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18 王妃殿下

北宮は、王宮の言わば「奥」である。

王を中心とした宮廷の政治を行い、その中核たる組織の為に、中宮南宮が「表」として存在するのに対し、内外の接遇や賄い等を担うのが王妃中心の北宮だ。


帝国が膨張したのち、後継者争いで不安定になった時、隣国を初めとする中国小国は、余波を浴びて揺らいだ。祖父たる現王は、帝国と距離を置き近隣の諸国と強い同盟を築いて安定を図った。


私の母デボラと父デレクの婚姻は、その()()の一つだった。

父には、婚約者がいた。12年間の婚約期間は、優柔不断な父らしく、褒められたものではなかったものの、婚約者に瑕疵は何一つなかった。

祖父は金脈が発見された山を下賜し婚約者のヴェールダム公爵家は手を打ったそうだ。

しかし。

その婚約者の急死と共に、公爵は代々の領地を返還し、金脈の領地のみとして山麓に隠居した。

金脈は大きく、産出される量は豊かで、宮廷は王の誤った判断と不満をもつ者もいたが、公爵の隠居でその声も鎮まった。

ヴェールダム家は大変裕福ではあるが地方の一領主となり、中央に関与する事はなくなった。


代わって台頭したのがエミリオ公爵家であった。祖父の従兄弟たる公爵は、祖父を補佐した。

惜しくも急逝したが、その息子の現エミリオ公爵は、デレク王太子と竹馬の友であり、公私に渡って父と密接な関係となっている。

父とは趣が異なり、才気煥発、有言実行、快活明朗な方で、人気がある。反面やっかみも含め、力を持ちすぎだと批難する向きもある。


話が逸れた。


お祖母様は、古い公爵家たるバルトークの長女だった。公爵家は1男1女の少子で、お祖母様はゆくゆく兄と共に婿を迎えて領地経営に携わる予定だったらしい。

それが、唐突な祖父の求婚で人生が変わった。

祖父は、若くして側室愛妾を複数抱えていた。豪胆な祖父は〈英雄色を好む〉を地でいく人だったようだ。しかし、子は成さなかった。

子は正妃に居れば良い。そんな祖父が壮健な年代になって見初めたのが祖母だ。

一方的な求婚に公爵家は折れた。

祖母の容姿は清楚で品格が備わった落ち着いた感じのよい娘だったが、絶世の美女という訳ではなかった。

祖父は、兄と共に経営に精を出す祖母の肝の据わった資質に惚れた。


そう。祖母は、エラントの賢妻賢母そのものだった。

健康な祖母は、四男二女を授かった。祖父は盟約を交わした国々との架け橋に、子供たちを遣った。外交に、諸侯領主への気働きに、祖母は活躍した。中には、(王妃殿下がそう仰るなら)と諾とする者も少なくなかった。

