19 王妃殿下2
前回家名が間違ってて、慌てて直しました。
読み直して、あちゃーとなる私なんです。すみませんでした。今後も変なところは直していきます。
祖母は銀器の焼き菓子を自らの手で取った。
「……お前もお食べ。お前の母は、切らさずにこういう物をくれる。我の口も随分外つ国に慣らされたわ」
「……」
私は祖母の感情を探ろうとした。動揺?怒り?……そのような波はなかった。
強いていえば、哀しみ。
それもとても奥底で、表面の刻まれた皺には現われてもいない。
「お前、少し、大人になったかね。情報は武器だ。持つに越したことはない」
それは、肯定と言うことですね、お祖母様。
「だが」
祖母はしっかと目を合わせて私に低い声で応えた。
「武器は使い方次第。お前はそれを学ばねばならない」
私の背に冷たい汗が伝う。
……お祖母様、貴女の眼力も武器です。
「……お前、何をご存知だい?」
私はこの烈女には叶わないと降参した。
ロゼッタは実は、事故にあって、死亡した侍女の娘であること。
流産した夫人が恩義を感じ、出産した我が子だと公表したこと。
縁者がそれを耳にして、夫人が公爵が、次々と亡くなられた時、真偽は掴めないまま、
ロゼッタを虐待し乗っ取りを画策したこと。
「そいつらを追っ払ったのが、お祖母様でしたよね」
「追っ払った?……眠らせたんだよ、地の下にね」
お祖母様、緋色の菓子を齧りながら仰らないで下さい。
「ロゼッタは」
「下衆な奴らが毎日罵倒してたのだから、自分は庶民の子だと思い込んでいるだろうね。私が保護した時に、否定したんだが、あの子は無理に笑うんだよ」
王妃の優しさだと思ったか、実子である方が周囲は都合がいいと考えていると捉えて、黙ったのだろうな。
「長男にバルトーク姓を名乗らせ、賜爵させた時、あやつには真実を伝えた。独身のままロゼッタを養女として縁組したあれは、心の底からロゼッタを愛しているよ」
それは分かる。
バルトーク公爵は、溺愛と言える程親バカだ。
「不思議だったのです。ロゼッタの一歩下がった態度。朗らかで表情豊かで、王家縁戚の嫡子として、もっと前へ出てよい位置にあるのに、あの子は必ず誰かの脇に隠れようとする」
「よくご存知じゃないか。お前、フランカの女心は皆目見当もつかず、売女の甘言にはころっと騙されたくせに」
「……」
ぐうの音も出ないなジェイ、今までのお前はもっと嫌味を言われて然るべき馬鹿なんだから。
コホン、と、私は不満を咳で払い、
「けれど、その負い目がロゼッタを破滅に導く可能性が」
と、告げた。
そう、これが本論だ。
「……穏やかでないね。お話し」
私は更に前世のロゼッタについて語った。無論、〜となれば〜という可能性が、の仮定及び未来形で。
この世でリル達が標的にしないことを願うのみだ。
「成程。王家に間者が欲しいって訳だね。あの子は息子と養子縁組した結果、私の里の者であり、王と私のの義孫でもある。人材としては格好だね」
「それだけではありません。取り込まれれば、あいつらの御旗に担がれる。伯父上にも手が伸びるでしょう」
「ふうん。バルトークが王家を乗っ取るわけか」
「そう流布され、貴族社会がその流れに乗る可能性も」
成程。
お祖母様は、腕を組んだ。私の話があながち荒唐無稽ではないと感じているようだ。
(どうなさいますか王妃殿下……)
沈黙の中、グゥチチッ!と、庭の尾長が啼く。
「銀に寄った金髪。褐色の瞳。あの子は、我の祖母に似ている」
「?」
「ロゼッタは、まごうかたなき、我の血統だよ」
その言葉は柔らかく、便宜上言い聞かせている調子ではなかった。
「……どういう事ですか」
祖母は、ふん、と軽く鼻を鳴らし、
矢張り真実を明らかにしておけば良かったんだね、
と呟いた。
「……確かにロゼッタはあの事故で死んだ侍女から、切開して取り出した子だよ」
矢張り。
「けれど」
祖母は庭に顔を向けたまま、続ける。
「まごうかたなく、あの子は公爵の子だ」
「えっ?」
「死んだ侍女は、公爵の子を孕んでいたのさ」
はあ?
