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3 鉱山へ行こう1

 で、三人はいま、溶岩あふれる灼熱の楽園、ミント山で熱気にやられながら足を進めていた。


「なんでクルベノさんは来ないのかな?」

「有給休暇だってよ。うちの部署は福利厚生は大切にするんだってさ」

「室長が言いそうなことね。でもまあ、間違ってはないけれど。それに向いてないとも言ってたしね」

「俺だって、ただの行政官だぜ」

「あきらめなさいな」


 ミリティストが言った。

 いつものようにハーフメイルを着けてはいるが、違うのはきちんとした鉄のすね当ての付いたブーツを履いて、剣と盾を腰にぶら下げている点だ。背中には大きな袋を背負っているが、大して重そうな様子は見せなかった。

 暑さで相当消耗しているはずだが、足取りはしっかりとしている。


「俺、昨日さ。入山手続きに行政局に行ったんだけどさ……」


 ワイシャツとズボンに薄手の上着を羽織ったコンタードは、息も絶え絶えになりながら言った。


「なに?なんの話です?」


 飄々と歩くノヴロが二人からのヘイトを集めながら聞く。

 唯一人、魔道士としての魔法が使えるノヴロは、一番暑そうなローブ姿だが、冷気を操る魔法を使って、自分一人は快適な状態で歩いているのだから、疎まれるのも当然だろう


「ちょうど人事の方にいる同期に出会ってさ、うちの室長の話を聞いたんだ」

「へえ。なんて?」


 先頭を歩くミリティストが、足を止めずに相槌を入れる。


「うちの室長って採用の時はいきなり人事担当に抜擢されて、将来を嘱望されてたんだって。それが、わりとすぐになにかがあったらしくて、資料室に異動になったらしい」

「へえ」

「そこに十年いたらしいんだけど……」


 通常、資料室勤務と言えば、仕事は資料の整理と廃棄だけで、いわば閑職である。よほどの物好きが志望したのでない限り、能力的に恵まれていない職員か、訳ありの職員が配属される部署だというのが共通の認識だった。


「……それから、歴史編纂室に異動になって七年……だったかな?」

「全部で十七年?」


 歴史編纂室も大体は資料室と同じような扱いである。

 歴史編纂室は言葉通り、王国史の編纂を目的としている。資料室と連携しながらの仕事なので、この二つの部署の間を異動するのは割と普通の人事といえる。

 ただ、問題はその続きだった。


「そこから王宮直轄の侍従官へ異動になったんだってさ」


 国王のすぐ側で働く侍従官といえば、これはエリートの一翼である。


「へ?なにその人事?」

「そんなに珍しいんですか?」


 ノヴロが訊ねた。肩で息をつきながらコンタードが答える。


「……ノヴロ、お前採用何年目だ?」

「三年目ですけど?」

「……経験が浅いし、まあ、研究職なら興味もないだろうな……」

「なんの話です?」


 ミリティストが振り返り後ろ向きに歩く。


「行政職とか軍事、技術職なんかには大体の昇進するためのコースみたいのがあるのよ。けど、資料室とか歴史編纂室はそのコースからは随分外れてる。袋小路に入るようなものね。普通はそこから華やかな行政の部署だったり、まして、王宮直轄部門への異動なんてありえないのよ」

「まあ、あったんだけどな」

「へえ、そうなんですね。室長ってああ見えて優秀なんだ」


 呑気に感心するノヴロだったが、結構失礼なことを言っている。ランテルノがいれば、何かしら口を挟んでいるだろう。


「優秀というか何があったのか、むしろ恐ろしいくらいだよ」


 コンタードが独り言のように呟く。

 再び前を向いたミリティストも肩を竦めて同意して見せた。


「あの押しの強さは厄介だもの」


 こちらも呟くように口の中でもごもごと言葉を転がした。

 目の前には荒れた岩肌の合間にいくつもの溶岩の池があって、それを縫うように少し平らになった山道が続いていた。一行が口を利く元気もなくなってきた頃、ようやく中腹の洞窟に辿り着いた。

 入口は縦に大きく裂けた亀裂のようになっていて、人の背丈の三倍はあるような大きさだった。下の方は幅も十分あって、人が並んで通れるどころか、大きめの工事のための馬車や工具も入れられそうだった。

 入口から中を覗くと、脇の暗くなったところに進入禁止の立て看板が設置されていた。

 『許可なき者の立ち入りを禁ず』

 看板の向こう側へは洞穴が続いているが、奥の方からは赤い光が見えていて、洞壁を照らしてゆらゆらとした陽炎が生まれている。


「これ、入れるのかしら?」

「絶対に暑いだろ、っていうか()()だろう」

「大丈夫ですよ?暑くないし」


 ミリティストは無言でノヴロの頭を叩く。


「ぽんぽん人の頭を叩かないでくださいよ」

「ひとりで涼みやがって」

「一緒に涼みます?」

「出来るの?」

「もちろん。出来ますよ。範囲魔法ですから」


 再び頭を叩くいい音がする。


「だったら早くやれよ」

「もう。バカになったらどうするんですか」

「それ以上なりようなんかねえよ」


 ノヴロはぶつぶつと文句を呟いていたが、すぐにローブの懐から小さな宝石の付いた指輪を取り出すと、右のてのひらに握り込んだ。

 一瞬、手の内が青く光ったと思うと、突然、冷気が三人を包み込んだ。


「あ、涼しい。なによ、こんなの独り占めしてたの?」

「魔法を掛けろって言わなかったじゃないですか」


 ノヴロが抗議するが、コンタードは黙って肩を竦めた。


「とりあえず、進もうぜ。明日には戻らなきゃならないんだ」


 その言葉にミリティストが頷いてから再び先頭を歩き出す。

 洞窟の中を進むと、急に天井は高くなり、幅も広がった。左側へ緩やかなカーブを描きながら下ってゆく。やがて左手の壁がなくなり、遙か地下の方で溶岩が輝いているのが見える。

 洞窟の中はその真っ赤になって煮えたぎる溶岩のおかげで、明かりがいらない。むしろ眩しいくらいの明るさだった。

 ごぽごぽと煮えたぎる音が上がっている。。

 そのまま道なりに進むと今度は急に洞窟が右へ曲がって狭くなる。左手に再び壁が現れ、三人が並んで歩いてギリギリというくらいまで幅が狭くなり、天井が低くなった。

 徐々に明かりが届かなくなり暗くなり始めたところで、コンタードが荷物から松明を取り出し、火打ち石で明かりを灯した。

 先ほどの輝くような光から暖かな柔らかい光へと変わる。


「このあたりから坑道だったんだな」


 天井に入れられた梁の補強を見てコンタードが言った。いくつかの分かれ道と共に、採掘のための台車やシャベルといった道具が散乱しているのが見え始める。中には道具と一緒に石ころも多数転がっていた。


「これは?」

「んー鉄鉱石と、こっちは銅だな。黄銅か?」


 ミリティストの問いに、松明で石を照らしたコンタードが答える。


「たくさん転がってますよ?魔法石もあるみたいですね」

「昨日申請の時に、担当者が先月から休山したって言ってたんだけどな。別に枯渇したってわけではないのかな……やっぱり労働者が逃げ出したのかな?」

「なんだか……胸騒ぎがするわね」


 ミリティストがそう言ったとき、突然、男性の甲高い声が洞窟内に響いた。

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