序章 王子の断罪
しばらくご無沙汰しておりましたが、長編を書く気力が湧いてきましたのでお送りします!
短編から膨らんだ世界です。私の癖で男がクズかカス笑 なので、それを汚名返上して!と願った主人公をお送りします。基本ハッピーエンドを目指します。
ナレーションは幼なじみが絡んできます。
宜しくお願いします!
「フランカ・エミリオ!お前のような卑劣な女は妃には相応しくない!婚約破棄し、追って沙汰する!」
紅潮した顔に冷たい瞳が、殊更にジェイ殿下を美しくみせておりました。
その傍らには、華美なドレスを身につけたストロベリーブロンドのリル・アボットが兎の様に小刻みに震えておりました。
後ろには彼の側近達が2人を守るように控えております。
会場は騒然とし、近衛達や学院の関係者が何とか収めようとあたふたしておりますが、指示系統が機能して居ないことは歴然です。自然とこの会場で最も位の高いジェイ王子殿下の方に阿る態度でした。
対峙する王子の婚約者、フランカ・エミリオ嬢は毅然と受け止めておりましたが、薄化粧の頬は白く、緊張が感じられました。
申し遅れました。
私はロゼッタ・バルトークと申します。
デボラ王太子妃殿下のお子様であるジェイ殿下、そして婚約者であるフランカ・エミリオ嬢の学友です。
どちらとも幼なじみで、2人の成り行きを案じていたのですが……。
「お待ちになって。わたしがそのアボット嬢を略取誘拐しようとした証拠はございますの?」
「ある!」
王子の声は熱く冷たく……私ははらはらと聞き入っておりました。
「リル」
「はいっ」
傍らのリル嬢は、震えながらも気丈に声を張りました。
「わ、わたしを拉致しようとした男の衣服から、公爵家の封蝋が押された封筒が!わたし、わたし夢中で暴れて掴んだ様なのです!」
「程なくこちらのレイモンドと私の影達が救った。男達は逃げてしまったが……最適の証拠を残してくれたよ」
ずいと進み出たレイモンド・ザッガードがしわくちゃの紙を掲げました。
「……宛名は?」
「表書きは滲んで読めない。しかし裏書には、くっきりとお前の名が」
「有り得ませんわ」
フランカ嬢は、ここですっと息をし、続けた声には力が入っていました。
「私がどなたかに書状をお送りする際は、裏書など致しません。届ける家人が名乗りますので。それに、私の封蝋は公爵家の紋章ではなく、母方の百合の紋章を使っておりますわ」
毅然とした姿に、私はフランカが偽りを述べているとは思えません。しかし、王子の態度もまた、彼の義憤が感じられ、私はどうしてよいか分からずにハンケチを握りしめておりました。
「しかし」
彼女はそう割り込む同級のレイモンドを睨み、
「リル嬢が掴んでいた。リル嬢が男の服から出てきたと主張した……それ以外にどなたが証人ですの?」
「わっ、わたしが嘘を?」
リルは心外だとばかりに胸元に手を当てそう返し、そして縋るように王子を見遣りました。
パサッとフランカは扇を開いて口元を隠しました。
「貴女の仰る事が真実だとしても、その封筒を誰が何処から入手したかは不明ですわね。逃げた男達が私の手の者だという証拠にはなりません」
「お前の筆跡だ!」
「筆跡など、真似ようと思えばどなたにでも」
「お前以外、リルが邪魔な人物が居るか?」
「私はそちらを邪魔だと思った事など一度もございません。……望めば側室でも愛妾でも」
「愛する女性はリルだけだ!
リルは高潔で慈愛に満ちている!貴族も平民もない、人は生まれながらに幸福に生きる権利があると。
そんな素晴らしい女性に何の欲がある?」
ああ、始まりました。
王子のこの言葉を私は幾度聞いたことでしょう。そしてその度に、王子が立腹しないようにフランカの肩をもちつつ話題を反らせていたのですから。
「リルは人として一人の男として私を愛してくれている。私もしがらみにがんじ絡めの結婚なぞ望まない!