祖母は男なら優れた政治家だったろう。それでも、祖母はエラントの女として分を弁えていた。

代わりに、北宮ではその才覚を思う存分奮ったと言うわけだ。公爵家にそのまま居れば、女公爵となっただろうとまで言われた烈女である。


里の公爵家は兄が継いだ。

兄夫婦は中々子が出来ず、ようやく出来た一人娘を大事に育てた。

その一人娘が、ロゼッタの母だ。


公爵令嬢は、遠縁の夫を迎えた。バルトークの血を残す為だ。本来王妃の里たる公爵家は、もっと権力を持って然るべきだった。しかし男子が余りに少なかった。

権力を得ずして国政から遠ざかる里を案じた祖母の干渉だった。


公爵夫妻は仲睦まじく暮らし、やがて夫人は身ごもった。

が。

不幸が襲う。

馬車で移動していた時、馬が何かに興奮し制御出来なくなった。運の悪い事に、坂道でそれは起きた。

馬車が倒れ匣はもんどり打って転がった。

中に居たのは、妊娠中の夫人と、侍女だった。

侍女は身を呈して夫人を守った。臨月に近かった侍女は翌週には屋敷を退く予定だったのだ。

侍女と胎児は助からなかった。


そんな事件をくぐり抜け、産まれたのがロゼッタ。


初産は女児がいい。次は嫡男を

と、求められていた夫妻は、不幸にも

疫病で相次いで亡くなった。


ロゼッタ独り残された公爵家を縁者は次々と遺産を奪った。後手に回って祖母が気づき、辛うじて領地と領主城、王都の館、そしてロゼッタを守ったのだ。

一時期ロゼッタは、踏み込んできた遠縁たちに虐げられ孤立していたそうだ。令嬢とは思えない扱いにロゼッタが慣れ始めた頃になって、祖母が踏み込んで北宮に保護した。見るに堪えない衣服と痩せた身体に、祖母は沸騰した。

完膚無きまでにバルトークの者達が粛清されたのは言うまでもない。


結局、()()にされたバルトーク一族は、ロゼッタのみが残り、その後今の公爵……伯父が継いでロゼッタは義父を得た。


私の手元にはある数枚に渡るロゼッタ・バルトークの調査書には、私が知っていることと全く知らなかったことが書かれていた。

さて、ここに書かれていないロゼッタの〈秘密〉は、どこから発生したのか。事実か、作り話か。


そして今世では、この秘密がどのように使われるのか。障らずにいるのか。


正しい情報と味方は、多ければ多い程いい。今世は、自分が生き残ることより、国の内乱を未然に防ぐ事を一義とする。


私は王子だ。

王家に産まれたものとしての責務を全うするんだ。





北宮の桜は若葉が瑞々しい。

遅い午後のお茶は濃く、甘い菓子とよく合った。


「お前が会いたいなんて、もう一度桜が咲くかもしれないね」

祖母は辛辣な言葉を言うが、機嫌は良さそうだ。正妃の息子だが第二王子という位置が、私に〈人の顔色を読む処世術〉をもたらした。


なんたって兄デュランは、祖母のお気に入りなんだ。嫁姑というが、母と祖母はあまり仲が宜しくない。側室のセリア妃は祖母と雰囲気が似ていて、祖母の信頼を得ているから余計。その臆病な幼児期からの反動で、少年期からは、反抗期に突入した。


「ご存知ですか?今月、私は生まれ変わったんですよ」

私がおどけて肩をすくめると、

ふん、と祖母はラベンダー色のティーガウンからふっくらとした腕を出して頬杖をつく。腕筒のレースは母の故郷の物だな。


「まあ、フランカと売女の双方痛み分けにしたのは褒めてやるよ。前のお前なら、売女を介抱してフランカを責め立てただろうね」


「え……もう」

「そりゃあ、煙たがってた我にお前が会いたがるんだから、何かあったと思うのが真っ当だろう。さすればお前の所業を耳にしようとするのは必然」

くっく、と喉で嗤う祖母に呆れた。

そうか。この迅速な情報収集が祖母の能力の一つか。


あやかりたいものだな。


「痛み分けを褒めて下さる理由は?」

「明らかに売女が嵌めたんだろう?それを断罪すれば、売女の一味が黙っていない。お前はフランカを守った……それ程に学院に悪しき思想が蔓延(はびこ)っているのは見過ごせないね」

お前、こんな所で油売ってるんじゃなく、やらなきゃならない事があるんじゃないか?

そんな祖母の慧眼に、恐れ入る。


そうです、お祖母様。

「だからご面会を乞うたのですよ。これからその、やらなきゃならない事に向き合うために、確認したい事が」

ふうむ。

お祖母様は、カップを口にして、デボラの()()はいつもいい品だ、と呟いた。


「何が知りたい?」

そう祖母が言ったとたんに、テラスから人が消えた。見事な(しつけ)だ。

「……ロゼッタ・バルトーク」

「……」

祖母は先を待っている。

「あの子は、自分の出自を知っているのですか?」

「出自……」


私は重々しく告げる。


「ロゼッタは公爵の子供でない事です」






王妃殿下の本心は、次回に


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