2 初仕事
次の日。
魔王対策支援室に出勤してきた面々に、ランテルノは言った。
「今日からよろしくね。さっそくだけれど、本室の特別対策室長と相談して、今日は昨日の計画通りに勇者達の身分証明書の準備をすることにしました」
「わかりました」
ミリティストがハキハキと答えた。
「と、その前に……これ、辞令の交付ね」
そう言ってランテルノは、机の上の書類の山を無造作に漁ると、羊皮紙を三枚取り出した。
「本当はもっと偉い人から渡さなくちゃいけないんだけどねえ……いいよね?」
誰に聞いているのかは全くわからない。
コンタードとノヴロは顔を見合わせると、二人とも肩を竦めた。ミリティストも呆れたように頭を振っている。
「それじゃあね、三人とも国王府外交部特別対策室別室勤務を命じます。よしと、これで三人とも晴れてここで仕事が出来るわけだね」
随分と略式で型破りだったが、羊皮紙が三人に渡された。というか、投げやりな感じでもあった。
「よろしくお願いします」
三人は三様に挨拶をしながら頭を下げる。ランテルノは満足そうに頷いた。
自席で書類を片付け始めていたクルベノは、手を止めると無言で立ち上がって丁寧にお辞儀をし、再び席に着くと書類仕事に戻った。
「それで、身分証明書ですが……カードですか?」
各自割り当てられた席に着いたところで、コンタードは懐をまさぐって一枚のカードを取り出して見せた。それは、彼自身の身分証明書で、シルバーに鈍く光る金属のプレートに名前と所属が刻まれていた。大きくレグーノ王国の紋章が刻まれている。
「うーん。公務員扱いだからカードタイプでいいと思うんだけど、国定勇者だから普通の金属プレートで作るのもねぇ?」
「黄金でも使いますか?」
ノヴロが冗談ともとれない声色で答える。寡黙に書類を処理していたクルベノが突然顔を上げた。
「……予算がありません」
静かな気配のままだが、キッパリと言った。意外にしっかりとした反対の返事に戸惑う三人。ランテルノだけは変わらずニコニコとしている。
「いやだなあ。冗談ですよ。第一、勇者の品格に関わりますよね」
打ち消すように言い出したノヴロが、両手を振りながら言った。
「いいアイデアだと思うけどね。黄金で品が無いとは言わないけれど、まあ、面白くないよね」
「そこが基準ですか?」
「面白いかは大事だよ」
コンタードが突っ込むがランテルノは気にする風もなかった。
「そりゃ、大事ですよね」
「さすがノヴロ君、分かってる。君はいけるクチだねえ」
意気投合する二人。
ミリティストもコンタードも呆気にとられている。
「で、黄金じゃないとすると、何がいいんですか?」
ミリティストがため息をついて、少し自棄気味に言った。
「普通の金属でもいい気はしますけど……どうしますか?黄金を使いますか?それともアダマンタイトでも使いますか?」
これは失言だった。
「あ、それいいね。アダマンタイト。さすがミリ君。冴えてるね」
アダマンタイトと言えば、現在発見されている金属の中でもトップクラスの高度を持つ金属で、希少価値も高い。
ランテルノの目が輝き、コンタードとミリティストがしまったという顔をする。二人はなにか嫌な予感を感じ取ったのだ。ノヴロはきょとんとしている。
「いやいや、無理でしょう。手に入らないですよ。というか、手に入っても高いですよ。クルベノさん、うちの部署はお金が無いんでしょ?」
慌てたコンタードが咳き込むように遮った。クルベノは顔を上げると、コンタードの方を見て同意するように軽く頷いた。
「ほら、無理ですよ」
「うむ。残念だなあ。どうにかならないかなあ……」
内心で胸をなで下ろしたコンコードが軽くミリティストを睨むと、彼女はすまなさそうに目を瞑った。
ランテルノは壁際の自分の席に座ると、椅子の背もたれに背中を預けて、机に脚を上げた。酷く行儀が悪く見えるが、誰も突っ込まない。
「んー、武器とか防具とかの装備品は、王国軍の上級士官の装備を流用して予算浮かすから、その浮いた分でどうにかならないかなあ」
