38 貸し借り
出発までの時間があと少しと押し迫った頃、ノヴロは自分にあてがわれた机に着いて、ひたすらペンを走らせていた。
表情は真剣で、近くで出張申請の書類を作成していたコンタードがそれに気が付き、ノヴロに向かって言った。
「どうしたんだお前。随分と真剣になんかしてるな?」
「ええ、計算をしてるんです」
羊皮紙にペンを走らせ続けるノヴロは、コンタードに向けて顔も上げずに言った。
「計算?なんの?」
コンタードは、自分の仕事の手を止めてから訊ねた。
「費用の計算ですよ」
ノヴロが、珍しく少しだけ苛ついたように答える。
「おまえ、どうしたんだ?珍しく苛ついてんな?カフォでも飲むか?」
「あ、すみません。ありがとうございます」
コンタードは茶箪笥からカップを取り出し、作り置き用のポットに入ったカフォを注いだ。自分の物も用意する。
「まあ、忙しいのは分かるけど落ち着けよ」
「すみません」
再び詫びを入れたノヴロは、ペンを置くと首を軽く回し、大きくため息をついた。
「で、計算って何の計算してるんだ?」
コンタードが手元をのぞき込む。
「実は、そろそろ支払いの時期なんで計算してるんですけど……」
「だから、なんの?」
「魔法の使用料です……」
「使用料?魔法の?」
「そうです。費用として計算してるんですよ」
コンタードが素っ頓狂な声を上げ、ノヴロが落ち着いた声で答えた。
「魔法の著作権のお話はしたと思いますが……当然、使用したら魔法局にお金を納めなきゃいけないんです」
「それは……難儀な……」
「もちろん、全部じゃないんですよ。この間の古代文字の翻訳魔法とかは、権利フリーですから掛かりませんが、戦闘で使ったいくつかの魔法は、権利が余所にあるんです。もちろん許諾は取ってますけど……」
とノヴロは続けた。
「いくら位するんだ?」
「それが……これくらいです」
ノヴロの手元の計算用紙には、ちょっとした田舎の民家が土地付きで買えるくらいの金額が記されていた。
「おま……それ……」
「この間、石工ギルドの依頼で採石場に行ったとき、うっかり場の雰囲気に呑まれて使っちゃったのがマズかったんですよね」
「ああ、氷の矢とか石の矢とか……」
ノヴロは首を横に振った。
「ん?じゃあ、あの炎を防いだやつか?」
「いいえ、扉の鍵を開いた、アレです」
「ん……ん……ああ……ええ!?あれが?」
「そうなんです。あれ、この間に発見されたばかりの新作で、高いんですよね」
ノヴロが肩を落として言った。
「これ、経費で落ちますよねえ」
「あ、ああ、どうだろう」
コンタードとノヴロは、そっとクルベノの席の方へ視線を送る。
と、計算尺を弄っていたクルベノは、表情を消したまま大きく首を横に振った。
「……予算がありません」
「……いや、まだ、金額は伝えてないですよね」
ノヴロが訝しそうに言うと、クルベノは一枚の羊皮紙を持ち上げて、ノヴロたちの方へ向けた。そして、空いた手で自分の机を指さした。
「これは……」
コンタードは一瞬目を細めて、それから内容を理解する。クルベノの机の上にあるのは、魔法の権利料の一覧が載った書籍だった。報告書を読んで、計算してあったらしい。
「経理担当実務者必携『魔法権利便覧最新版』?……さすがだなあ……」
コンタードが半ば呆れたようにクルベノに賞賛を送ると、クルベノは腰に手を当てて胸を張った。どうやら少し誇らしいらしい。
「……さすがにその値段は高いです」
クルベノはそう呟いた。
「……どうしよう」
ノヴロは頭を抱えると、うなり始めた。
「……踏み倒しちまえよ。どうせ使ったかどうかなんてわかんないんだろう?」
コンタードが意識的に明るい声でそう言ったが、ノヴロはまたしても首振る。
「だめですよ。ちゃんと魔法空間に痕跡が残るんです。使用者の履歴と一緒に」
「……マジか……便利なだけじゃないんだな」
「そうですよ。魔法局が記録を取ってますから、無理ですよ。徴収も魔法局が代行して還元されてます。踏み倒したらなにされるかわかりませんし」
コンタードたちが揃ってため息をつく。
と、そのタイミングでカフォを片手に書類を決裁していたランテルノが口を開いた。
「いいよ。クルベノ君。投資用の予算があったでしょ。あれから支出してあげて」
「……いいんですか?投資に少し影響が出るかもしれません?」
「ああ、そこは大丈夫だよ」
ランテルノはカップを机の上に置いた。
「ノヴロくーん。ものは相談なんだけど……」
そう言うとランテルノは立ち上がり、ノヴロを捕まえて後ろから肩に手を回した。
「君も自作の魔法がいくつかあったよね」
「ええ、まあ……」
「じゃあ、今回のは貸しにしとくから、その魔法の利用料で回収してくれる?」
「そ、それは……」
「もちろん全部じゃなくていいよ?八割……七割かな?」
「……五割なら……」
「決まりね」
ランテルノが肩を離す。コンタードは眉をひそめてから、ノヴロに聞いた。
「ちなみにどんな魔法があるんだ?」
「ええと、まあ、普通の灯りを出す魔法だったり、戦闘用の魔法をいくつか……」
コンタードは肩を竦めた。
「使用料なんて入るのかねえ」
「彼は研究職採用だからね……新作魔法の権利は国に取られないから自分の物になるけど、少なくとも魔法局に対して魔法の開発は秘匿できない。公益性が認められれば、広く普及させなけりゃならない義務があるんだ」
ランテルノはそう言うと、クルベノの机にあった先程の魔法便覧を手に取った。ページをめくっていく。
「うんうん、ノヴロ君の作った灯りの魔法は、省エネ性が高くて魔力消費を抑えてるし、明るさもいいらしいね。これから普及していく可能性大だってさ」
「……室長、それ知ってたんでしょう。ノヴロも仕事で使ったのになぁ……」
コンタードがいつものよう、にランテルノにジト目を向けた。
「さてさて、なんのことやら……なに?この広域破砕魔法って……」
「軍事転用予定の魔法です。攻城戦やら野戦向きなので、軍と騎士団から使用申請が来てましたね」
「……マジか……」
コンタードが、少し引いたような声を出す。
「うんうん、そいつが上手くいけば、魔王軍に対抗できるし、うちは儲かるし、いいことづくめだね。あとでユーロさんに公正証書を作ってもらおうね」
ランテルノがウキウキの様子で言った。
ノヴロは大きくため息を着くと、頭を大きく振る。コンタードが慰めるように、そっと肩に手を置くのだった。




