えました。

いえ。

作法室での、私の一方的な論破

でしたわね。ほーほほほ。


「成程、ロゼッタ、貴女正しいわ。言葉って怖いわね。

アボットさんは、先生に使うべき言葉ではありませんでした。

翻って、ゼルス様アボットさんへの

貴女の言葉は、正しく使った武器でしたわね」


ありがと……うわあ、フランカの目が笑ってないー


「……ごめんなさい」

「そうね。

貴女は正しく論破したわ。

でも、アボットさん達は、多分、貴女を恨んだでしょうね。

貴女、私より、標的になるのではなくて?」


はい、仰る通りです。

先程思いました。

正しいって、キツいです。

フランカ怖いです。

リル、貴女()()()()()()()()()()



いえ、あの子を論破した事を悔いてはいません。

ちょっと凹ませ過ぎたのは反省してます。


私がモジモジし出すと、ふふっ、と、フランカは和らぎました。


「貴女、もう単位はレポートで大丈夫でしょう?

バルトーク公爵様も、今回の件、お耳にしたら、私の父どころではないわ。

学院なんていい!って、金庫に入れちゃうんじゃないかしら」


「当たらずとも遠からず、よ。

この間、ちょっとおサボりしたでしょう?

『もうこのままおうちにいなさいな』

ですって」

「まあっ、ふふっ」


そんな長閑な会話にすり替えて、得体の知れない恐れから、二人して遠のいていると、


トントントン、と、扉が鳴りました。


「デュラン殿下がいらっしゃいましたが、お通しよろしいでしょうか」


侍従が先触れをします。


(……デュラン殿下

……私に会いにいらしたんだわ)


成人して、彼はセリア妃の宮から離れ、東宮に住まいを移しました。王家の繋がりで、私がこちらを訪れると、彼は時折顔を見せて下さいます。

ジェイ程ではないけれど、彼は彼なりに、〈可哀想な孤児〉だった私を可愛がっているのです。


でも。

今日は、フランカがいるのだけど。

(しかも、あんなフランカの気持ちを知った後で……)


図書室の幸福そうなフランカ。

……会わせて、良いのかしら、ジェイ。ダメよねジェイ。


「私なら、お構いなく」

「え」

フランカは、にっこり、平然としています。

「貴女のお顔が見たいのね。

お優しい方ですもの」


……フランカ。

いくら淑女でも、その()()は、国宝ものだわ。


お通しして、と、私が返す前に、


「ロゼッタ、一週間も学院を休んだと聞いたが、身体は……

おや、エミリオ嬢。失礼、貴女もご一緒でしたか」


と、さっさかデュラン殿下が入っていらっしゃいました。


私たちは立ってご挨拶をし、

「ご機嫌よう

デュラン殿下……ええ、健康ですわ。おサボりしましたの」

「お久しぶりです。殿下」


心なしか、フランカの微笑みが倍増しに綺麗です。


デュラン殿下は、ちょっとはにかんで、

「本当に。東宮によくいらっしゃっても、お目通りはかなわないものね。

今日は運が良かったかな」

と、仰いました。

私には、そんな表情下さったこと、ないわよね?


