28 採石場 発見
作業場の中央を抜け、事務室の向かいにある大きな壁の麓に向かって歩く。緊張した面持ちで歩き、倉庫の扉の前で止まった。近くでよく見ると、木製の分厚い扉は傷がたくさんついていて、そのほとんどは刀傷のようだった。
コンタードが拾った剣を試しに傷に当ててみると、その傷跡と黒曜石の剣の太さが一致した。
「どういうことかしら?」
ミリティストが囁くような小さな声で言った。
「どうって?」
「あれだけ傷を付けて、開けられなかったのかしら?」
「そうか、中から誰かが抵抗して、開かないようにしてたのか?」
扉についた傷は深く、扉を両断しそうな規模でついていたし、ノブや留め金も衝撃で緩んでしまっている。対抗する措置がなければ、単純に扉は破壊されているだろうと思えるくらいぼろぼろだった。
コンタードは音を立てないように扉に張り付くと、刀傷で出来た穴から中をのぞき込む。しかし、中は暗くなにも見えなかった。ミリティストとノヴロにひとつ頷くと、コンタードはノブに手を掛けて静かに回したが、ノブは回らない。
ノヴロがそっと杖を持った左手をコンタードの手に添える。
一瞬柔らかい光がドアノブを包み込むと、コトリと音がしてノブの抵抗がなくなった。どうやらノヴロが開錠の魔法を使ったらしい。
そのまま丸い鉄のドアノブを回すと、今度は扉が静かに開いた。
目の前に細い光の筋が現れ、線は面に変わり、部屋の中に外の光が射し込んだ。が、すぐ正面にはバリケードのように、小さな石材や箱が積み重ねられていた。マエスノが無言で、石材やらを下ろしていくと、人が通れるほどの通路ができた。
倉庫の中はたくさんの樽と石材が納められていた。石切場から切り出されて出荷を待つ石材と、樽に入った日用品が積み上げられて並んでいる。
「これは……修理分の石材くらいは余裕で確保できそうだな」
コンタードがひとり呟くと、マエスノが同意するように頷いた。と、だんだん目が慣れてきたとき、コンタードは部屋の隅にうずくまる影に気が付いた。
「ミリティスト、誰かいるぞ!」
警戒を発するコンタードに、ミリティストは剣を抜いて答える。警戒する四人だったが、その人影は動かない。
目を凝らしてみると、その人影は二〇才くらいの若い二人の男女だった。
「誰?」
不安そうな声でその人影は訊ねてきた。
「王国の行政官とその仲間です。武官もいますが……大丈夫ですか?」
コンタードは力強く、そう言った。扉から一番遠い壁側にいた二人の内、女性がゆっくりと立ち上がった。
ホッとしたように息を吐き出す。真っ赤な髪に加えて印象的なのが紅玉のように美しく透明感のある赤い瞳だった。
「外の魔物は……?」
「大丈夫ですよ。我々が退けました」
「……ありがとうございます」
今度はその女性の隣にいた青年だった。女性とは対照的に、黄金のように金色に染まった瞳と、濃く明るい忙し青い髪の毛だ。質素な服にぼろぼろの革の鎧を纏っている。
女性は埃で汚れてしまったワンピースを着ている。
どうやら、先ほどのダイモーンが騒いでいたのはこの二人が原因のようだった。
「立てますか?」
「なんとか。あの魔物に襲われてここに隠れたんですが、なかなか去ってくれなくて困っていたんです。ありがとうございました」
「いえ、これも公務の内でしょうから」
コンタードが答える。
「公務?」
「先程も言いましたが我々は国の者です。魔王対策支援室の行政官です……ところで、なんでこんな山の上に?」
「ああ、そうですね。実はここにある石材をとりに来たんですが……脱出できずに一週間閉じ込められてました」
女性が言う。
「一時的に魔物の姿が見えなくなることはあったんですが、脱出しようとするとどこからか現れて襲われて……」
