1 処刑の後で
(……って訳でお前を生き返らせるんだが……正直こんなカスをなぁー。契約、だけどなあー)
「カスって、私か?
私は王子だぞ
ここは何処だ?お前は何だ?
戻せ!私を王宮に戻すんだ!」
囚人服のジェイは、両手首にはめられた鉄枷をブンブン振って喚いた。
ジェイのいるのは目を閉じても白い、真っ白い空間。
自分の影すらないのに、柔らかな光が包む無限の場所。
(短気で直情
プライドだけは母譲り
女に弱いのは父譲り
おツムが短絡なのは……誰似?
顔は両親のいいとこ取りだが、他は全部絞りカスだな)
「なっ!罵詈雑言を言われる筋合いはない!」
男の声は、上からか下からか、それとも耳元なのか、
いずれにしても脳髄に響く。
この空間の光源と同様に、鼓膜を破っても多分聞こえてくるだろう。
(そんな奴だから、鉄壁の婚約者を満座の中で貶めて、それまでの言動もあって父親の怒りを買って、処刑されたんだろうが)
……。
(ヨリにもよって、平民上がりの男爵の娘に入れあげて、正妃にするって言ったんだろ?)
「リルは素晴らしい女性だ!
慎ましく聡明で、慈愛に満ち、美しく」
(それ、婚約者の公爵令嬢にも当てはまるんじゃ?)
声のツッコミにジェイが口ごもる。
(その素晴らしいリルが民衆党と繋がっていて、暴露した第一王子派に王家反逆の旗印と糾弾されて、投獄、公開処刑、とな?)
くっくと嗤う声に、王子は憤怒て赤面するしかなかった。
思い出す。
蟄居を命じられた部屋にどかどかと入る近衛。兄。大臣。そして父。
後ろ手に縛られ、地下牢に入れられ、そして。
(ジェイ。民衆党の黒幕の一人だった伯爵が吐いた。確かにお前を擁して反乱を画策していた、と)
(息子よ……お前には期待していたのに何故)
(そなたは嫡男。夫が退位すれば王太子。ゆくゆく王となる身でありながら……)
兄や宰相の冷たい眼と父や祖母の嘆きの中で、ジェイは呆然と黙するしかなかった。すでに感情も麻痺していた。
『殺せ!逆賊の頭!』
『怖いねえ。孫が王様を倒して民衆党と国を転覆させるつもりだったって』
『お貴族は嫌いだが、王様は別だよ。あの方だからこの国は良くなってるってのにねえ』
処刑場に引かれていく自分への誹謗や批難よりも、こたえたのが、最後に見えた母の言葉。
(死んで)
清々しい程に、母に捨てられた。
その時、初めて自分がどんな立ち位置にあったかを理解した気がする。
激しい動揺と失意が沸き起こり、私は心の中で慟哭した。
死にたくない
私はただ認められたかったのだ
父よりも兄よりも誰よりも優れた存在であると
リルは泣いているのだろうか
私の亡骸にすがる人はいるのだろうか
私が死んで私を忘れない人はいるのだろうか……
そして
そのうち笑いが込み上げて、
如何にも稀代の悪人らしく、
民衆や貴族の冷たい声と眼に晒されて、王子は縄で吊られた。
ゴツゴツした縄目が喉にかかった瞬間、
この空間に浮いていたのだ。
(リルとやらも、その背後の輩達も処刑されたよ)
「リルが?……っ」
(凛とした姿でねぇ、最後の言葉は、民衆に幸あれ!だったかな。お前、あの女に誑かされたんだね)
「……リルは騙されていたんだろう?……可哀想に、あんな女の子まで処刑だなんて」
どーこまで絞りカスなんだか……というイヤミ混じりのため息に、私は言葉を重ねた。
「お前、先程の話なら私を生き返らせる事が出来るんだな?」
(おう。そこはちゃんと聞いてたんだな。そうだよ)
ふっ、と目の前が揺らいだかと思うと、人の形をしたシルエットが出来た。もやとこの真っ白の光に包まれて形しか分からないが、長い髪とローブのような衣装である事は認識できた。
(私を還してくれ。今回の事件は、私の無知と浅い判断から起きた事。リルを救いたい。反逆に加担するような罠には落ちたくない。
……やり直したい)
私の言葉に白い影の男は厳かに述べた。
(お前は4度、生き返ることができる)
声に品格が備わった事を感じて王子はゆっくり頷いた。
(どの時点に生き返るかは、我にも分からん。時間の神が決めることだ。お前は前の生とここでの記憶を持ったまま転生する。周りは全く経験のない時間の記憶をな)
「……つまり、私は事の顛末を知っているが、周囲は戻った時間のままと言うことか」
(そうだ)
声の主は、くつくつとまた嗤って続けた。
(我が妻に感謝しろ
お前はやり直せる……せいぜい後3度、ここに来なくて良い人生を送ることだな)
(……そうするとも。
リルを自分を救う)
こうして私、ジェイ・マール・エラント王子のやり直し人生が始まったのだ。