快活に言って、戸口から動かない紳士な殿下。

ねえ貴方って、素直に残酷だわよ。


「御遠慮なさらずに、お座りになって。フランカは今、閣下とジェイの懇談待ちですわ」


すっ、と、デュランの顔から笑みが消えました。


「……二人が」

「はい」

「それは……私が伺っても良いかな」

「実は「ダメよ、殿下」」


殿下ならばと判断したフランカに、私は否を重ねました。

二人が私を見つめます。


「デュラン、あの……ジェイはね、未来の舅にお説教されてるの。

込み入った話もあるみたい。

お家の事だから、ね」


私は何故だか、今この方を例の誘拐事件に関わらせるのは、悪手だと閃いたのです。

何の勘が働いたのか、分かりません。


デュラン殿下は、お祖母様のお気に入り。直系王家初めての男子で、ジェイが産まれるまでは、彼こそ継承者と言われたそうです。

彼は、デレク王太子によく似ております。王妃殿下が可愛がるのもむべなるかな。

ジェイと違って、大した反抗期も厨二病もなかった優等生は、私と同様、その出自からの処世術を体得して、大人に溶け込む特技を発揮したのでしょう。

デュランは、誰に聞いても、誉めそやす存在でした。


華やかなジェイは、世間では受けがよく、少しばかりのやんちゃも、魅力の一つとして、偶像的に人気があります。


デュランは、努力家で堅実。

女性や享楽にうつつを抜かすこともせず、真面目に卒業し王宮で王族の執務を担い、官僚や大臣達に受けがいい。


彼がお味方して下されば、いえ、ジェイと共闘なされば、何もかも丸くいくと思います。

なのに、私は、今垣間見たデュランの素顔に、違和感を感じたのです。


それは、私独特の勘としか、言いようがありませんでした。


「フランカの事なのに、フランカすら締め出した、内々のお話のようですの……

ジェイがお可愛いなら、お分かりになって?」


「……ロゼッタがそこまで言うなら。後日改めてお会いしよう」

「……ロゼッタ。

申し訳ありません殿下。

私ごときのせいで」


二人は呑んでくれたようです。

恐縮するフランカに、いえいえ、と手を振るデュランは、やはり、はにかんでおりました。


(この二人、両思いなんじゃない?)


そんな悪い考えがよぎりましたが、

いえいえ、この二人がどうなるなんて二人とも心から思ってはいないでしょう。


(でも、心で慕うのは、自由だわ)


私自身が、そう、後ろめたいのです。

ジェイの前では、幼なじみの親友として、精一杯、性を越えた関わりに努めていますが。


フランカより近く、フランカでは共有しない秘密をもつ私は、どこかで優越感に悦んでいるのですもの。


「と、言うわけだけど、ロゼッタは?」

「へっ?」

私は、誤魔化して

「え、ええ!勿論!」

と応えました。


「うん。いい心がけだ。

卒論は、一夏かかるからね。

テーマを絞って資料を探しているうちに、あっという間に時は過ぎてしまう」


あ、学業の話ですか。

そうですね。デュラン殿下がフランカに振れる話なんて、学院の事しかありませんものね。


「……私、今日、殿下の論文見つけましてよ」

私は口に含んだ紅茶を吹き出す所でした。

無理やり飲み込んだら、むせ返って、フランカにトントンされました。


「私の、ああ、卒論集だね。懐かしい」

天然ですかデュラン。

乙女がむせてるのに、無視してフランカと話すんですか。


「はい。殿下の指導教官は、マルベル先生なのですね」

「ええ。

彼は若いけれど優れた研究者です。学院の講師を務めながら、研究成果を出す逸材ですからね」

「学院としても、王子殿下を任せられると判断なさったのですね……確か、発電に関する論文でしたね」


デュランはさらにはにかんで、頭を掻きました。

「恥ずかしいな。

これからは、蒸気機関と発電機関による生産向上が必須ですからね。

マルベル先生のお考えは、益々必要となるでしょう」


つらつら話す殿下に、フランカは優しい微笑みで受けています。

「エミリオ嬢も、発電を?」

「いえ。私は水源を……女が手を出す分野ではないと言われましたが」

「では、カナック教授かな……

学問に男女はありません。ご精進下さい」

「はい。ありがとうございます」


あのー。

この二人、何固い固い話をしてるんですか…


なのになんで、話が弾むんですか。

私、ここに、居るんですけど。



「フランカ、送るよ、閣下が、

あれ、兄上」


良かった、ジェイが現れました。


「ジェイ。

閣下はどうなさった?」

デュランが、さっと真顔になりました。

「いえ、案じるまでもありません。酔いつぶれました」

「ま、ご迷惑おかけして」


フランカがジェイとの距離を詰めます。

「いいんだ。閣下は、いい酒だったようだよ」


向き合う二人は、やっぱりお似合いです。

デュラン、そんなに見つめないでおきましょうよ……


「ジェイ、明日、一度参集したいが、良いか」

えっと、私達が聞いて良いのでしょうか。


案の定、ジェイは、顔を強ばらせましたが、直ぐに快活に

「勿論だよ、兄上

さっ、行こうか。

ロゼッタ、君も」


それは、ここでお終い、という合図です。

「お会いできて、光栄でした、エミリオ嬢

ロゼッタ、今度ゆっくり遊びにおいで」


そう言って、デュラン殿下は、丁寧な礼をして、退出しました。


私はジェイから、瞬時のアイコンタクトを受けました。

(大丈夫!

彼はなーんにも気がついてないから!)

そのサインを見たジェイは、ちょっと嬉しそうでした。



つきん、と胸が痛むのは、仕方の無いことだわロゼッタ。


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