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20 バルトーク公爵

基本は恋愛ですよ。

なんか私の癖で、そうでないように感じられるでしょうが、

ほんとーに、恋愛路線ですよ。

あっ、信じてないですねっ(涙目)

ロゼッタは1週間学院を欠席した。フランカが3日目に見舞いの連絡をしたが、(病ではなく、父の干渉)という、よく分からないお返事が来たわ、と苦笑してた。


「公爵様は、奥様を(めと)るおつもりはないのかしら。ロゼッタにいいご縁でも現れたら、宮廷の一部が止まるわね」

そんなふうに、朗らかに私に話しかけるフランカ。やり直し前はお花畑のせいで、今は私の多忙で、なかなか逢瀬の時間が取れないが、逢えばこうやって話をするようになった。

どちらかと言えば、私が聞き役かな。


フランカとは、ずっとロゼッタと三人、幼なじみとして育ってきた。けれど、私との婚約が決まってからは、彼女から距離をおいた。

本来なら、より仲を深め互いをよく知り合うべきかなと、今なら思うが、

(未婚の男女は弁えが大事でしょ?私は貴方に仕える身となるのだから。馴れ馴れしさと親愛とは違うと思いますの)

そんな賢い彼女の理屈で、結婚までは清くいたしましょう、と。

そうしましょう、と、前の私が言ったわけじゃない。何で?と思った私だったが、品格と努力を求めるフランカが煙たくて、次第に避けていたんだな。

(そしてリルに捕らわれたってか)


「ジェイ?」

「あ、うん。……流石に1週間だから、私も連絡してみるよ。伯父上公爵とも話がしたいし」

「この頃、王宮の色々な方にお話を伺ってるって、父が言っておりましたが……ジェイ、何かあったの?」

ひょい、と覗き込んでくる……わあっ、アメジストの瞳が見開いて……今日のフランカも綺麗だなあ。


「何でもない……ほら、私は今まで御前会議も東宮会議も聴講をサボってたし、もう卒業という段になって、若干焦っているんだ。無知だからね。大臣、官吏や武官、お会いする方々にいろいろ教えて頂いてるんだ」

それは正直な私の気持ちだった。

剣の達人レイモンド以外、私は懐刀と呼べる参謀を作ってこなかった。

なんとでもなる、と思ってたんだ。

位が人を作ると、信じきってた。成人して、父が即位して、私が立太子式を済ませれば、自ずと人が着くものだと。


いや、その前に、リルとその一派を重用しようと考えてたんだっけ。


フランカは得心したようで、

「お言葉使いからも貴方のお心が感じられるわ。御相手の身分に関わらず、丁寧なおっしゃり方ね。とても」

ご立派だわ、と微笑んだ。


「一番絆の結び直しは、兄とだな」

調子に乗って私は続けた。

「デュラン殿下……」

「うん。彼はもう政治に参画しているからね。卒業から成人までの、言わばお試し期間をどうすれば良いか助言頂きたい」

フランカは微笑んだまま聞いていた、


「君も妃教育で東宮に上がってるだろう?その時に兄と三人で、どうだい?」

「あ、えっ」

私は三人で茶の時間を、と、思いついたんだ。

「君は、幼い頃と違って、兄と少し距離があるだろ?私たちが兄と親しむことで、王妃側妃の仕切りを超えたい」

フランカは、そんな私の言葉を真顔で受けて、

「……本当に、お人が違ったよう……どうぞお心のままに。……私なぞ、返ってお邪魔よ」

「兄も君と逢いたいんじゃないかな」


あれ?

フランカの頬が固い。


「それは……デュラン殿下がお優しいから……本当に、ジェイ、機会があったら、で、いいわ」

フランカは少し頭を振って、にこっと微笑んだ。


……綺麗だなあ。


私はそんなぼんやりさんだったんだ。



「もうっ!お義父様は、学院を辞めろとまで仰ったの!」

バルトーク家を訪問すると、ピンピンしたロゼッタが、パフパフとクッションを抱いて揉んでいた。子供か。


「お祖母様とは」

「……伺ったわ。私、と恩義と嫌悪で混乱しちゃって……もうお会いしたくない」

無理もないよ。年頃の女の子が、育ての母と生みの母の間柄を聞いたんだから。

夫の囲い者に毎日世話して貰ってた夫人の気持ちを考えたら、そりゃロゼッタは沸騰しただろう。

そして、改めてお祖母様への怒りと、夫人への罪悪感を持ったんだろう。


公爵家は、慎ましい館ながらも、その歴史の古さが建物の隅々に威厳をもたらしている。王宮にもない年代物の希少な調度や建具、織物の数々が普通に使われているんだから畏れ入る。

