とある屋敷にて 【月夜譚No.96】
お菓子を摘まむ彼の手が、震えている。緊張しているのだろう。当然だ。
彼の正面に座った青年がティーカップに手をかけて小さな音を立てただけで、彼はびくりと肩を聳やかせた。拍子に取り落としたクッキーを拾い、何度も頭を下げる。
その様子が見るに堪えなくて、青年はボディーガードのように背後に立っていた厳つい男に下がるように伝えた。男がいなくなると、部屋が広くなったように感じられ、本人には放っているつもりはないのだろうが、空気が重くなるような威圧感もなくなった。
幾分か彼の表情も柔らかくなる。だが緊張の大部分は拭えないらしく、咥えたクッキーはなかなか減らない。
彼がこの屋敷にやってきたのは、数分前。切羽詰まったようなその表情にひとまず招き入れたが、一体彼の身に何が起こったのか、青年にはまだ分からない。
青年はその細い指先でティーカップの縁をなぞると、一呼吸おいてから彼にここに来た理由を説明するよう促した。
彼は齧っていたクッキーをソーサーに置いてから紅茶を口に含み、それからゆっくりと口を開いた。
彼から聴いた話に目を丸くした青年は、しかしこれから対峙するであろう問題に不敵な笑みを浮かべた。




