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15 訪問者(前)

 夕刻の退勤時間も近くなり、窓から入る陽射しがオレンジ色に変わったころ、ようやく事務室の空気が少し緩み始める。といっても、普段もそんなにしまっているわけではないが、やはり、昼間とは少し変わってくるものだ。

 魔王対策支援室は、みんながようやく仕事に慣れ始め、順調に動き始めていた。

 勇者達自身は本室の管理下にあって研修期間も終わり旅立ちが近づいている。出発の式典を行う予定も決まり打ち合わせも始まっていた。


「というわけで、打ち合わせです」


 ランテルノが言った。


「室長、いい加減、『そのというわけで』はやめません?」


 コンタードがうんざりした表情を作った。


「いいじゃない。今その前の説明をいろいろしたでしょ?」

「そりゃ、そうですけど……」


 コンタードが不服そうに言った。


「で、打ち合わせなんだけれど、さっきも言ったとおり今日は本室と合同です。といっても、向こうは室長代理と調整担当だけだけれど……来ないね?」


 ランテルノが言ったが、彼自身は呑気にソファに腰掛けたままカップを口に運んでいる。黒い実を炒ってすり潰し煎じた苦みの強いお茶で、カフォという飲み物だった。異国の飲み物だが、ランテルノの好みで対策支援室では常用される飲み物と化していた。

 職員もみんなが愛飲している。


「見てきましょうか?」

「いや、いいよ、待ちましょう」


 ノヴロが腰を浮かせ掛けるが、ランテルノが言葉で押さえた。カフォを飲んでゆっくりしたいだけだとみんなが知っている。


「出発日もぼちぼちやし、忙しいんですかね?」

「準備しているのはこっちだけどね」

「本室ってなんの仕事してんですかねえ?」


 ノヴロが思案顔をしながら訊ねた。


「ほんまですねえ。いうて、勇者の件だけと違って、対魔王の施策全般やから、忙しいことは忙しいんでしょうな」

「多分ねえ……ああ、ちょっとお手洗い行くね」


 ランテルノはカップをテーブルに置いて立ち上がった。カップの中身はもう空になっている。

 そのまま片手を挙げて事務室を出て行った。


「……自由やなあ……」

「……マイペースというか、適当というか……」


 ユーロが呟き、コンタードが答えた。


「悩みとかあるのかしら?」

「そらりゃあ、まあ、人間だし悩み無しってわけじゃないだろうさ」

「わかんないですよ?」

「そうなんだよなあ」


コンタードとノヴロが苦笑いを浮かべ、ミリティストが肩を竦めた。


「邪魔するよ?」


 ガチャリと音がして、たった今ランテルノが出て行った扉が開き、綺麗に頭部の禿げ上がった男性が入ってきた。少し汚れた作業着のような青い服を着て、古びた靴を履いている。


「はい?」

「ランテルノ室長はいるかい?」


 訝しげに問い返したミリティストに、男性は快活に答えた。男性は職員証を提げているわけでもなく、どこにでもいそうな、気のいいおじさんに見える。


「室長なら今、席空きです。すぐに戻ると思いますが?」

「どちら様ですか?」

「おお、すまんすまん。レーゴだ。待たせてもらってもいいかな?」

「どうぞ……」


 男は、新しく入口脇に設けられた応接セットで、先程までランテルノその人が座ってたソファに腰掛けた。ノヴロが普通のお茶を用意し始める。

 室内にはヒソヒソ声が飛び交い始めた。


(……誰かしら?本室にこんな人は見たことないし)

(どこかで見たことある気はするんですけど……)

(そうやんな。どこかで見たことあんねんな……どこやったかなあ?)

(あ、あれかな?……ほらよく中庭で花壇の手入れしたり、落ち葉をきれいにしてる)

(ああ、思い出した。そうよ、その人よね)

(せやせや、清掃員の人ですな)

(ああ、清掃員の。室長に何の用事かしら?)

(室長の事だから、なんかやったんじゃないですかね)

(ああ、そうかも)


 完全に信用のない室長だった。


「あの……いつも中庭の掃除とかしていただいてますよね?」


 ついにミリティストが口を開いた。


「ん?ああ、そうだなあ。やっぱり綺麗な方が気持ちがいいからなあ」


 男は笑顔で答える。そして、美味しそうにカップを口に運んだ。今度はコンタードが口を開く。


「いつもありがとうございます」

「いや、なに、自分たちの住んでるところだからなあ」

「そうですよね。まあ、一日の大半をここで過ごしてると、住んでるようなもんですよね」

「ん?いや住んでるんだが?」

「ああ、住み込みですか。大変ですねえ」

「住み込みか……面白いことを言うなあ。確かにそうかも知れんが……」


 ちょうどその時、再び扉が開きランテルノが戻ってきた。

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