16 訪問者(後)
「室長。お客さんですよ?」
「あ、レーゴじゃないの。いらっしゃい」
「おう、すまんな、急に。寄らしてもらったよ」
ミリティストの言葉も聞かずに、気が付いたランテルノは左手を挙げて親しそうに言った。
「いやいや、ここに来るなんて珍しいなあ。どうしたの?」
「いや、こっちに来る用事があってな……そういや、まだ勤務中じゃないのか?あんまりフランクに話すとまずいか?」
レーゴは頭を掻いた。
「いやいや、いいよ。じゃあ、早退するから。はい、今で勤務時間終わりました」
「室長?」
「マジかよ……」
ミリティストの抗議やコンタードのあきれ顔をものともせず、ランテルノは言い切った。
「おいおい……まあいいか」
「そうそう、いいんだよ。それで?」
「ああ、さっき言ったとおり、寄っただけなんだが、別室の様子も見たくってな」
「順調だよ?旅の準備も整ったし、今は旅先との連絡方法を詰めてるところだけれど、目処は立ったし」
「そりゃよかったな。安心したよ。お前さんに任せたんだから心配はしてないんだが、気にはなってな」
「部下が優秀だもの」
ランテルノはあっけらかんとして言った。
そこにコンタードとミリティストが不安そうに割り込んだ。
「……室長。清掃の方にそんなに詳しく話していいんですか?」
「清掃?」
「ええ、よく中庭を清掃されている清掃員の方でしょう?」
ミリティストがそう言った瞬間、ランテルノとレーゴは顔を見合わせた。
そして、爆笑が巻き起こった。
「わはははははは」
「うぁははははははははは」
「?」
職員達は多かれ少なかれ、コンタードと同じ結論に達していたから、突然の笑い声にきょとんとしてしまった。
「いやー、参ったなあ。ごめんね、うちの部下が失礼を」
「いやいや、それでさっきあんなことを言ってたのか。よく分かったよ」
レーゴが笑いをかみ殺しながら返す。
「あのね。この人は清掃員じゃないよ。陛下です。国王レグーノ八世」
「はあ?」
異口同音に聞き返す声が上がる。普段表情に乏しいクルベノまでが首を傾げている。
「初対面ではないだろう?余の顔を見忘れたか?」
「あ……」
突然ミリティストとコンタードが固まり、少し遅れてユーロも顔色が悪くなった。
「なんだ、そうだったんですね」
ノヴロは一人納得したように言った。ユーロが弾かれたように立ち上がり腰を九十度に折った。
「えらいすみません。大変失礼いたしました」
「わ、わたくしも失礼いたしました。まさか陛下がこのような場所にお一人で……しかも、その格好……」
ミリティストも続きコンタードも腰を折った。
レーゴは全く怒った素振りもなく、ランテルノの方に視線を送ってから笑顔のまま言った。
「よいよい、こういうときは管理者の責任だよな?」
「えええ、こういうのはずるいなあ」
「ふふふ、楽にしてくれ。一人動じてないやつもいるが……」
「し、失礼しました」
隣にいたコンタードが慌ててノヴロの頭を押し下げる。
「彼は大物になるんだよ」
「いやいや、いいな。人事をお前に一任してよかったよ」
「でしょう。面白い子を選りすぐったもの」
「あの……質問よろしいですか?」
コンタードが手を挙げた。
「ん?なんだ?」
「お二人はなにか特別な関係なんですか?室長の態度は普通に不敬だと思いますが……」
コンタードがおそるおそる疑問を口にする。
「ああ、こいつとは子供のころからの友達なんだ。身分を隠して小さな町の初等学校に通ってたときからのな」
「そうそう、レーゴはその時の幼名。一般的には知られてないけどね。大人になって就職してから再会してびっくりしちゃった」
「あの時の顔ったらなかったな」
レーゴは大きな声で笑ったから続けた。
「で、まあ、この格好でいるときは古い友達。正装の時は国王と国民ってわけさ」
「そうそう。時々お忍びでね。この格好で王宮中歩いてるよ」
そう言ってランテルノはようやく応接セットに腰を下ろした。
「普段顔を合わす上の役職者以外は、面白いほど気が付かないんだよなこれが。王冠取って、服と髪型を少し変えただけなのにな。あ、他の者には内緒だぞ」
レーゴは唇に人さし指を当てて器用に片目を瞑った。
「は、はいもちろん」
異口同音に皆が答える。
「この格好の時はレーゴさんでいいからな。ああ、清掃員って肩書きもいいかもな?」
「そこまでは……」
ミリティストが困った顔をした。
「まあ、いいさ。で、さっきは途中になったが、計画は順調なんだな?」
「ああ、大丈夫。改正法も通したし、予算もやり繰り出来てる。後は勇者達が活躍するだけだよ」
「ふふん。活躍してくれるように、頼むぜ」
レーゴは嬉しそうに言った。
「そこは約束だからねえ」
「そうだ」
『いかなる手段を以てしてでも魔王の脅威を退ける』
二人は示し合わせたように言った。
「よしよし、その意気だぞ」
「まかせといてよ」
ランテルノの言葉を聞いて、レーゴは嬉しそうに笑う。
「安心したよ。勇者達が旅立てば、ここも忙しくなるとは思うが頑張れよ」
「もちろん」
返事を聞いたレーゴは一つ頷くと腰を上げた。
「あまり執務室を空けると、秘書官がうるさいんでな。帰るよ」
「はいはい。僕も早退したし帰るよ。また来て頂戴。みんな喜ぶから」
ランテルノが言うと職員たちが首を大きく縦に振った。
「本当かな?」
レーゴが苦笑いを浮かべる。それから、この部屋に来て初めて、威厳を込めた声でレーゴは言った。
「この別室は余が特命で作らせた部署で、目標はさっき言ったとおりだ。予算も少なく人手も少ないだろうが、全力で励んで欲しい」
ランテルノが立ち上がり、他の面々もすぐに倣って立ち上がった。
「はい!」
全員が深々と一礼をし、レーゴは部屋を出て行った。




