39 男二人
下町の小さな酒場は、今日も賑わっていた。
大通りから一本だけ入った路地に面していて、夜でも治安はよい方だった。カウンター席といくつかの丸テーブルがあったが、それとは別に、奥の方に一見ではそれとは分からない小さな階段があって、中二階のような座敷が備えられている。
低めの壁に囲まれたベランダのような空間だが、常連のための席で、一階の席からは壁に遮られて中は見えない。
密談には持って来いの席だった。現に今も二人の男性が、絨毯の引かれた床に直に座り込んで、差し向かいで杯を傾けている。
四人も座れば満席の広さだったが、二人なので余裕はある。中央の背の低いテーブルには、いくつかの肉料理と焼かれた魚が皿に盛られて並んでいる。
作業着姿の男性が、禿げ上がった頭を撫でながら、杯を一気に飲み干した。
「なるほどな……それは鍵になるが……本当なのか?」
男は呟く。
それを見ていたもう一人の年輩の男性が、補足するように口を開いた。
「間違いないよ。本人たちにも確認は取った」
ワイシャツの襟を少し開く。
「にわかには信じられん話だが……」
「まあ、レーゴの気持ちは分かるけどね」
「ランテルノの言うことならば……まあ、少なくとも裏は取ったんだろうな……」
「そりゃね」
ランテルノは、空になったレーゴの陶器のカップに麦酒を注ぐ。
「苦労はしたけれどね。なんとか調べたよ」
「それならば、ハベノの戦線の膠着も説明がつくな」
「うん。もちろん、現場の騎士たちはなにも知らないだろうけどねえ」
ランテルノは、フォークで肉を突くと口に運んで、それから相好を崩した。
「相変わらず、美味しいなあ。これだけでもここに来た甲斐があるね」
「呑気な奴だな。俺は抜けてくるのに苦労してるんだぞ」
「それは、王者の義務だもの。僕たち庶民には関係ありません」
「ったく、相変わらずはおまえだよ」
レーゴは苦笑しながら再び杯を煽った。
「まあ、それならば、状況は悪くはない」
「そうだね」
肉を噛み切りながらランテルノが相槌を打った。
「ただ、バレるといろいろ大変そうだからね。ここだけの話だけれど」
「あたりまえだ。そのためにわざわざここまで出てきたんだ」
「苦労かけちゃったねえ」
「ふふん、白々しい」
レーゴはそう言いながらも、嬉しそうにランテルノを軽く小突いた。
「機密扱いだ。それまでは任せるぞ」
「うんうん。任せて」
レーゴは杯を置くと、ランテルノと同じくフォークを使って器用に魚を解し始めた。
「しかし、本当にいいのか?」
「なにが?」
「とぼけるな。計算の出来ないお前じゃあるまい。どう転ぶかは分からんし、なにより、信用していいのか?」
「するしかないんじゃない?腹をくくらなきゃさ。それに、レーゴも言ったじゃない」
ランテルノの言葉に手が止まったレーゴは顔を上げた。
「いかなる手段を持ってしても、魔王の脅威を排除するって」
「脅威、な……確かに……分かった、腹はくくった。今度こそ任せる」
「はいはい」
ランテルノの返事は軽かったが、レーゴは満足そうに頷いた。ランテルノはさらに続ける。
「まあ、たしかに人の恋路を利用するのは気が引けるけどね」
「駆け落ちなあ……」
「……そうだ、ついでにおねだりしちゃおう」
「……なんだ?」
レーゴの片眉がぴくりと上がる。
「大丈夫、たいしたことじゃないよ。人事関係で一人増やして欲しいんだけど」
「おまえのことだから、目星は付けてるんだろう?」
「うん、外交部の外交官が欲しいんだけれど」
「……ん……どっちだ?」
レーゴは一瞬だけ考えてから、両手の人さし指を立てて言った。ランテルノはレーゴの右手の人さし指を摘まんでから言った。
「問題児の方」
「……だと思った」
レーゴは両手を降ろした。
「わかったよ。確かにアレはあのまま外交部に置いておくより、おまえのところの方がいいだろうな」
「ありがとう。将来的にはさっきの件でも必要な人材になると思う」
「なるほど?確かにな……だが、すぐには無理だ。少しだけ時間をくれよ」
ランテルノはほろ酔い加減の朱い顔でにっこり微笑むと、レーゴの杯に三度、酒を注いだ。レーゴも肩を竦めると笑顔を浮かべて杯を受ける。
そこから、そのまま、二人はたわいのない昔話に花を咲かせはじめた。




