17 方針と決意
澄んだ鐘の音が建物中に鳴り響いた。規定の昼休憩の時間が終わり、午後の勤務時間が始まった合図だった。
魔王対策支援室の事務室にも鐘の音が届き、職員達が仕事を再開する時間……だったが、みんな席に戻る気配はなかった。
「さて、最後の復命事項なんだけれど……」
ランテルノが言葉を切った。職員全員が応接セットに座って耳を傾けている。
テーブルセットにはお茶と軽食が真ん中に集められ、各自が書類を広げて真剣に聞き入っている。
「……ここしばらくの間、物資の調達や支援関係法案の策定、各所との調整と、みんなには頑張ってもらったわけなんだけど、何のために頑張ってもらったのかについて、本室とのミーティングで調整も終わりました。それを復命するからね」
ランテルノはカップを取って口を湿らした。
「勇者は間もなく出発するんだけれど、じゃあ実際どう動くかっていうと……」
「やはりハベノの奪還ですか?」
ミリティストが言う。
「いや、ハベノは騎士団が行ってるだろ」
「せや、勇者が加勢したところであまり意味ないん違うかな?」
コンタードとユーロが反対した。
「そうだね。ハベノは騎士団と軍とが共同で対処してるからね。とりあえず、これ見てくれるかな?」
そう言ってランテルノが書類の束から古びた一冊の本を取り出した。刺繍をあしらった赤く立派な表紙がついている。
「魔王領とは過去に何回となく戦争になってるんだよね。なぜか魔王が復活するわけなんだけれど……直近では八十年前だよね」
一同が頷く。
「この本は八十年前に魔王を討伐したと言われてる勇者の記録。参考になるかなと思って、資料室から借りてきました」
「勇者の軌跡ってことですか……見てもいいですか?」
「どうぞ」
ノヴロはランテルノから本を受け取った。普段から魔道書や研究書などの古い書物や古文書を扱い慣れているだけあって、ノヴロがページを繰る手つきは素早いながらも丁寧だった。
「軌跡って言うか……勇者が魔王を倒した伝説っておとぎ話になってますよね」
「そうそう、私なんて子守歌代わりに育ちましたもの」
「だから軍人になったのかな?」
ランテルノが納得顔で頷いた。
「魔王の拠点である湖の真ん中の島に渡るために、魔法の船を手に入れたって。それで島に乗り込んで戦ったって」
「そうだね。大まかなところはその通りだよ」
「……なるほど……確かに、そのおとぎ話の通りだったんですね。けど、いくつか他の記載もありますね」
「……ノヴロ君、読むの速いね。なぜか古代文字で書かれた本のはずなんだけど……」
ランテルノは驚き顔でそう言ったが、コンタードとミリティストはむしろ呆れ顔だった。
(……こいつなら、古代文字を普通の文字と同じように読むようなことをやりかねない)
内心で二人は同じ事を考えていた。が、ノヴロも慣れたもので澄まし顔で口を開く。
「……フリーの魔法で見つけたんですよ。古代文字の翻訳の」
「……魔法ってのはほんまに反則ですな」
ユーロまでがそう呟やき、普段から口数の少ないクルベノもため息交じりに首を振った。
「なんですか、その反応は?僕、結構努力してると思うんですけど?」
ノヴロが悲しそうに言った。
「うんうん、そうだね。役に立つよね、そういうの。普段からの努力は大事だよ」
「……室長が言うてはるのは正論ですけど……」
「なんか、室長の口から出ると嘘くさく聞こえるわよね」
「……」
ミリティストの感想にクルベノが無言で頷いた。
「……なんだか飛び火しちゃった気がするんだけど……?まあいいや、本題に戻るけどね」
ランテルノが仕切り直す。
「さっきノヴロ君が言った他の記載のことなんだけれど、この船は太陽の女神スーノディオが造って加護を与えた魔法の船なんだよね。そして、スーノディオの加護を得て魔王を討伐した勇者なんだけれど、その後、消息は不明になってるね。故郷に帰ったとも、どこかの国で、それもエルフやドワーフの国に仕えたとも言われてる。まあ、諸説紛々のそこは置いておくとして、船のその後なんだけれど、どこかに大事に保管されてるらしいんだ。ただ、なぜかルーノディオの力で封印されてるみたいなんだけど」
「ルーノディオって言うとルーノ教の月の神ですね」
コンタードが訊ねる。
すると、ページを繰っていたノヴロが口を開いた。
「……ええと、ここかな……『ルーノディオはその力を用いて七つの鍵を創り、船に掛けた魔法の鎖を施錠した。七色に輝くその鍵は、三つは尊き血の元に、二つは高き塔の頂に、一つは大地の奥深くに、一つは深き湖の底に隠された』ですって」
そう言って、本をランテルノに返した。
「……私が調べるのに随分時間掛かったのに……あっさり読んでくれるなあ」
ランテルノが少しむくれる。
「まあまあ、室長。あいつは読んだだけですから。これを突き止めたのは室長のおかげですよ……」
「ああ、見つけたのは私じゃないんだけどね」
「!?……」
一生懸命に上司をフォローしたコンタードは、腰を浮かし掛けて拳を振り上げたところを、ミリティストに羽交い締めにされ止められる。
当のランテルノはまったく視界に入っていないようで、そのまま続けた。
「というわけで、本室の方と打ち合わせたんだけれど、勇者達にはこの船と鍵の行方を捜してもらうことになりましたとさ」
コンタードは腰を下ろし、ミリティストは彼を解放しながら言った。
「現在は湖に出た船は、何かの力で沈められると聞きましたが?」
「それは、八十年前も同じだったみたいだね。だから、女神の加護を得た船だけが渡れたと……それに、今もだよ。ハベノが陥落したこともあるけど、湖上からの迂回路がとれないから奪還も難しいし、逆に陸海で挟撃される場面もあるみたい。原因は湖に船で出れないことだよね」
「ってことは今回も同じって事です?」
「そうだろうね。騎士団の用意した船が何隻か沈んだみたいだし」
ランテルノが言葉を切り、沈黙が降りた。ランテルノを除く全員が渋い顔をしている。
「……一つだけ鍵の目星はついてるみたいだけれどね。他は本室とうちとの共同で捜索するよ?もちろん、勇者自身にもだけど」
「……まあ考え方を変えましょか。目的言うか道筋が見えたことですし、分かりやすいんと違いますか?」
「うんうん、ユーロさんいいこと言うね」
なぜかランテルノはメンバーの中では年齢が上の方のユーロだけは『さん』付けで呼ぶ。というよりも、全員がそう呼ぶ。
「いやいや、室長もそこは分かってはるくせに。敵いませんな」
「いやいや……」
「いやいや……」
変な寸劇が始まってしまった。コンタードが肩を竦めると間に割って入る。
「いい加減にしてください……確かにユーロさんの言うとおり、道筋が見えたのは有り難いです。通常業務に加えて情報を集めるようにしましょう」
みんなが大きく頷いた。ランテルノはカップに残っていたカフォを飲み干して立ち上がった。
「それじゃあ、午後の仕事に戻ろうか。私はちょっと出てくるからね」
そう言ってパンと一つ大きく手を叩いた。すると他の全員が、ジャンケンをするように小さく拳を前に突き出す。
まるで乾杯のパントマイムのようだったが、これは公務員の間では共通になっている、気合いを入れる儀式の一つだった。
調和と前進を誓う仕草。みんなはまだまだ長い昼からの仕事に向かっていった。