縁者がロゼッタを虐げてチリジリになったそうだが、殆どを祖母が戻させた。烈女極まれり。


「ロゼッタ。君に憎まれてもお祖母様は、君を護るために告げたんだ。君はどうあっても公爵家の子だと説得したのに本心から信じてなかった。親戚が罵った〈平民の子〉〈偽りの子〉が拭えなかった。

そこをつつく輩が利用してきたら……君だけの、公爵家だけの問題ではなくなる。

その位、君は重要な存在なんだ」


「……。」


クッションを抱えたロゼッタは無言だった。泣いてるかな?と思ったが、そうでは無いようだ。

「……貴方が言うと、なんか、真実味が増すわ……」

「公爵も、同じように説得しただろ?」

「うん」

ロゼッタは顔を上げた。

顔が赤い。そんなに頭を下げるからだよ。

「貴方、どうしてアボット嬢の企みを知ったの?あの子と手を切ったのは、そのせいでしょ?腹黒さを掴んだのは良かったけど」

「……君にはそのうち話すかも知れないけど」

私は前世の通路での彼女を思い出して皮膚がざわめいた。

あんな顔、二度とさせない。

「まあ、奇跡的に生まれ変わったとしておこう。無論こっちが本物だよ」

そうおどけると、やっとロゼッタが笑った。

「……君の笑顔は、栄養剤だな」

「いやいや、その言葉は私にだけ使えるものだぞ、ジェイ王子」

私とロゼッタが互いに微笑んでいる間を骨太の手が割り込んだ。


「お義父様」「伯父上」

「ウチの娘に手を出すな、婚約者持ちが」


バルトーク公爵は、デレク王太子の兄だ。腹違いの兄、と言うことで嫡男とはならなかった。お祖母様の子……六人の王子王女と一線を画し、ひっそり育ったのが彼だ。

どうも、祖父母の婚姻前に宿下がりした側室が産み育てていた彼を後に認知し、祖母が王家に引き取ったという経緯があるらしい。

伯父は、早々に臣に下った。祖父は彼の才覚を見抜いていた。王家に置けば勢力争いの火種となる。隣国へ遣わすには惜しい。手元で自分やデレクを補佐してくれたら、と考えた。

直系でないことも幸いした。あの王妃の子だからこそ、諸国は縁を結びたがったのだ。

そして、祖母の里を賜わりバルトークを名乗った。ロゼッタつきで。


公爵は言わば、一代限りの中継ぎだ。ロゼッタを養子としたが、速い話、ロゼッタの後見として公爵家を切り盛りし、ロゼッタが結婚すれば婿に爵位を譲るのだろう。


ただ。

王家の誤算は、結婚も父親の経験もないのに、ロゼッタを溺愛したことだった。娘が可愛くて、

可愛くて可愛くて仕方ない

らしい。

公爵となったのだから、妻を娶ればいいのに、ロゼッタが気まずいだろう!と頑なに独身。

ロゼッタの婚約が遠のいているのは、この複雑な出自と、

彼の振る舞いのせいに違いない。


「伯父上、私達の付き合いの方が貴方より長いんですからね。それに今更(おむつ)で寄り添ってた間柄に何もありませんよ」

私が伯父のマウントに対抗すると、彼は、そんなロゼッタも可愛かったろうなあ〜〜、と、返してきて、

ロゼッタがキレて、

「部屋に帰ります!ごゆっくり!」

と、バサバサ、ドレスの裾を鳴らして階上へ去っていった。


ふふ。可愛いなあ。

「感謝しているよ」

振り返ると、真顔の伯父がいた。


「あれは……気働きの塊だ。我儘を言わず、相手に気に入られるよう振舞って……君とは自然体で居られる」

「……」

「それから、もうひとつ、感謝だな。あの子の危機を察してくれてありがとう。だが」

伯父は、鋭い目で語る。


「君はどうやって掴んだ?

民衆党と、どう繋がっている?」


私もモードを変えた。

そう、今日の本命は伯父上との密談なのだから。


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