「大変でしたね」
ミリティストが優しく言った。そして、自分の荷物から水筒を取り出すと、器に水を入れて女性に渡した。
受け取った女性は微笑んでから、美味しそうに飲み干した。
「ありがとうございます。食料はここにあったのでなんとかなりましたが、水が尽きそうだったので……」
ミリティストはもう一杯用意すると、もう一人の男性の方へ差し出した。男性も大事そうに器を受け取ると、水に口を付けた。
「ありがとうございました」
男はかすれかけた声で言った。
「お二人のお名前を伺っても?」
「あ、申し遅れました。私はアーマ。彼はスサです」
アーマが名乗り、スサも横で頭を下げる。
「ところで、ここへはどうして?石材を取りに来たと言ったが、うちの商会では見ない顔だが?」
マエスノが少し厳しい表情を見せる。
「まさか、盗みでは?」
「違います……けど、すみません、正直に話します」
アーマが俯きながらぼそりと言った。
「私たちは幼なじみなんですが、昔から将来を誓い合った中でした……ところが家がそれぞれに勝手に許嫁を決めてしまい……」
「お二人は貴族ですか?」
「いえ、そういうわけでは。ただ彼の家は村の顔役で、それこそ貴族の方と縁談を。私の父は商人なんですが、商売の繋がりで……」
「それで駆け落ちしたんですねえ」
ノヴロが呑気な声を上げ、ミリティストに軽く叩かれた。
「そうです。二人で村を逃げ出したものの、追っ手は掛かるのに行く先もなく……それで、無人になっていると噂を聞いてここへ」
「そうですか。それは泥棒呼ばわりして失礼した」
マエスノが素直に頭を下げた。
アーマが慌てて両手を振り、スサも少し驚いた顔をしている。マエスノは実直なのだ。
「どちらの村から来られたんですか?」
コンタードが訊ねた。
「ハベノの近くのハマの村です」
「それは随分遠い……」
ミリティストが呟いた。と、突然アーマがミリティストの手を取った。
「行政の方と言われましたが、助けてもらえませんか?」
「え?」
「私たち行く先がないんです。村にも帰れませんし、何でもして働きますので、王都まで連れて行ってもらえませんか?」
「いや、それは……」
「無理なら自分たちで仕事は見つけますから、せめて連れて行っていただくだけでも……」
「……お願いします」
ほとんどなにも喋っていなかったスサも、懇願するように床に手をついて頭を下げた。
ミリティストは手を握られたまま、傍らに立ったコンタードを見た。
コンタードは渋い顔をしたが、少し思案顔を見せる。やがて、ミリティストに肩を竦めて返した。
ノヴロは横でニコニコしている。
「どうか、お願いします」
「……まあまあ、とりあえず顔を上げて」
コンタードが耐えきれなくなって言った。
「正直、お約束は出来ませんけど、とりあえず、王都まではお連れしましょう。あとはうちの偉い人に任せます」
この場合、偉い人とはもちろんランテルノのことであるが、アーマとスサの二人は知らない。コンタードもミリティストも、なんとかなるだろうくらいにしか思えなかったが、ある意味、それは一番の信頼の証でもあるだろう。
二人は歓喜すると、倒れ込むように頭を下げて、
「ありがとうございます」
と連呼した。
コンタードは困ったように頭を掻きながら言った。
「とりあえず、俺はマエスノさんとストノ商会に寄ってから帰る。報告しなけりゃいけないしな。早馬を借りるよ。マエスノさん、いいですよね?」
「さっきの魔物を退治したので、当面は大丈夫でしょう」
マエスノは大きく頷いた。ミリティストも頷いてみせる。
「じゃあ、私たちは、街まで降りたらさきに王都へ帰るわね」
「ああ、室長によろしく」
「わかったわ」
こうして、忙しなかった三人の出張は終わった。