上級士官と言っても騎士では無い、一般の兵士だ。装備は鉄で出来たハーフアーマーと片手で振ることができる鉄製のロングソードぐらいのもので、少しだけ装飾が煌びやかになっている。
流用と言えば聞こえはいいが、ミリティストとコンタードには、ランテルノがちょろまかしてくる姿がありありと浮かぶ。
「……焼け石に水です」
クルベノが言った。完全に手を止めて話に参加している。
「……材料費もですが、加工にかかる費用も外注するとバカにならないのでは?」
「あーそこは大丈夫かな、たぶん。王国軍の装備部に腕のいいドワーフの職人さんがいるから、頼もうかなって。軍の職員で仕事の範疇にしてもらえるから、給料の範囲内だよ」
「範疇にしてもらえるんですか?」
「してもらうよ?」
コンタードが訊ねると、ランテルノは事もなげに言った。いや、事もなげにじゃないだろう……とコンタードが心の中で毒づき、ミリティストは嫌な予感が頭から離れず、抵抗を試みる。
「でもやっぱり材料が手に入らないんなら……」
「そういえば、北のミント山の中腹に鉱山がありませんでした?アダマンタイトではなかったも知れないですけど」
ミリティストの言葉を遮り、大きな一太刀を振るった伏兵はノヴロだった。思わずミリティストの手が頭へ飛ぶ。
「あいた!」
頭を叩かれ、軽く睨まれたノヴロだったが、なぜ叩かれたのかはいまいち、ピンときていないようだ。
だが、ランテルノは破顔した。
「いいねえ。あるある。そういえば、この間ヒヒイロカネの鉱脈が出たんだってね」
ヒヒイロカネといえば、アダマンタイトにも負けず劣らず希少価値の高い金属で、硬度ではアダマンタイトにやや劣るが、軽いことと、何より魔法との相性の良さはアダマンタイトを上回っている特殊な金属だ。
「この際、ヒヒイロカネもいいねえ」
嬉しそうに捲し立てるランテルノにコンタードとミリティストは困惑の表情を浮かべている。
ノヴロはなんで叩かれたのかをさっぱり理解できず、首を捻っているのだった。
「でも、ミント山っていえばかなり険しい山ですよね。鉱山も環境が厳しすぎて、ベテランの鉱夫でも長くは持たないとか」
「持たないどころか、今は居ないらしいね。みんな辞めちゃったとか」
「……じゃあ、だれがどうやって……」
「もちろん君たちだよ?他に誰が行くのかな?」
ランテルノは僕たちとは言わなかった。コンタードががっくりとうなだれる。
なんとなく、この流れを予感していたのだ。それはミリティストも同様だった。
「自分たちで採掘すれば予算の問題はクリア。都合のいいことにあの鉱山は王国で管理してるから採掘権も問題なさそうだし、みんないいアイデアを出すなあ。クルベノ君、どう?」
「……三人を二泊三日で派遣する程度なら旅費が出せます」
「ミント山ならその期間で大丈夫でしょ。決まりね。僕は仕事があるし、クルベノ君も向いてなさそうだし、君ら三人で明日から頼むね」
ランテルノは上機嫌で言った。
「コンタード君。行政局だったから要領は分かるよね?鉱山の入山と採掘の申請しといてね」
「僕らは冒険者じゃないですよ?」
「大丈夫、公務員だからギルド登録なしで冒険者と同じ活動が出来るから」
「いや、そこの心配じゃなくて」
「ミリ君は剣の腕は間違いないし、ノヴロ君の魔法もある。出張くらいこなせないと、今後いろいろ響くよ?」
意地の悪い答えだった。世が世ならパワハラと言ってもいいかもしれない。
コンタードは苦渋の表情でうなだれる。
「……わかりました……」
敗北宣言だった。別に戦っているつもりはなかっただろうが。
ミリティストは息を吐くと、ぱんと気持ちのいい音を立ててひとつ手を打った。
「じゃあ、食料と装備を支度しましょう。軍の輜重課で借りられる物は借り出してきます」
気持ちの切り替えが早い。武官らしく、事態への対処が早くタフなのだ。
「さすが、ミリ君は行動が気持ちいいねえ。それじゃ、行ってらっしゃい」
ランテルノのは近所にでも出かけるかのように、軽く言った。




