1 顔合わせ
見渡す限り、視界は岩石で一杯だった。
噴煙で頭上に広がるはずの青空は見えず、ただ少し遠くでごぽごぽと音を立てる溶岩が臭気と熱気を放っていた。
鉄の鎧とショートソードを着けた女性が汗を拭いながら、だだひたすら足を進めている。その後ろには暑苦しそうなローブを着込んでいるが、涼しそうな顔のまま飄々と着いてくる若い男と、今にも倒れそうになりながら最後尾をうなだれて歩くこちらも若い男性。
ぶつぶつとなにやら呟きながら歩いている。
「……くそ……なんでこんな……こんなの俺たちの仕事じゃ無いだろう……」
「ああ、もう、気持ちは分かるけど、我慢しなよ」
女性が振り返らずに言う。
最後尾の男が白いワイシャツの袖を捲りながら声を掛ける。
「これ、なんか騙されてない?俺たち文官だぜ。まあ、あんたは騎士だから苦にならないかも知れないけど」
「そんなことはない。暑いものは暑いわよ」
「そうかな?暑いですか?」
ローブ姿の男が言った途端、不穏な空気が流れ、女性が剣に手を掛けながらこめかみに青筋を浮かべる。
「おまえは黙ってろ。一人だけ魔法で涼みやがって」
後ろからワイシャツの男が石を投げつけるが当たらない。
「とにかく、地図の通りならもう少し登れば坑道に辿り着くんだろ?」
「たぶん。間違ってないとは思いますけど」
文字通り涼しげな顔をしたままローブの男が答えた。
「おまえは……」
「いや、僕だって歩き詰めで疲れてはいるんですよ?」
「嘘つけ」
男同士のやり取りを聞いていた女性は、イライラが頂点に達したのだろうか。突然立ち止まると、そのまま天を仰いだ。
「どうして、こうなった!!」
その叫びは山々に木霊し、山中を駆け巡った。
どうしてこの三人は危険な山の中を彷徨うことになったのか。時間は少し遡る。
「というわけで、君たちに集まってもらったわけなんだが」
「すみません、何が『というわけ』なのかが、さっぱり分かりませんが」
部屋の中央に立つ年配の男の言葉に、ワイシャツに黒いズボン姿の若い男が言った。
ここは石造りの建物の四階の一室で、部屋の中は割と広く、机や椅子が中央に並んでいる。部屋の南側に作られた窓からは麗らかな陽射しが射し込み、部屋の中を柔らかな光で包み込んでいる。
「ええと、君がコンタード君ね」
「そうです。総務庁総合行政局の事務官です」
コンタードはすらすらと答えた。
「うんうん。分からないだろうね。でも、これから分かるよ。僕はランテルノです。この度、王室直轄の国王府外交部特別対策室別室の室長を拝命しました。で、君たちは僕の部下になります」
「はい?」
その場に集まっていた人たちから声が上がる。
ランテルノを除くと男性二人と女性が二人で、全員が一様に若い。ランテルノは入口から一番遠い壁の前で、立ったままファイルを手元に説明を続けた。
「別名『魔王対策支援室』です。であなたたちは明日付でここに異動になります」
「いやいやいや、ちょっと待ってください」
声を上げたのは革の胸当てにショートソードを佩いた、金色の短髪で快活な印象を与える女性、ミリティストだった。典型的なレグーノ王国の武官の出で立ちだ。
「私はここで会議があるから出席するように言われただけですよ?」
「そうだよ?いま会議してるよね?」
ランテルノは白髪の交じった針金のような髪の毛を撫でながら事も無げに言った。
「はーい」
紺色のローブに身を包んだ男性が手を挙げる。
「ええと、君は……魔法局のノヴロ君だね。どうぞ?」
「つまり、僕たちはこのナントカ別室の……」
「魔王対策支援室でいいよ」
「その支援室の所属に抜擢されたと言うことですか?」
「いいね。前向きだね……正確には一人だけ、すで異動になっているけど。紹介しとくね」
ランテルノはそう言って、すぐ手前の席に座っていた、シンプルなワンピース姿の女性を左の手のひらで指した。
「彼女は財務局会計課からおととい異動してきたクルベノ・インテラクタード会計官。経理関係は任せてるからよろしくね」
クルベノは掛けていた銀縁の眼鏡を右手で触りながら、無言のままお辞儀した。なにやら、得体の知れない強い圧力を感じるお辞儀だった。
「よ……よろしく」
武官のミリティストが気圧されたように言った。それから、ため息をつくとランテルノに顔を向けた。
「もう、実質私たちの所属はあなたの……室長?……でしたっけ……」
ランテルノが満足そうに頷いて続きを促す。
「……室長の配下に組み込まれてるんですね」
ミリティストは諦めたように言った。
「そう。諦めのいい子は嫌いじゃないよ。軍の中でも君は将来を嘱望されてる優秀な騎士兼兵士の一人だから、引っ張ってくるのに苦労しちゃったよ。でも、悪いようにはしないから、よろしくね」
ランテルノが手を差し出し、少し離れた席で椅子にもたれていたミリティストは上半身を起こすと、その手を軽く握り返した。
ただでさえ細いランテルノの目がさらに細くなる。
「長いですからミリとお呼びいただいて結構です。先ほどの言葉忘れませんよ」
「いいよ。しっかり覚えてて……改めて言うけど君たちはこの魔王対策支援室の所属となります。仕事は魔王対策全般……と言いたいところだけれど、とりあえずは勇者の支援がメインです。勇者が魔王を倒せるようにバックアップします……ちょっと失礼するよ」
ランテルノは島のようにきっちりと並べられた机のうちの一つに落ち着くと、ファイルを机上に広げた。
「この間、募集がかかってましたけど勇者はもう決まったんですか?」
クルベノの向かいに座っていたコンタードは、懐から羊皮紙の束を出すと、羽ペンを机上にあったインク壺に浸しながら聞いた。
「いまは最終選考中……ってことにはなってるけど、実質三人ほど採用の予定がぼぼ固まってるね」
「僕らはその彼らが旅立って魔王を討伐するまで、随行するんですか?」
「いや、随行員は一人もう決まっているからね、僕らは基本的にこの部屋で仕事をするんだよ。例外はあるけれど……」
「例外?……具体的にはどうするんですか……?」
「そうだねえ……まだ採用者が確定してないんだけれど……とりあえず身分証明書でも用意するかな」
ランテルノはそう言って立ち上がった。
「一応勇者だからねえ。それなりの立派な身分証明を用意しないとね、偽物が出てきたら困るから」
「ああ、なんかお芝居でよくありますね」
コンタードが相槌を打つ。
「とはいえ、君たちの異動は正確には明日だしね。今日は会議という名の顔合わせだから、ここでお開きにしようか。明日から動き出すからね。僕らの仕事は魔王を討伐するために出来ることをなんでもやること。よろしくね」
ランテルノはそう宣言して、この日の顔合わせは終わった。




