27 作法室の出来事 ロゼッタ論破
ロゼッタ大活躍!
流石に女子学生だけが受講する所にジェイと連れ立つ訳には行かないので、ジェイには馬車で待って貰う事にしました。
……衝撃の告白でした。
でも、何故か私にはジェイが偽りを言っているとは思いもしませんでした。
それよりも
前世?で、彼が私を護ろうとしたというのが、嬉しくて。
心が満たされる想いでした。
私にとって、ジェイは本当にちょっとこの間まで、手が付けられない馬鹿だったのです。
アボットに唆されて、一人の人間として〜なんて、乗せられて。
挙句、フランカを蔑ろにして。
私が諌めると、流石に義従姉妹の幼なじみを邪険に扱えないのか、噛んで含めるように、平等主義や人間尊重の素晴らしさを唱えるのです。
アボットの広告塔かお前は、と呆れていました。
そのうち王家が黙ってはいないのでは、と案じていたら
今のジェイですもの。
急に人が変わったと思ったら、本当に中身が変わっていたなんて。
だけど、全てが腑に落ちます。
であれば。
王家に、私に、そしてフランカに、魔の手が伸びている事に、ゾッとします。
フランカに伝えなければ。
貴女は策に貶められると。
ジェイと共に、相手の陰謀を無かったことにするためには、フランカには彼女の役割があるはずです。
作法教室に近づくにつれ、ざわざわとした声が大きくなりました。
何なの?
そう言えば、終鈴が鳴ったのに、誰一人廊下に出ておりません。
「……だから、何度も言っているでしょう!」
あの甲高い声は、ゼルス伯爵令嬢ですね。
私はようやく戸口に着きました。
中は……
窓側にリルやそのお友達。
戸口側に、先程の伯爵令嬢や侯爵令嬢たち。
双方向かい合って剣呑な空気です。
「先生に謝って!」
「私達は、間違った事をしていません」
「先生のお気持ちを考えたら?
声を張る人だけが正しい訳ではありませんわ。私達まで、先生を蔑ろにしたと思われるのは心外です!」
「だったら、私達に文句言わないで、ここをお出になったら?
公爵令嬢は、そうしたじゃない」
「エミリオ様は私達の代表として、先生に寄り添われたの!今私達が出来るのは、無礼な貴女達を説得する事だと思って、こうしているの!」
……成程。少し状況が掴めました。
どうやら、若い作法の先生に、注文を付けたようですね。
以前から、アボットの周りには、そのような空気がありました。作法なんて、貴族の生まれなら、幼い頃から叩き込まれています。
平民や下級貴族の娘にとっては、不得手なことも、ままあります。通常の作法ならそうでも無いのでしょうが、高等部ともなると、様々なしきたりを覚えなくてはならないのです。
それに対して、理詰めで不平を漏らして、先生を困らせる場面が時折ありました。
ゼルス様は、その振る舞いに憤然としていましたが、黙して無視していました。貴族の娘達は、アボット達に口では敵いませんでしょうし、何を言っても平行線でしょう。
私も、無駄と分かっていることをして、自分がはしたなくなるのを避けていたのです。
私は戸口に近い友人に、コソッと訊ねました。
(先生泣かしたの?)
(あら、ロゼッタ。今日は欠席じゃなかった?)
(そうだけど、ちょっとね……で)
(そうよ。あちらが、先生に勝手に主張して、先生は返答出来ずにいたたまれなくて、中座。エミリオ様が直ぐに付き添って退出。
我慢がきかなくなってゼルス様が、糾弾し始めましたの)
やっぱり。
じゃあ、フランカはここに居ないのね。
作法の教官室かしらね。
私はそっと、再び戸口に向かいました。大事の小事。巻き込まれる訳には「貴女もそう思うでしょ?バルトーク様」
(へっ)
背中に視線を感じます。振り向くと、双方が私を見ていました。
「貴女、今日はお見えにならなかったようですけど……
淑女として身につけるべき仕草や作法をこの方達は、要らないと。相手への真心を持てばいいと。形ではないと
……暴論ですわよね、バルトーク様」
ゼルス様……何故サボった私を巻き込むのですか……今の私はそれどころじゃないんですが……
「あら、ロゼッタ様は、私達の主張はご理解していると思うわ」
名前呼び……アボットさん……
「え、っと、お互い、お考えが違うのは、以前から分かっておりましたが、今日は一体」
「何故女性は、卑屈なしきたりを守らねばならないのか、先生にご意見を求めただけですわ。
殿方を立て、その身を下げ、へつらうようにふるまえ。
殿方に依存し、まるで部下のように扱われ、それを良しとしろ。
授業で教わる作法は、皆、そんな思想が基盤となって、形から私達女性は男にひれ伏す事を求められているのは、何故なのかどう思われているのか、問うただけです」
うわあ。
それはあの先生なら、泣きます。
「貴女はどうお考えですか?」
どうして、私に聞くのでしょう。
(そう言えば)
ジェイが、私が庶民の子であるという秘密をリルが掴んでいると言ってましたね。
違ってますが。
でも、リル達にとっては、私は庶民であるのに公爵令嬢と欺いている女、の認識なんですね。
ここらで、私を取り込みたいんでしょうか。
私の意見に、リルに理解を示す部分が少しでもあれば、流石と持ち上げるのでしょう。
要は、私がゼルス様達とは違う、という事実が欲しいのでしょう。
ちょっと、カチンと来ました。
「……お尋ねしますわ」
