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16 王子の裁定

なんで、起こるんだ?

私はリルと距離を置いたし、フランカとはちょっといい感じのはず。

なのに、なんで『階段事件』が……


「酷いわ……いくら公爵家とはいえ、人を傷つけるなんて……」

リルのか細い声が震える。


なんでこんなに小さな声が響くんだ。リルの声も言葉も、まるで呪文のようだ。


「わ、私は……」

立ちすくむフランカに、勢いづいた女生徒が

「貴女が押したのですわ!私、見ていました!リル嬢の真後ろから……彼女、段を踏み外して、転げて!」

と、失礼にも指をさして言い張った。ううん、この子は確か平民の。リル信者だな。


「そんな!エミリオ様がどうして人を傷つける必要がありますの?」

「そうですわ。そこの方って、エミリオ様のご婚約者に擦り寄って、挙句振られたのに。エミリオ様が恨まれる事があっても、今更そこの方に何か仕返しされる意味、ありませんわよ」

今度はフランカのお友達。


「底意地が悪いから、ダメだしなさったんじゃ?」「何と失礼な!」「リル嬢は王子といつ恋仲になってたの?私達、お二人は友人と伺ってますが。

ふん。男女の仲と、下世話を人様に広める悪趣味な方々が、オトモダチですもの。公爵令嬢も同列かと」

「愚弄する気?王子がお相手しないからって絡んできて……今も自分で落ちたんでしょ?ご自分の過失を人に押し付ける程、私たちは堕ちてはおりません事よ」

「ほらすぐ権威を傘に来て上から目線」

「正しいことを正しく言うのが何で上からなの!」


ピーチクパーチク……。


あれ?1回目の時、『階段事件』に私は立ち会ったっけ?

いや。後から聞いたんだ。そして、リルの主張を完全に信じて怒った。


じゃ、今回この場にいるのは……


「待ってくれないか」

私は騒動に割って入った。警護が止めようとするのを払って。

「ジェイ!」「ひ。殿下」「ジェイ……」

それぞれの反応を無視して、私は職員に尋ねる。

「この方の怪我は?」

「診たところ擦り傷と打撲はありますが、骨に異状はなく、捻ってもおりません。歩くには遜色ないかと」

「痛いわ……」

「治療は必要ですが、担架は必要ないでしょ。自分で救護室にお行きなさい」


私が現れたせいか、職員は強気で判じた。リルや周りは明らかに不満げだ。


ようやくフランカが友人の手を借りて降りてきた。

「大変でしたわね。私もドキドキしています。さ、救護室にご一緒しますわ」

リルは涙目でキッとフランカを見上げて

「あ、貴女が押しました!私の背中を!」

と叫ぶ。

困った顔でフランカが応酬する。

「押してなぞいません」「嘘。酷い。怪我が小さいからって、罪が小さいわけではないわ」

「申し訳ないけど、貴女が足を取られてつまづいたのでしょう?一瞬の事ですもの、間違ったご判断をなさるのは仕方の無いことですわ」

「たしかに背中に圧を感じました!」

「……急に立ち止まって私にもたれかかろうとしたわ……私が避けたから貴女重心がおかしくなって段を踏み外したのです」


フランカも、私を見てほっとしたのか、何時もの彼女だ。明快に話した。それでも声は震えている。

フランカは、腰を低くして床のリルに手を伸ばし、さあ、と言った。

リルは、パン!と振り払う。

「いい人ぶらないで!怖い方!触らないで下さい」


なんて非礼な!と、お友達はキャンキャン声をあげるが、ここで身分差を出すのは悪手だよ。


「ねえ」「は、はいっ」

リルの1番近くで拳を振っている女生徒に私は声をかけた。

「君はどこから見たの?」

優しく微笑むと、彼女は真っ赤になった。

(顔だけは、精霊ですら、認めてるもんな)


「わ、私はここ……階下でリルを待っていたんです」

「真下だね。リル嬢はどんな風に?」

「え……と」

「前のめりで?それとも足から?

