8 図書館にて
魔法というのは複雑怪奇なものだというのが一般の印象らしい。
確かに魔法が使える人間は限られているし、割合にすればほんの一握りだ。魔法というものを知らない人がほとんどだし、そんな世間一般から見ればよく分からない世界だろう。
実際、魔法は精神世界の延長上に存在する魔法世界というか、魔法の空間にアクセスできる人間にしか使えない。上手く自分の中に魔法空間をイメージできて、そこに辿り着けないといけないのだ。
魔法世界というとメルヘンな、あるいはファンタジーな世界を想像する人が多いが、それは間違いで、実際は空間一面に文字の羅列が浮かんでいるだけの世界である。しかも、広大だ。
一冊の本にランダムの古代文字が書かれているとして、意味不明に思える古代文字の羅列を拾っていくと、稀に意味のある言葉にたどり着く。
それと同じで魔法空間にある文字の羅列から呪文を拾っていき、呪文が完成したとき、その身に力が降りてきて、魔法が発動するのだ。
つまり魔法を覚えると言うことは、文字の羅列の配置を覚えるということだ。
魔法空間が認識できる者にとっては共通の空間の文字の羅列から、魔法の呪文となる羅列を探し出す。これを空間にアクセスできる人同士、例えば別の魔法使いに伝えて、その魔法使いがその呪文を読み取れば、同じ魔法が使えるというわけだ。
魔法を研究する人間は、日々、空間の中から繋がる文字の羅列を探し出す作業をしている。そして、見つけ出せれば魔法局に申請して、認められれば魔法の発明者として登録される。
こうして、魔法の著作権が発生する。
魔法を使用するために、権利者に習ったり、使用料を払ったりするのだ。もちろん、古くから伝わる魔法や公共性などを考えて、著作権フリーのものや、権利切れとなって自由に使える魔法も存在するが、半分くらいは権利が設定されている。
魔法空間を監視すれば、魔法の発動の履歴などが分かってしまうため、誤魔化しは利かないし、魔法局のような専門機関がその監視を行っている。平たく言うと、そうやって著作権を管理し、必要に応じた契約や著作権料徴収の仲立ち代行を行っている。
現在、ノヴロが行っている仕事もその類いの内容で、勇者達が申告した習得済み魔法について著作権を確認し、予定の使用頻度に応じて使用申請をするための準備だった。公務員が無断で他人の魔法を使うわけにはいかないのだ。
行政府の建物の並び、王宮とは反対側に大きな平屋のレンガ造りの王立図書館でノヴロは本の山に埋もれ、遭難しそうになっていた。
他には利用客らしい人影はなく、ノヴロがひとりで机や部屋を占領している。
「いや、まじであいつ、いつの間にこんなに魔法を覚えやがったんだ……」
職場では一番年下ということもあって、いつもは綺麗な言葉遣いで丁寧語を操るノヴロは、図書館の長机に突っ伏して悪態をついた。
独り言だ。
今回勇者になった魔道士のブルアは学生時代の同級生で、それなりに付き合いのあった友達である。もともと魔道士としては優秀で、使える魔法も学生としては多かったが、学校を卒業してしばらく経った現在、その使用可能魔法は数百種に及んでいた。
その魔法の一つ一つを、発明者をチェックし、発明者の没年をチェックし、著作権の状態をチェックするのだ。さすがに気の遠くなる作業だった。
「お疲れのようですね」
気が付けば、白い清潔そうなリネンのシャツを身につけた、顔なじみの男性司書が隣に立っていた。笑みを浮かべながらも少し心配そうにノヴロの方をのぞき込んでくる。
「ああ、すみません散らかしちゃって」
「お気になさらず。他に必要な書籍があればお探ししますよ?遠慮なく言ってください」
人が他に居ないとはいえ、図書館でのマナーはあるからと、二人はヒソヒソと会話を続ける。
「しかし、優秀な人間てのは物覚えがいいんですね」
ノヴロはページを繰りながら人ごとのように言った。
「ノヴロさんも十分優秀だと思いますが?」
「またまた、いいんですよ。褒めても何も出ませんし」
ノヴロは照れ隠し半分、本音半分といった感じで手を横に振る。
「私たち司書も本がどこにあるかをある程度は覚えていますが……どこにあるのかっていうのは覚えるコツがあるんですよ」
「へぇ?というと?」
「分類っていうのがあって、三桁の数字で管理するんです。大分類、中分類、小分類。たとえば、小説は九番、小説の中の現代物は三番、最後に国内物が一番、で三九一という三桁である程度絞れますよ?」
「なるほど。魔法もそれくらい呪文の構成がわかりやすければね」
「難しいんですか?」
「今のところ研究者達が言うには、ランダムの文字列から呪文を探すような状態なんですよ。運が要りますね」
司書は肩を竦めた。
「それじゃあまるで宝探しですね」
「おっしゃるとおりですよ」
「ごゆっくりなさってください」
司書は軽く手を挙げると、自分の仕事に戻っていった。ノヴロも再び仕事を続ける。
しばらくして陽が傾き始め、ノヴロの背丈の倍はある巨大な窓ガラスから夕陽が射し込み、館内をオレンジに染め始めた。
ノヴロは開いていた本を閉じて、大きく伸びをする。
「まあ、この仕事をしていれば得るものもあるし……」
実際のところ、ノヴロには野望というほどではないが、目標があった。それは、支援室に配属にる前から漠然と思っていたことだったが、支援室で仕事を始めてから具体的になった。
さらに、先ほどの司書との話で漠然ともう一つの目標も形を取り始めた。
「頑張らないとな」
独り言を呟いてから、次の本を探すために椅子から立ち上がり、背後にある膨大な書架の森に踏み入った。




