28 エミリオ閣下の告白(前編)
ロゼッタがやっとフランカを伴って来た。
「申し訳ないね。乗って」
私はまずフランカの手をとって馬車へ伴った。続いてロゼッタ。
ロゼッタは、ひょいひょいと自分ひとりで乗ったけど。
「ちょっと変な、女のいざこざに巻き込まれちゃって。待ったでしょ」
私はロゼッタの言葉に頷いた。
「無事でよかった」
「……殿下」
二人に向き合って、ひとりで座った私をフランカが呼ぶ。
「何か事件ですか。道中ロゼッタは何も言わないし」
馬車が動きだして、少し揺れる。
やっと、密室だ。
「フランカ」
私は真顔で向かいのフランカの手を取った。
「君は利発で思慮深い。
今から話す事を冷静に聞いて欲しい」
私の様子に、フランカは少し目を見開いてから、こくんと頷いた。
ロゼッタは黙って私達を見守る。
「……いつ、とは未定だが、ある少女が誘拐されかかる事件が起きる。その陰謀の大体は把握した」
フランカは黙っている。
先を、と言う表情だ。
「その誘拐は、学院で起きる。
私や手の者が救出に成功するが、負傷者が出たり学内であったりした事から、事は重大で、学院の自治や安全保障が問題となる。
それに加えて、少女を信奉していた人達が、反感をもつ者達及び階級の仕業だと声を上げる。
王都の階級格差に不満をもつ人々が蜂起する引き金となる事件に進展するんだ」
あー、上手く説明出来ない。
ロゼッタが、ソワソワしている。
また、未来完了形で話してるわ、
バレちゃうわよ!
という顔。
「要は」
私は、コホンと咳払いして
「証拠が残った為の蜂起なんだ。
少女は抵抗し揉み合いになった時、犯人から封筒を奪い取った、いや、取る手筈になっている、らしい」
「封筒……」
良かった、フランカは成り行きに集中している。
やり切れ、ジェイ!
「封筒には、裏書がある。
差出人の署名。
そして、封蝋には差出人の印章が」
「もしかして」
フランカが、口を挟む。
「それは、父の?
父が犯人だと示す、捏造が」
「流石だね。でも、違うんだ」
私はもう一度フランカの手の甲に力を入れた。
「君だ。
フランカ・エミリオの署名が自筆でなされている」
「……私、ですか」
フランカは、黙った。
考えを巡らせているのだろう。
動揺も見せずに、冷静に考えるフランカは、一度目の断罪を思い出させた。
「おかしいですわね……」
既視感のある台詞だなあ。
フランカが続ける。
「私、余程の遠方でない限りは、署名を封筒にはいたしません。
封蝋の印章が私を表しますし、お相手には直接使いがその方の家人の手に渡るように致します。だから、便箋に署名はしても、外には書きません」
知ってる。
一度目に、君から聞いた。
「君の印章は、百合だね」
「ええ。母の里の……母方の大叔父の領地を譲り受け、資産として、その、嫁がせると両親が」
嫁ぐ、という言葉の時に、少しだけ恥じらう様子が、可愛い。
ふっ、と、
図書室の彼女が脳裏を掠めた。
いやいや。
ここは頑張って振り向かせる努力だろう、ジェイ。
「では、公爵家の印を押して、手紙や書状を出した事は?」
フランカは、考えに考えて、
「……私の記憶には、ございませんとしか……」
私は頷いて、納得の合図とした。
「これから父君……エミリオ閣下と共に、話し合いたい。
君を貶める為の陰謀なんか、絶対阻止しなくてはならない」
フランカは、こくり、と頷いた。
それから、硬い表情のまま
「殿下」
と、口を開いた。
「その、誘拐される役回りの少女とは、リル・アボットではありませんか?」
「「……」」
私もロゼッタも、息を呑んだ。
そうです、と、言ってるようなもんだ。
「殿下と親密になって、私に反発していた頃は、単に、婚約者としての私を貶めて、自分こそがジェイ殿下に相応しいと、威嚇していたのだと思っておりました。
殿下が、その、目が覚めて、離れてからは、彼女は自らを押し出す主張が増えました。それでも、殿下に未練があるのは感じました」
馬車が大きくカーブする。
そろそろ王宮の竜門……東宮への門が近づく。
「でも」
フランカは
「先日の階段事件、で、感じました。彼女は、殿下に振られてやっかんだのでもなければ、私を悪者にして殿下の気を向けたいのでもない」
馬の蹄の音が緩やかになる。
「初めから。
アボットは、殿下を利用するつもりだった。
殿下が利用出来なければ、自分で成すつもりになった。
彼女の標的は、初めから、
私だったのではないでしょうか……」
東宮の閣下の執務室には、接見の間と控えの間がある。
私達三人は、控えに通された。
女官が茶器をセットしてくれ、ロゼッタが鷹揚に、後はいいわ、と、人払いした。
