26 告白
「ねえっ、まるで貴方、見てきたように詳細を……まさか」
どき。
私は茶を飲み込んで口をつぐむ。
「予知能力が?」
「……」
……はは。ロゼッタ。君はやっぱり君だ。
「そうなのね?王太子妃殿下のお国は、不思議な事があるって伺ったわ……貴方そういう能力を持ってるのね?」
いやいや。
そんなに便利な能力があったら、3度も生き返って、4度目をやり直してないさ。
ほんとに。
「私たちは大地におわします守護精霊が国の安寧をもたらし、豊穣をお授け下さっている、だから神殿でその感謝とお心を鎮めて頂くよう祈るわ。信仰で絆や倫理を作っている。崇拝はするけれど、本当に実在するなんて、誰も思ってはいない。
精霊様は、心にいらっしゃる。
でも、妃殿下の国は、今の女王様が本当に精霊と契約して、国の安寧を護っていらっしゃると聞いたわ……。
稀に王家の女性の中から、精霊と婚姻する聖女が出現なさるんですってね」
「王家の特権を守るためのおとぎ話だよ。信仰に我が国もあちらも、変わりはない」
「ええ。でも、女王様の奇跡は、多くの人々が目の当たりにしていると聞いたわ。だから、貴方にも、そんな力が備わったんじゃないの?」
大丈夫、誰にも言わないわ、
その力を今こそ使うのよ!
未来を予知すれば、全ての危機は逃れられる!貴方は、精霊様と同等の力を持ってるのだわ!
盛り上がっているところ、申し訳ないが。
「そんないいものじゃないんだ」
「否定しないで。
でなきゃ、どうして、あんなに詳しく未来の成り行きが言えたの?」
ロゼッタは、ワクワクを隠さずに私を見つめる。
本当に、君だけだよ。
私にこんなに、ズケズケと踏み込んでくるのは。
「……予知じゃない」
「……じゃなくて?」
「……」
「じゃあ、リルの誘拐未遂は嘘?
フランカが疑われるのも、嘘?」
「それは、本当に」
「本当に?」
参った。
私は白旗を上げた。
「……本当にあったんだ。私はその顛末を経験したんだ」
「……いつ?どこで?」
「……私に予知能力なんて、ない。実は」
「実は?」
……生き返ってきたんだ……
しばしの沈黙。外の木々のざわめきが聞こえる。
ロゼッタは、あんぐりと口をOにして硬直。君、花嫁には成れないよ。
「……う」
「嘘はつかない。君には」
だって、君を守ると前世で誓ったんだから。
「……し」
「そう。死んだんだ。そして生き返った」
「……か」
「うん。過去に帰ってきたんだ。私は、卒業まで過ごしていたよ」
ロゼッタが、ばん!と机を叩く。
真っ赤だ。
「もうっ!どうして、私の言いたいことが分かるの!」
そこ、論点なのかい?
「確かに、母の国の精霊に会ったよ。伯母上との契約で、私は4度生き返る事が許された。でも、死の続きの人生じゃなく、過去に戻されている。その時期は選べない。
という訳で」
私は略取誘拐事件を知っているという訳さ。
「だから、過去に経験した出来事は知っているけど、自分が死んだ後の事は、何も分からない。予知能力じゃなくて、ごめんね」
「……。」
ロゼッタは、手のひらをようやく机から離し、その手を組んだ。
私の告白を咀嚼しようと、頑張っているようだ。
待ってあげた。
騒ぎ立てないところがロゼッタだ。
だから、この子だから、信用して打ち明けたんだ。
「……いつ、死んだの?ジェイ」
呑み込んだね。
そう来るよね。
「いつ、と言えばいいのかな……
一度目が一番長生きでで、卒業して、百日程経った頃かな」
「どうして?そんなに若く」
「……んー。
ロゼッタ。私の話を信じてくれる?