祖母は小さい声で続ける。
「あれは、王妃付きの侍女だった。
バルトークは少子の筋で、公爵夫婦に子が無いことを私は案じた。
持ちかけたのは、我だ。
彼は子を成すまで妻に内密になら、と妾を持つことに承服した」
それって……
「侍女は忠実な女でね。逢瀬は別宮…王宮の北のはずれにあるあの館さ……。侍女が孕んだ後、北宮には置いておけないから、宿下がりを考えた。だけど情が移った公爵が屋敷に住まわせたんだ。
結局、侍女は公爵家付きの侍女として働きながら子を産み育てる事を選んだ。程なく、奥方も妊娠して、侍女は乳母に選ばれ、二人の妊婦は穏やかに過ごしていた」
「夫人に内緒で?」
「子が男で夫人の子が女なら、侍女は子を渡して去る予定だった。女なら、我が用意した所で育て働く算段だった。性格のいい女だったよ……結局、子は女で夫人の流れた胎児は男子だったそうだ」
私の目が冷たいのを祖母は横顔で察したのだろう。
「お前、怒ってるね。
そうだよ、お前の母とディランの母の時と同じことをしたのさ」
私は口を開かなかった。
そもそも私が拗れた性格になったのは、兄との確執だった。兄と、今は帝国に嫁いだ姉が同年に産まれ、母は深く深く傷ついた。
父は王太子で、複数の妻をもつ事は必然だ。けれどセリア妃は、母付きの侍女だった。全幅の信頼を置いた女性だった。
「そうだよ。箱入り娘の世間知らずな貴族のご令嬢より、我が肌で性格や素養を知ったよりすぐりの女の方が、血を継ぐに相応しい。
侍女を侮るんじゃないよ。王家に仕える女の素性は、そこいらの白粉に塗れた夜会の令嬢と同様かそれ以上の血統だったりするんだ……セリアも死んだあの子も、そういった筋の娘だった」
「奥方の気持ちは、お考えにならなかったのですか」
「貴族の……王家の嫁は、そんな小事を抱えては居られない。
嫁の役割は、血を継ぐことさ。
家の血を絶やしてはいけない。むしろ喜ばねばならない。
デボラは賢かった。公爵の奥方もそうだった……ロゼッタが夫の子と知り、涙を流して喜んだそうだよ。自分が夫の子を失っただけに、守護精霊の遣わした神子だと、ロゼッタを抱いたんだ……」
血。
……前世のロゼッタが囚われた要因だ。
「……デボラ達だけではない。我もまた、同じ運命を呑み込んで今がある」
「お祖母様?」
祖母は再び庭の尾長を見やった。
「夫に請われて王家に嫁いだが、周囲はバルトークの少子傾向を掲げて何かと私を謗ったよ。
夫はその声に折れてね」
「え?それは」
祖母は微笑んで私に人差し指を立てた。
「……お前は未だ誰とも繋がっておらん。まあ、政治利用するに値しない器と評判だったからね」
……流石に傷つくんだが。
酷い言われようだなジェイ。
「だけど、今のお前は、何だか聞いてもらうに値する男のように思うよ……これは一部の者にとっては公然の秘密なんだが」
そう言って、目配せした祖母は、少し悪戯っぽく、少し寂しそうだ。
「私が多産だと皆は褒めるが……まあ、人並みだった、と言っておこうか」
……お祖母様?
それって、もしや、
……えっ?ええっ!
叔父叔母が、まさか……
「夫は、私が嫁いだ際、側室も妾も宿下がりさせた。……後は考える事だね。お前の祖父は格好付けさ。庶民のように一夫一妻の家庭を見せることで、国民からの親しみを得る賢王と讃えられるのを選んだ。
そしてエラント王家はご安泰。
流石に息子の時は、妃が不憫だったからね。堂々と側室制度を復活させたよ」
……うわ、ちょっと、
こんな重い話を腹に入れろと?
祖母は、ふふふっ、と含み笑いをして
「誰がだれとは言わないよ。我は王家の為に、どの子も大切に愛したつもりだよ……ねえ、ジェイ」
祖母の骨ばった指が卓の上で固く組まれた。その小刻みな震えは、含み笑いのせいなのかどうなのか。
「王家の、幸せとは、何だろうね…」
「お祖母様は」
お幸せですか、そう尋ねる言葉が切れた。
「まだ死んでないから分からないね…」
との言葉が直ぐに返ってきたから。
(死んでないから分からない、か)
幸せ……。
私の幸せって、何だろう。
どうある事が幸福何だろう。
祖母は立ち上がった。
会見は終わりだ。侍女と侍従が戸口で待機している。
「ロゼッタを守ろう。我があの子に真実を伝える。まごうかたなきバルトークの後継者として、公爵にも含んでおこう」
「承知致しました」
バルトーク伯父は、必ずロゼッタの身辺を護るだろう。私もできる限りのことをしなきゃ。
「お前」
私が立った時、祖母は何かを言いかけた。
「はい」
「お前の……いや……いい」
そして祖母は、少し複雑に微笑んだ。苦笑に近い表情。
何が言いたかったのですか、お祖母様……?




