12 新たな悲劇2
通路はカビ臭く換気がない状態で、密閉されているのを感じてほっとする。
私達は用心のため、通路を進みフェイクになっている脇道へ入り、隠し穴へ入った。二重の避難だ。
恐らく襲撃に遭う想定の代が作ったのだろう。穴といっても、家具が設えてあり、電気も通っている。ブゥン、という音は、この二重の密封空間に換気設備があることを指している。
取り敢えずカタカタ震えるロゼッタを座らせ、私は彼女の前に跪いた。
「……私は、偽物、なの……」
彼女の話はこうだ。
あの日、リル・アボットは言ったわ。
(諸悪の根源は、エミリオ公爵。彼が王宮を我がものにせんとしているのは調査済みです)
(証拠はおありなの?誹謗、しかも高位貴族にめったな事を仰るものでは無いわ)
(ありますわ……)
そして、リルは、グレシャム伯爵から示されたというあれこれを語りました。
曰く、お代替わりと共に事実上王太子補佐となったエミリオ公爵は、諸侯会議に口を挟むようになった。唐突な領地の入れ替え、統廃合、税率の累進変更……
(どれもこれも、低位の貴族にとって厳しい沙汰だったわ。そして大きな貴族への課税の圧は、領民に大きくのしかかったの……それでも王家と、資産のある貴族達は、痛くも痒くもなかったでしょうね)
私は何も言えなかったの。私も多分リルの言う痛くも痒くもない身分だから。でも、
(だからといってフランカ様を貶める理由にはならないわ)
(あら、父親が民に仇なす存在なのよ?あのお高いご令嬢の持ち物一つ一つが圧政に苦しむ民から搾り取った金で出来ているわ)
リルは吐き捨てるように言いました。
(だったら!)
私はカッとなりました。今思えば短絡的な理屈に何故乗っかってしまったのか……。
(私も……フランカと同じだわ!貴女、私を高潔だの公正だの、何の根拠もなく言っているけど、私の方が余程)
(あら、貴女は特別ですわ。バルトーク公爵令嬢)
リルは冷たい声で含み笑いを漏らしました。
リルって……
級友に見せていた、朗らかで天真爛漫に平等主義を高らかに唱えていた『進歩的な』女の子……なだけではないのでは。
狼狽える私に、リルは言ったの……
(貴女、ご両親の実子ではないのよね)
私、強ばって、直ぐ否定を出来なかった。
(臨月の侍女が、同じく妊娠中の奥様を庇って命を落とした、その時に取り上げて一命を取り留めたのが貴女。公爵夫人は流産したわ。
恩人の侍女に報いるためにも公爵は貴女を実子として公表したの)
(……え、っ)
(そうよ。貴女、一滴も公爵家の血は入ってないの。その事実はごくごく身内しか知らされてなかったらしいんだけど、人の口に戸は建てられないわね……公爵夫妻が亡くなられた後で親戚が財産根こそぎ持っていったってね。貴族でもない貴女に残す義理はない、でしたっけ)
私、頭が沸騰して、目の前にもやがかかったわ。そのまま倒れて死んでしまいたかった!
(やはりご自分の出自をご存知だったのね。……大丈夫。学院じゃ私しか知らないし、多分王家でもどなたかが押さえてるんじゃない?)
美しい悪魔は、随分楽しそうだったわ。
(……リル、貴女、何がしたい、の?……脅して、いるの?)
リルは、嗤うばかりだった。
(そうよ。脅しているの。
ねえ、ロゼッタ様。さっきの事実を抜いても私貴女が好きよ。だから貴女には幸せになって頂かなくちゃ!……好きなら本気で王子を奪って欲しいの)
それになんの意味がある?
リルに何の利得が……
すると、リルは立ち上がって、
(平民が王妃にのし上がるのよ!その時が来たら、貴女は平民と貴族社会の架け橋として双方の女神となる。いえ、そうならなくてはいけないわ!……愉快ね。最高位の女性になる人の運命を私は、どうとでもできる、なんてね)
そして、最後に
(気をつけてね。エミリオ公爵が探ってるらしいから)
「そう言って、リルは、出ていって……私が誰であっても、いいの。王家を出ても、いいの。でも、お義父様と離れるなんて、……ジェイとも会えなくなるなんて……私、そんな事ばかり思って……」
驚いたが、顔には出さなかった。反応すればロゼッタが傷つく。
泣きじゃくるロゼッタは、さらに、
「さっ、き……お義父様と閣下が、お祖母様の里の、って……きっとエミリオ公爵は私のこと、お祖母様に言いつけるのだと……だから」
だから、短刀を使って話を封じたのか……。
ロゼッタの泣く声と空調の音だけが混ざって静かに鳴る。
ううむ……成程最初の人生で私はリルという低位の女性を娶る企みに乗っていたが、今回は、そのリルがロゼッタを使おうとしたわけか。
しかも脅して。
ロゼッタは、まんまと罠にはまって、早とちりで公爵を刺した。
「ロゼッタ。私の可愛い幼なじみ」
私はそっと掌で冷たいロゼッタの頬を包んだ。
「公爵は多分命に別状はないと思うよ。今日は会議で閣下も公務の出で立ちだったから、サッシュやらベストやら、着込んでたし。君の力と短刀じゃ深くは刺せない」
「でも、でも……だったらどうして私と逃げたの?ジェイは何にも関係ないのに」
だって、守ると決めたから。
それが今世での私の使命の一つだから。
「……あのままだと、君、自白しちゃっただろう?あそこにいない方が話が早いと思ったんだ。大丈夫、ここを探すのは難しいよ。時間を稼げる」
私は、立ち上がって血の着いた上着を床に置き、戸口に向かった。
「どうするの?ジェイ、いや!何処へいくの!」
ロゼッタは叫んだ。私は、
「広間に戻るよ。大丈夫。公爵令嬢を下手人にするなんて、あの場の人達が思うはずがないだろう?君はここで私を待って……そうだ、フランカに迎えに来てもらうね……君はあそこには居なかった。賊が襲来したから私が追ったけれど逃がした。そんな流れにしてくるよ」
言いながら、私は、そうだ、それしかない、と思い始めた。
「いや……フランカには……ジェイ、貴方、ご自分を大事にして……やめて」
そんなロゼッタの言葉を私は悲嘆の中でもお人好しだな、と思ってなだめた。
馬鹿だよね。
通路に出て、隠し扉の錠を開け、
そっと、広間裏の小間使い部屋の一つに出た
時。
「曲者、覚悟!」
という声と共に、私の首から血が吹き出した。
あれ?
……な、に?
目の前が儚くなる時に、私は
ああ、頸動脈って、凄いな
などと、トンチンカンな事を思って
堕ちた。