私はやんわりと始めました。
「チャールストン様」
リルの後ろの子に声をかけました。
「お好きな食べ物は何ですか?」
「は?え、ええっ、と。
焼菓子ですわね……」
「ありがとうございます。
では、皆さん。
とある国では、忌まわしい食べ物だからと焼菓子を避ける習慣があるといたしましょう。
食べれるのはおろか、手に入れても極刑となるのです。
その国の方が、貴女の家を訪問しました……
もてなしに貴女は、大好きな焼菓子をお出ししますか?……ゼルス様?」
私に振り向かれてもゼルス嬢は、揺るぎもしません。
「出しませんわ」
「何故?とても美味しいのですよ?」
「その方の国では、禁忌なのでしょう?」
「アボット様は?」
「出しません……それが?」
私はそれには応えずに、続けます。
「では、皆さん。
貴女は、その方の国を訪問したとしましょう。
その方は良かれと思って、必死に手に入れ、貴女の国の焼菓子を出して下さいました……どうなさいますか?」
「食べませんね。その国の禁忌を破るつもりはありません」
ゼルス様が率先して言いました。
「……食べてもよいかもしれません。禁忌を破ってまで、準備なさったその方のお心に叶うなら」
リルは、少し考えて言いました。
「何が仰りたいの?」
「バルトーク様は、どちらに御味方なさるの?」
ヒソヒソと両側から囁きがあがります。
「さて皆さん」
私は構わず続けました。
「どちらの場面も、招いた時に相手のマナーに合わせています。
ですが、自国のもてなしには、ゼルス様アボット様、お二人とも同じご意見だったのに、その国の場合では、異なりましたね……それが、貴女方が相容れない要因なのです」
皆は黙って続きを待っています。
「ゼルス様は召し上がらない。
アボット様は召し上がってもよい。
ゼルス様の場合、相手は自国の風習を尊重なさったと思われるでしょう。けれど、禁忌を破ってまで決死で用意したそのお気持ちや覚悟は宙に浮くかもしれません」
戸口側は、空気が動きましたが、依然として誰も話しません。
「一方、アボット様の場合、お相手は心から喜ばれるかもしれません。けれど、禁忌を破った事に内心動揺し、後悔なさるかも知れません。事が漏れるかとビクビク暮らすやもしれません」
窓側の集団も、続きを待ってくれました。
「作法は何のためにあるのか。自分が美しく見えるためではありません。
周囲の他人が気持ちよくある事を一義とします。
ですから、他者の背景にある習慣や文化を尊重することが、作法を学ぶ目的なのです。
アボット様」
私は少し冷たい声で、リルに向かいました。
「淑女のマナーは男に媚びるものではありません。確かにエラントは男を立てた歴史があります。
そこから生まれた作法を全面否定するのは、エラントの歴史と習慣を否定する事だと私は思います。
ここで生まれ育ち、それが常識と思われる方々のお気持ちを尊重せずに、正しい事を訴えるのは、果たして場に応じた振る舞いでしょうか。
私には、焼菓子が禁忌な方に美味しいから食べなさいと強制する振る舞いに感じます」
ざわっと、窓側の女子たちから声が上がった。反対側からは、ほうっと安堵の息が聞こえる。
「ロゼッタ様は、私が悪いと仰るのね」
「悪いなんて。
ただ、焼菓子を出す場を間違えていらっしゃると申したのです。作法という、形式で相手を立てる文化を教える先生に、作法は間違っていると訴えるのは、違いませんか?
貴女は、お心を尊重すると仰った。
であれば、満座の中で、作法が正しい文化だと信じている方を否定するのは、それこそ先生のお心を踏みにじる行為です。
暴力です」
リルは唇を噛み締めました。
周りの子達は、
(お貴族の高慢な考えだわ!)
と庇います。
「力は正しく使えば正義です。
私はアボット様の主張が間違っているとか正しいとか、なんて論点にしておりません。
相手を尊重なさる方が、そうでない振る舞いをなさった事に非を唱えているだけです」
それから、ゼルス様達に向かって、
「先生のお立場を尊重したいと思われたなら、その場でアボット様に異を唱えるのが大切だったのではないですか?
巻き込まれまいと静観したり、異論があってもその場で仰らなければ、先生は貴女方も、アボット様と同じお考えだと思われたかもしれません」
ゼルス様達は、一瞬唖然となさって、その後顔を赤らめていました。
お茶会やサロンで仲良くしている方々に、こんな事を言ったら、これから辛いかもしれないけれど、私の口は止まりません。
「作法を大切にされる趣旨は、私も同じです。まあ、サボった私が言えることではないかも知れませんが。
形が心を作る場合があります。
心が形を求める場合もあります。
だから、私はどちらにも与しません。唯一、先生を退出させたエミリオ様に同調します」
そうよ、私はフランカに会いたいの!
「待って」
教室の奥からの声が、どなたかが私の足を止めました。
「じゃ、貴女は、バルトーク様は、焼菓子を前にして、どうなさるの?」
か細い声に、私は応えました。
「お心に感謝して、ハンケチを取り出して、包んで持ち帰ります」
そして私は振り向かずに、先を急ぎました。
ジェイが待ってるっていうのに!
連休前に、不定期更新になりますとお伝えしましたが、心を入れ替えて、毎日更新頑張ります!
よろしかったら★お願いします