……リルは国民全ての幸福を願う女性だ。どちらが正妃に相応しいか一目瞭然ではないか。
リルが国母となれば、民は豊かになる!私は次代の王太子として望む女性はリルただ1人だっ!」
「……リル嬢の主張は王制を否定するものです。ジェイ殿下、貴方、本気で?」
「当たり前だ。私は新しい国風をリルと創って行く。旧態然としたお前やお前の父親のような、勿体ぶったしきたりなぞ御免だ。貴族だから偉いのではない。人として立派であることが、統治の資格ではないか」
「その人格が私には無いと?」
「ふ……少なくとも略取誘拐を企てたと疑われるような女を淑女とは呼べないだろう」
「偽の証拠で人を貶めんとする人物も同様でしょう」
「まだ言うか!証拠は本物だ、お前のその回る口を閉じろ!」
「閉じるのはそなただ、ジェイ」
人だかりの奥から、男性の声がして、わらわらと近衛が王子達を取り巻きました。
(ディラン王子様)
(兄王子殿下だわ)
ザワザワとする人だかりが割れて、榛色の柔らかな髪と青の瞳の男性が近づきます。そして、フランカ嬢に近づくと耳元に何かを呟きました。
その途端、フランカ嬢は膝を折り、崩れ落ちそうな身体をディラン王子が支えました。
近くにいた私は思わず身を乗り出してフランカ嬢を抱き、王子と両脇から支えました。
「バルトーク嬢、フランカを頼む」
硬い表情のディラン殿下は、それでも私に優しい眼差しをなさいました。
フランカ嬢は気を失う寸前でしたが、気丈にも自分で姿勢を正しました。私が手を握り、よく頑張ったわ、と言うと、弱い息を吐いて
(ありがとう)と呟きました。
「……兄上」
「何という醜態だ。
学友の卒業パーティをこんな茶番で台無しにした責任は取れるのか?一生一度の舞踏会。それこそ平民や田舎の貴族の子息子女はこれが最初で最後の者もいるのだぞ」
口を開こうとしたジェイ王子をディラン殿下は制しました。そして傍らのリル嬢を睨みました。
「アボット嬢、君はそんな学友の思い出を台無しにして、それで民に祝福を与える立場に立ちたいというのか?矛盾してやしないかな」
リルは兄王子に軽い礼をとり、それでも反論を始めました。
「……大事が優先でございます。其方の令嬢の企みは学生のうちに糾弾すべきかと。社会の規律で糺すよりは、ジェイ殿下の断罪の方が令嬢の罪は軽くなるかと」
「愚かな。
貴族の令嬢が満座の中で辱められれば、これからの人生はない。
詭弁も大概にしろ。
事実ここにはエミリオ嬢の潔白を証明する者も裁定する者もおらず、一方的な物のいいで糾弾されているではないか。片手落ちとはこの事。公平でない断罪なぞ無意味。そなたの略取については宮廷警察に調査を依頼してある」
その言葉を待っていたかのように、
「御無礼つかまつります」
と、衛兵達がジェイ殿下やリルを後ろ手に絡めました。
「な、何の無礼だ!」
「え、えっ?」
「次代の王太子の側近だそ!」
それぞれに喚く1団ですが、兵達は黙って動きます。
「あ、兄上!」
「残念ながら、その令嬢は父君とともに、民衆党との繋がりが発覚した」
民衆党!
その言葉に周囲からは、濤!という騒めきが沸き立ちました。
民衆党といえば、王制を廃し、貴族階級を壊し、平民による国を興さんとする一派です。
無論そのような運動がこれまでなかった訳ではありませんが、現体制を根本から否定し実際に攻撃的な活動を行っているのが民衆党です。
熱狂的な親派がいる反面、その過激さに恐れを感じている人々も少なくありません。
「先程のそなたの演説は、民衆党のそれと合致する。出自より能力。
笑止千万だ。
国を統べるのは組織である。枠組みの中で有能な人物が登用されるのは当たり前だ。
そして王制とは、国を代表し、他国との拮抗を保ち、国の安寧を保つ為にある。
単純明快な論旨は心地よいが、実現するには破壊しかない。
……ジェイ、そなたが先程述べたことは、国家転覆の徒と宣言したのと同様だ。解るか?」
冷たい兄の声に、ジェイは真っ赤になつて頭を振りました。
「そ、んな!私はあくまでも王太子として改革を」
「王制とその令嬢の理想とは、相容れない」
「リルが妃になれば」
「たちまち王家の者は排除されるだろうな。お前のみが錦の御旗として残る」
ここにいる大半の貴族の学友達も、どれだけ生き残ることやら……
そんな兄王子の呟きに、再び周囲の騒めきが大きくなりました。
「兄上!私の心は国と共にある!
決してお爺様や父上をないがしろにはしない!」
「申し開きは法廷でする事だ。
……エミリオ公爵令嬢を辱めた事、そして公爵家を陰謀の輩と貶めた事を含めて、な」
そう言って、ディラン殿下は労るようにフランカ嬢に向き直り
「エミリオ公爵令嬢。弟の無礼、改めて国王を通じてお詫びする。しかしながら、未だ嫌疑は拭えない。聴取をおって行うが宜しいですか」
フランカは、金の髪束を左に垂らし、その怜悧な顔をほころばせて、
「仰せのままに。……殿下、感謝いたします」
と淑女の礼をとりました。
ほう、というため息がどこからか漏れました。この波乱の場にあってもフランカの凛とした美しさは何ら損なうことなく輝いておりましたから。
それでも、退場を促された彼女は、震える手を私に委ねて、小さくこう言ったのです。
(あの人の裏切りを認めた日から、この日が来るのは分かっていても良かったのに……どうにかなると待っていた私が甘かったのね……時が戻るならどんなにか……)
それは彼女とジェイ殿下の歩みをずっと間近にしていた私にしか分からない言葉の重みでした。
時が戻るなら……