そして、誰にも漏らさないと、誓ってくれる?」
ロゼッタは
「信じる。だって、貴方、ちょっと前と別人ですもの。
俺様馬鹿の傲慢王子が、元凶の恋人と離れ勉強に精を出し常識的で前向きでお節介で協調性があって」
ストップ、分かった。
私がロゼッタに、どれだけクズに映っていたか、分かった。
「信じてくれるなら、話すよ。
初めの人生は、処刑台で終わった」
「え、っ……」
彼女は、さっ、と強ばる。
「ロゼッタ。
なぜ私が、民衆党の台頭を恐れているか、どうしてリルを畏れているか、私の話を聞けば分かるよ」
そうして、私は打ち明けた。
一度目の人生。私と民衆党の末路。
二度目の短い人生。リル愛しさに奸計によって毒殺された事。
国に内乱が起きて、国力が衰退し、他国の干渉により属国に落ちるか
王制が終わり新体制の混乱が始まるか
どちらにしても混沌とした未来となったこと。
三度目は……
私は言い淀んで、手で口を覆いながら頬杖をついた。
「どうしたの?三度目は?」
「……ロゼッタ。君、お祖母様の告白に怒っていたね」
「あ……ええ。
許せないわ。お母様のお心を考えたら、もう」
「でも、それで、君が真っ当な後継者だと証明されただろう?君はその事実を人にひけらかす事はないけれど、公爵家の人間として、自分自身を認めただろう?」
「それは……そうね
残酷な証明だったけれど」
私は意を決して続けた。
「お祖母様に進言したのは、私だ」
「え、っ」
「三度目の人生。
リルの照準は、私ではなく、君に向かった。実は庶民の子が公爵令嬢として育てられている……その秘密と引き換えに、君は王家の間諜として使われる運命だった」
「……私が」
「君は自分より周りの幸福を望む子だ。自分のせいで王家の信頼が揺れると吹き込まれた……そして」
ふう、と息をつく。
ロゼッタが縋るような目をする。
「君はエミリオ公爵を刺した。私は君を逃がそうとしたんだ。そのどさくさに、私は宮廷に入り込んでいた民衆党の者に切り殺された……君も、そいつらの手にかかって、死んだ」
言ってよかったのか……?
ロゼッタは、悲しげに、本当に悲しげに、私を見つめたままだった。
泣いてはいなかった。
あの時のロゼッタを思い出させる。
私はどうして逃げたんだろう。
いまだにその愚かな策を選んだ自分が分からない。
でも、この子のこんな瞳をみると、そんな自分を肯定してしまう。もう一度同じ場面になったら、また、手を取って、この子を隠したい衝動に突き動かされる気がする。
「……そう。私はそんな愚かな人間になったのね……自分がただの孤児だと見抜かれるのを恐れて」
「リルの洗脳が強かった。君は正常な精神じゃなかった」
ふう!と、ロゼッタは大きな息をして、こくん、と首を曲げた。
「ありがとう、ジェイ。
私を庇ってくれて。
それから、お祖母様を動かして、私に公爵の自覚を持たせて不安を取り払ってくれて」
そう言って、ロゼッタは、にこ、と笑った。
「私は大丈夫。今の私は、公爵令嬢として生きていく覚悟は、ちゃんとしてるから。今更実の母の件で揺らぎはしないわ。だから、リル・アボットに誑かされることもない
……ありがとうジェイ」
(いとおしい、って、こういう気持ちだよね)
やっぱりロゼッタだ。
素直で自然で世話焼きで、平気で私の言葉を信頼してくれて……
なんというか、色恋を超えたこの子との絆を感じるんだ。
こんな、ありがとうを貰ったら、今世も頑張らなきゃって思うよね。
「今世、四度目は、誰も死なせはしない。勿論君も守る。私のやり直しは、今回で最後にするために」
ロゼッタは、お茶入れるわ!
と、立ち上がった。
遠くから、午後終了のチャイムが聞こえる。
そうだ、フランカに会わなきゃ。




