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23 レイモンド-ザッカード

……私が出来ることって、何だ?




私は内乱を阻止し、変わらない平安を一番に考えている。出来るなら私は父や母、周りが求める私になり、味方を増やし、力をつけて民衆党と相対するつもりだった。

父の指示で兄と伯父と閣下は役割を持った。……私は?


「王太子殿下から伝言よ」

朝食の席に、珍しく母がやってきた。気だるそうに、スープは熱くして、と命じて座る。


一晩思いを巡らせた私は、完全な寝不足で、思いっきり濃い茶を飲んでいたので、そういう顔で母に向き合ったらしい。

「眉をひん曲げて、嫌そうにするものじゃないわ。デレクは貴方に済まなくて合わす顔がないんですって」

父親なのに本当我儘……と、母はブツブツ口を尖らせた。


『お前はまだ学生の未成年だ。その身分で出来ることをなさい』


母は不機嫌に、父の声音を真似て言った。

「こういう所が、あの人の情けない所よ。こんな台詞の後に、

『お前には期待している』と言って、

ですって」


(……えっ)


「照れるのもいい加減にして欲しいわ、幾つになったと思っているのよ……」


そう言って、髪をかきあげる母も、不機嫌を装った顔の口角が上がり気味だ。

あー、昨夜の父は、私を試したのか。私が何に悩むか分かっているのか。父は……


「……あら、今度はにやけて……貴方、王族ともあろう者が、感情を表に出すものじゃなくてよ」

「はいはい。母上」

その言葉、昨夜も父上から頂きました。そっくりそのまま、母上にお返しします。


私は心でそう言って、学院に参ります、と、席を立った。


私に出来ること……


単細胞だな。寝不足なのに心が軽い。


取り敢えず学業。

それから、人脈作り。

それから、帝王学の習得(昨日の会話はかなり凹んだ)

それから……


「御機嫌よう!」

よく通る甲高い声に振り向く。


あー、ちょっと心が重くなる。

はあ。

そうだよな。私に先に声をかけるような女の子なんて……


「御機嫌よう、アボット嬢」

「リルよ。ジェイ、いい朝ね」

「……家名で呼んで貰えるかな」

「私達の間柄なら、家名は可笑しいわ、ジェイ」


頭痛がしてきた。

(私にできると言うより、やるべき事だな)


「君とは距離を置いた」

「私は返事をした覚えはないわ、ジェイ」

「……私の我慢のうちに、その言葉撤回してもらえるかな……」

うるっと見つめる瞳に今更のときめきを覚える自分をバカにしながら、

私はひっそりと口の動きが分かるように、ささやいた。


(君が大事だから離れたんだよ?王家が本気になったら、君が危うい……私に任せて貰えるかな)


理解したリルは、ぱあっと光を発するように輝いたが、すぐに

「……分かりましたわ…失礼します」

と、しおらしい演技で去った。


やれやれ。女優だね。二度目の愁嘆場って訳かい。こころなしか周りの男子の空気が冷たい。

いや、それ、違うだろう。むしろライバルが減ったと喜ぶ所だろう。


リルの取り巻きの男子達って、色恋だけじゃなく、崇拝しているんだな。〈みんなのリル〉って、リルの想いが最優先って、どれだけ洗脳されてるんだ(なんて軽蔑出来ないぞお花畑ジェイ)


学院で、リルと共に活動している奴を把握しなきゃな。行く行くそいつらが、叛乱の徒になるんだ。芽を摘まなきゃな。

私は今学期までしか、この学院で()()出来ないんだ。


「殿下っ!ご一緒します」

レイモンドだ。

「やあ、ありがとう。騎士科はどうだい?」

赤毛の大男は、太い腕をむん、と誇示して、

「順調ですよ。軍の入隊までに、めぼしい奴を勧誘するのが今のところの課題ですね」

あれ?


「レイモンド、君、近衛騎士団が希望じゃなかったの?」

そのはずだ。こいつは私と中等部からの仲で、私のボディーガードを率先して勤め(随行がいるのにね)、私の側近の一人となる、つもりだったよ、ね?


レイモンドは、にかっと笑い、

「飾り立てた近衛では、真の騎士とは言えませんよ。せっかく学んだ兵法を生かし、兵術を実践してこそです!」

「……」

「国のために役に立つ人物になりますよ…希望は陸ですが、地形から海もアリですね」

「そうか。未来の将軍だな」

「はっはっ!総帥も狙ってます」


えっ、と……。

レイモンドの家は、曽祖父の代から、近衛大将を拝命される武家の名門で、爵位はその功績で貰っている。元々の貴族でないが堂々と渡り合っている。だからこそ、私の学友を任されていたわけだし。高等部からは、騎士科に属したので、始終一緒ではなくなった。

けど。

前の記憶と違う。

やり直しで、未来が変わっている?