背後のフランカ嬢の位置は?君から見えたんだよね。押したのは手のひら?片手?両手?」

私は真綿で締めるように、穏やかに詰問した。微笑んで。

女生徒は、ソワソワしながら

「……落ち方までは、覚えがありませんわ。多分……足からかと。

公爵令嬢は……真後ろから左に」

「動いたんだね。手は」

「……見ておりません。リルに気が取られて……見上げ直した時にはお顔を覆っていたかと」


ふむ。


「畏れながら殿下。ご覧になってもいらっしゃらないのに、エミリオ様を庇いたてなさるんですか?」

「……横暴だわ……ひいきよ」


リルの悲しい声とうるうるした眼が私に罠をかけてくる。

いやいや。前の私とは違うんだよ。

私は階段を上がり、1番上の段にしゃがんで板面を調べた。

うん。そうか。


「皆さん」

私は段上で階下に振り向いて、告げた。

「私はどちらのお味方でもない。もうすぐ午後の授業に行きたいのにこの騒動ではね。だから口出ししただけだ」

「ジェイ、貴方は、どう思われたの?……私の事、まさか嘘を言うなんて、思わないわよね」

(おお、リル、その潤んだ目は犯罪だよ)

「……」

逆にフランカは、唇をかみ、きっと私を見つめてきた。

(心では悲しんでるんだよね……そういうの、損な性格だよ)


「私は誰も嘘を吐いているなんて思っていないよ……リル嬢は気が動転してるね。フランカ、君もだ。そしてそれぞれの友人は、肩入れする余り、それぞれの主張を押し付けるばかりだし。もう少し、学院の淑女らしく落ち着いていただきたい」

これで皆は黙った。

増えた野次馬は、男女まちまちだが、こちらも(王子の裁定)を待っている。

期せずして、私の資質が問われる舞台となってしまった。しくじれば、馬鹿王子の勲章が増える。上手くやれば……

運命を変えられる。


さて。


「先程の彼女は私に事故の瞬間を教えてくれたけど、他にお伝え下さる方はいる?」

「踊り場には、エミリオ公爵令嬢だけがいましたわ」

意を決した女生徒が手を上げながら声を張る。

「フランカ」「そうです。その、瞬間は私とアボットさんだけでした」


フランカは必要な事だけ口にする。

そういう所が好ましい。

おっと、公平公平。


「アボット嬢。君は背を押されたから落ちた、と」

「はい……突然どん、と……そのまま私……」

うるうるうるうる。

いや君そんな玉じゃないから。

でも、可憐だなあ。

「フランカ」

「……アボット嬢が急に立ち止まって私の方に上半身からもたれるように下がってきました。それで私、避けるために左に避けました」


片方は押された。

片方は避けた。

明らかにすればどちらかが恥をかく。……どうする。


「アボット嬢の落ち方は、目撃した彼女が正しい。板面には、女性のヒールで引っ掻いた跡がある、ここにね」

私は前に進めることにした。


「それが何か?」

「うん。ヒールが最後ということは、下半身から落ちたと推察できる。上半身に圧がかかったのなら、頭の方から下を向く。そうなればヒールではなく靴のつま先の跡となるんじゃないかな」

「そんな。落ち方で何が分かるというの?」

「……無抵抗に背を押されれば、そのまま上半身から落ちる。ヒールの跡は、滑ったり重心が後ろに傾いたりしたことを語っている」


そう言うと、リルは真っ赤になった。

「ジェイ、わ、わたしが嘘をついてるって言うの?酷い」

「そんな事言ってない。私が見たままの判断を述べているだけだよ」


ガヤガヤとする周囲からは、そんな馬鹿な、とか、やはり、とか、様々な囁きが波立ち、次第にリルに非難めいた視線が多くなった。


さあ、ここで間違えるな。


(真実を事実にするなよ、ジェイ)


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