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9 生徒総会

「生徒会のお仕事、随分お忙しいのね」

フランカが御進行の後で、切り出してきた。


きた。

それはそうだろう。

ほぼ毎日、生徒会室に入り浸っている。まだ一年の私は、ロゼッタと主に雑用ばかりだし、そうそう仕事もある訳では無い。

けど、ロゼッタの顔を見て、取り敢えず安心したい。無事であること、かわりない様子であること、を確認しないと悪い想像が湧いてしまう。


前前世で、いかにフランカに心配をかけていたか、今にして思い知らされる。


「申し訳ない。勝手がまだ分からず、何だか何事にも手を抜けなくなってしまって」

そう素直に謝ると、フランカは慌てて、

「お詫びなんて。貴方が一生懸命にご自分に課せられた事に向き合っていらっしゃるのは、私、とても嬉しいとお伝えしたいの」

と、手を胸にあてて言い募った。

そんな大人な上から言葉が鼻についていたんだが、実はやり直し3回目の3歳上である私から見ると、

ああ、これは、ちょっと拗ねているな

と、見て取れた。


フランカは少し上目遣いに私を見ていたのに、そう話した後、ふい、と目を逸らして伏せ目になったから。

僅かに唇が尖っている。

白い頬にさっと朱がはけている。


可愛い。

……ああ、この少女にそんな想いを持つ日がくるなんて。

私は、我知らず頬が緩んだ。


「ありがとう。君に似合う男に早くなりたくて」

フランカは、再び目を合わせて、目を丸くした。

「……ジェイ」

「フランカ。私は婚約者として、物足りないだろう?」

「……」

小さく頭を振る彼女を制して、

「君が我慢しているのは承知している。……もう少し、待っていて」

「……私、不満なんて」

いいんだ、と、私は再び制する。

「今、今向き合わないと、後で取り返しのつかない未来が待っているんだ……全てが決着したら、君に話すよ。私は君の誠実を知っている。君は見た目も中身も、この国の王妃たるに相応しい。高潔な淑女にお育ちだ。……待ってほしい。私が男として成長するから」


私は、そっ、と、フランカの手をとった。一瞬びく、となったフランカは、みるみる真っ赤になった。

(可愛い)

「こうして、進講の後は君と過ごしたいな。お茶を楽しんで」

フランカは、こっくり頷いた。


この時、私はフランカの意見を求めなかったし、聞かなかった。


小さなことの積み重ねが、大きな歪みをもたらす事を知っていたのに。この時は、気が付かなかったんだ。

フランカの可愛らしさに、私は満足していたから。




生徒総会は、滞りなく粛々と進行した。

まだ下っ端な私とロゼッタは、お飾りのように壇上の末席にいた。


「……以上、予定していた審議は滞りなく進行しました。皆様のご協力に感謝します」

では、と、司会が閉会宣言をうながそうとした時、

「ご提案がございます!」

と、声が響いた。


え。

一年の中から、すっと立っているのは、リル?

あれ?生徒総会で、こんな場面あったっけ?記憶にないぞ、記憶に……。


馬鹿。

前前世の私は、一年の生徒総会をサボった。どうせ役割なんかないと。


え、ええっと……。

後から、何か知らされたっけ?

ない。分からないぞ、どうしよう。


「一年のリル・アボットでございます。総会の場を借りて、提案がございます。お時間頂いても?」

つかつかと、返事を待たず、リルは小柄な身体をぴょこぴょこさせて前に進み出てきた。

慌てて、会計の2年生がマイクを持って壇から渡した。長いコードがたわんで伸びた。


「生徒会の皆さんは、敬称について、どう思われていますか?」

それがリルの第一声だった。


私だけでなく、講堂のほぼ全員が思考停止する。

……何のこと?


「学び舎というのは、先生方に敬意を表することはあっても、同じ学生は平たく学生だと私は思っておりました。なのに、入学以来、学院は外と同じく家格で呼び方や話し方まで変えています。おかしくありません?学院の決まりにも、生徒会則にも、そんなこと載っておりません。

……私は男爵の娘です。そしたら入学式では、ここではない、もっと後ろに、いやここは平民が、と、たらい回しになりました」


少し理解してきた。

同意を得ようと隣を見ると、ロゼッタが蒼白になっていた。


講堂の後ろの方から、ザワザワと小声があがり出した。この場も入学式と同じだ。


「また、せっかく共に学ぶ同級生です。親しくなりたいと、お声をかけても位が低いからと、無視されました」

今度は真ん中より前の席から、ザワッ!という空気が動いた。こちらは

(なんですって!)