「……目的は、お妃とか側室じゃなくて、貴女って、それはでも」
「ええ。
多分、リルの後ろ盾は、父が標的なのだと思います。
学院に入ったリルの役割は、私という人物。エミリオ公爵令嬢。
ジェイの……殿下の婚約者というだけではないと感じるのです」
えっと……。
一度目の人生では、私は相変わらずリルにメロメロだった。
フランカについては……
聞こえてきたのは、リルとオトモダチが、公爵令嬢が虐めただのなんだの、の声だけ。
そして、階段事件、誘拐未遂事件の首謀者として、私はフランカを断罪したんだ。
私は、紆余曲折のおかげで、あの時のリルの目的は、フランカを排除し、王家に嫁ぐことだと思っていた。
今世は、
私と決定的に別れた訳ではないから、階段も誘拐も、フランカの瑕疵にして、私を取り戻す算段……
と思ってたけど、じゃないんだね。
可哀想なジェイ。
あんなに初めての恋に夢中だったのにね。
良かった、やり直せて。
「おお、殿下、ロゼッタ嬢。
私に御用とはね。面白い取り合わせだ」
閣下が入ってきたので、私たちは立ち上がった。
「ご多忙の折、申し訳ありません。どうしても、お時間頂きたく」
「いいですよ。休憩したかったので。じゃあ、執務室の奥に」
奥には、閣下の私室があった。
東宮で相談できているので、閣下はしっかりと人払い……下女ですら……して下さった。
私は、要件を簡潔にかつ丁寧に説明した。
まずはリル・アボットと私が懇意になったこと。それによって、高位貴族と庶民との溝が出来、その代表がフランカとアボットである事。
私が洗脳から解けても、リルのフランカへの対抗意識は消えず、階段でフランカに冤罪をかけようとした事。
そして、ついに、我が身を呈して、大事件を起こさんとしている事。
略取誘拐の首謀者が、フランカ……というのは、今世は違うのかもしれない。フランカの考えが当たっているなら、今世は公爵そのものになっているかも。
その辺は判断がつかないので、とりあえず、公爵家の封書が利用されるという事にした。
「私か……フランカの署名ねえ……入手は貴族なら、容易だろうな」
「閣下は、裏書なさいますか」
「必ずするよ」
『閣下の場合』はお手上げだな。
フランカの場合は……
「フランカ。君が封書を出した家は、分かる?」
「友人と親戚、それから院長先生と、王妃殿下……でも、みんな百合の紋章ですわ」
「公爵家のものは」
「ございません」
『フランカの場合』は、
裏書のない封書、封印入り
を、手に入れる必要がある。
……これって、限られるんじゃ。
「私が署名する公爵家の封書など絶対に存在しません」
「私が署名を忘れて出すこともありえない」
エミリオ閣下が三手先を読んだようだ。
「フランカ」「はい」
「学院へはしばらく通うな。
どうしても受講したいなら、アボットとやらを避けなさい。
事を起こすより、お前そのものに矛先が向くやもしれぬ。
人前で対立したり言いがかりを付けられる場面を作るな。
逆恨みを買うな……
ロゼッタ嬢、貴女もだ」
「心します」
「あ」
ロゼッタが、何か思い出したようだ。
「ロゼッタ?」
「ごめんなさい。私、やらかしちゃったかも」
「え、どういう?」
ロゼッタは上目遣いに私を見る。
叱られモードだな。
「作法室で、アボットをやり込めちゃった……」
はあ?
フランカは父君と帰るまで、ロゼッタと東宮に滞在させる事にして、退出させた。
「殿下、一杯いかがですか」
エミリオ公爵は、重厚な書棚の奥から、琥珀色の瓶を取り出す。
「先日、父と呑んで、翌日後悔しました。遠慮しておきますよ」
「そう。あいつはうわばみだから……では、失礼してワンショットだけ」
そう言って、小さなグラスに注いで舐める。閣下は父とは飲み方が確かに違うな。
ふー、と深々と椅子に座って公爵は一息つき、
「私は、殿下、今とても嬉しいのですよ……殿下がフランカを案じ、私を頼って下さった……やっと、あれも、殿下に向き合えると」
私は恐縮した。
すみませんポンコツの馬鹿でした。
「殿下、正直あれの事をどう思われますか」
公爵はくつろいだ姿勢だが、目が鋭い。怖い。
「……春がくるまで、私はフランカを幼なじみの何でも出来るお后候補、としか思っていませんでした。でも」
よし、ここ、ここ大事。
「今の私は、フランカに会う度、小さな驚きを貰っています。ちょっとした仕草に、可愛らしさを感じて……守るべき人だと」
「殿下」
公爵は私の言葉を遮った。
「あれの……心は、殿下でない人に、向いているのではないかと、私は時折、不安になるのです」
続きます!