「殿下」「……あ、何?」

「アボット嬢と、何かあったのですか?」

二人で並んで前庭を進んでいた時に、ひそっと話しかけてきた。

「殿下が彼女を袖にした、と、もっぱらの噂で。それに勢いづいた公爵令嬢が、彼女に今までの復讐を」

「ちょっと待て」

私は、立ち止まってレイモンドを制した。

「事実と異なる。フランカは何も」

「階段でリルに怪我をさせたと」

「は?あれは事故だ。私が立ち会った」

「あの公爵家ですからね。殿下を騙すくらいやるでしょうが」

レイモンドは真顔だ。


「その時の真実は、こうです。

殿下に報告した警護の影は、実は既にエミリオ公爵家に取り込まれていて、偽りを告げたと。リルは殿下の裁定だから、殿下の顔を立てたと。リルは優しいですからね。

リルが嘘をつく筈がないじゃないですか」


おいおい。

……そうだった。こいつは私と一緒にリルの魅力のトリコになったんだった。

それにしても、今更そんな風に主張してるのか。言ったもん勝ちだな。


「レイモンド」

私は立ち止まったまま、少し険しい顔を作った。

「君はザッカードの嫡男だ。その重みを理解しているか?」

レイモンドは、きょと、とした表情をしたが、すぐに引き締めて

「当然です。

曽祖父、祖父、そして父を尊敬しています」

「では、ザッカード家を継承する意味は分かっているか?」

「優れた武将となることです」


レイモンドは胸を張って

「武功で名を上げた曽祖父を見習い、国の英雄となる。それがザッカードの男です!

この国にとっての正義を護る、それがこれからの騎士の在り方です!」


……あー。

私はこんな風に、洗脳されてたんだな……


違うよ、レイモンド。

君の家は、既に武家から貴族となって百年は経つんだ。職として武術を活かしているけれど、嫡男の君が家の為に成すことは、まず家を護る事だ。君の家は、男子は君だけじゃないか。そんな身で、家の立場を考えない自由は許されない。

想いのままに生きたいなら、家名を棄てなくては。君の生き方が家に影響しないようにね。


私はそんな言葉をレイモンドに告げようとしたけれど、途中から彼が明らかに不服な顔をしだしたので止めた。


「父君と、よく、話すことだね……じゃ」

私は赤毛の逞しい男を残して教室へ向かった。

ふむ。

父と私の会話を反芻したみたいに感じるな、恥ずかしい。

傍から見たら、私もレイモンドも同じだ。それにしても……


リルは何を企んでいる?

階段事件は明らかに自作自演だと私が見抜いたのを伝えてあるのに。それでもフランカを貶めたいのは何故だ?

矢張り、リルは妃を狙っているのかな。それとも、エミリオ公爵家だからか?


そんな事に気を取られているうちに、授業が終わって、周りは昼食に向かったようだ。随行が、声を掛けたがっていたらしいが、私が微動だにしないので、ずっと待っていたようだ。


これは、幾何のノートをフランカに借りなきゃならないな……-さて、ランチはまた生徒会室に行くか、と席を立った時、


「………のよ」

「いや……それで」


というボソボソ声が聴こえた。

誰かが近づいてくる。いや、あの声は……


随行の表情が固くなるのを制して、私は教室のカーテンに隠れた。随行も仕方なく別の窓へ飛びついた。

幸いすっぽりと足元まで隠れた私は息をこらす。


「それじゃダメ。本気で襲って貰わないと」

「君に何かあったらどうする。形だけでいいじゃないか」

「少しくらい怪我をしても、構わないわ。階段だって有耶無耶になったのよ?今度ははっきりとあちらの瑕疵を出さなきゃ!」


やっぱりリルだ。相手は……誰だ?カーテンから出る訳にも行かないし。


「いい?大義の前では、多少の罪は致し方ないわ。でも傷つくのは私だけでいいの。貴方やみんなの名前にもお身体にも、傷は付けさせない。だから、私なの。私が拉致されれば、ジェイは黙ってはいられないわ」


何だって?


「女の嫉妬ほど怖いものはないの。公爵の娘が、私を亡きものにしようとした、なんて荒唐無稽が、嫉妬の一言で世間は納得するの」


……略取誘拐事件!


「実行は」「下宿屋の下の店で詰めると、伝えて」

「王子には」「……そうね」

いつだ?どうやって?


「レイモンドを使うわ。

あの人、私に夢中よ。髪の先まで筋肉の単細胞がね」


ふふふ……と笑う声に、私の心が芯まで冷えた。





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