といった感じかな。


「男子学生は、割と私の考え方を理解して下さって、すぐに打ち解けてくれました。また、時間が経つと、女の子達も、私に悪意も底意もないと察してくれて、今では仲の良い方も増えました」


……男たちは下心だな。


「……アボット嬢。貴女は何をご提案したいのかな?」

三年生の生徒会長が、少し苛立っている。

リルが言い始めたのは、貴族社会への批判だ。学び舎たる学院に既存の慣行は必要ない、そう言いたいのだろう。


リルはここで、学生平等を打ち立て、より広く同意を得たいのだ。教室だけではなく、学生全員が集う、この場で、同士を募りたいのだ。


「もう少しお話してから真意をお伝えしますわ……私は真に高貴な方は、家格ではなくその方の考え方そのものだと思いますの。入学式のとき、私は」

「リル・アボット嬢」

我知らず私は、立ち上がって話を遮った。

視線が集まる。

私はマイクなしで、そのまま声を張った。


「私はジェイ・マール・エラントです。先日お目にかかったよね。今の発言について、私からもいいかな」

返答を待たずに私は続けた。あのままあの可愛い唇が言葉を発すれば、ロゼッタの名前が出てくる。


そんなことはさせない。


「私は多分学院の外の社会では、この中で最も位が高い。それでも、生徒会では入学したての小僧だからさ、雑務しかあてがわれないし、授業では教授は呼び捨てか、君呼びだ。学院は等しく学ぶ場であり、社会の通念を頑なに張る必要はない。それは、貴女の考え方と合致しているのではないかな」


リルは、こくん!と、頷いた。

思いもかけず、王子が賛同している空気に、流れを任すつもりなのか、警戒をしているのか、掴めないが。


「けれど、入学式のように外部の人間も入る場では、警備の関係から自ずと場が決まる。それは私が偉いからではない。一歩外へ出れば、私は王位継承権3位だ。その立場が周りに危険を呼び込む可能性を考えた上でとっている措置だ」

「……つまり?」


リルと論戦を張る事態なんて想像しなかったな。

「つまり、学院ではちっぽけな学生でも、ここに集った者は、1人残らず家や社会からは切り離せない。ご令嬢の中には、無闇に友人を作るなかれ、と、家族に言われている方もいるし、婚約者がいる男子学生は、貴女のような美しい人と親しくは出来ない」

私は、ちら、と一年の座席に目をやった。決まり悪く目を逸らす男たちに

(いやいや、自分の事だから)

と心で言い訳をする。


「しがらみなく友を作ることは、無作法だと仰るの?」

「そんなことはない。我々は学生だ。学ぶために繋がるのは必然だし、私は貴族や平民の枠ではなく、その人の才覚や魅力を見つけたいと考えている。でもそれは、身分云々を超えた思想というより、自分自身を高め、将来の自分の立場にとって、よき人脈を作りたいという思いからだ」


いやいや。私がこんな演説をするなんて。前前世のジェイじゃ、絶対無理だ。おい、ジェイ、お前に私は今、説教しているんだぞ。


「座席だの返事だの敬称だの、そんなものに囚われる必要は無い。無意味な格付けは不要だと、私も思うよ、リル・アボット嬢。

だけどね、その慣例を打ち破る事を目的にしてはいけない。なぜなら、それが必要な人もいるのだから。

皆、10数年間の歴史と、これからの未来を背負っているんだ。貴女が思ったことを通すように、それを否定する人を断ずるのは、違うんじゃないかな」


後でロゼッタが

(なんだか年長者が言い含めているみたいだったわよ、ジェイ、貴方私と同い年よねえ)

と、コロコロ笑った私の説得に、リルは唇を噛んだ。


「会長」

私は調子に乗って、生徒会長に向かった。

「席は今後、名簿順にしましょう。また、敬称は君さん様嬢、の4つに限定しましょう。

何でもありでは、混乱し意図が伝わらない。小さい事ですが、ルールを作って、アボット嬢のような不満を解消しませんか」


花は会長に渡した。

会長は、熟考してから頷き、

「そうしよう。アボット嬢。よいご提案のきっかけを作って下さった。生徒総会は本来このように、生徒の意見を汲み取る場であることを思い出させてくれたね。

諸君。我々は、誇り高い学院の生徒だ。互いを尊重するルールをもって、協調と互いの尊厳を築こう。

……アボット嬢、そして……エラント君、に拍手を!」


会長が殿下を君呼び……そんな言葉が拍手でかき消された。

私は、ふう、と椅子に座った。

ロゼッタはパチパチと拍手を耳元でした。

フランカは、前列で、柔らかな微笑みをたたえていた。


(少しは、悪しき未来をかえられたかな?)

そんな気持ちが今更の興奮を湧き立てた。が。


中央に立つリルは、

可愛い顔を強ばらせ、私を睨んでいた。

(よくもすり替えてくれたわね)

そんな蓮っ葉なセリフが浮かんだが、いやいや、リルに限って、そんな言葉は……


ある、のか、な?


リルの食いしばった口元は、そんな風には動いてはいなかったけれど。



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