14 街角の再会
ミリティストは王宮の中央にある騎士の詰め所を離れると、対策室の建物のある北側に向かって歩き出した。
いくつもの庁舎と通路や倉庫が建ち並んでいる。
「あれ?ミリティストさんじゃないか?」
突然声を掛けられ、ミリティストは足を止めた。
振り返ると旅装した壮年の男性がこちらを見ていた。顔に見覚えはある。
「……ああ、コメカドさん?」
「おお、やっぱり。その節は本当にありがとう。お礼もろくに言わずにすまなかったね」
ミント山でフラモドラコに襲われて瀕死になっていた、あの商人だった。
「申し訳ない。本当は君らの所にお礼に伺わなけりゃならんところなのに」
「いえいえ、お気になさらず」
「こんなところでどうされたのかな?」
コメカドは先程までとは変わって少し柔和な表情を作ると、綺麗に禿げ上がった頭を撫でた。
ミリティストも微笑み返して答える。
「いえ、用務ですよ。少し雑貨を」
「ほほう。なにが必要なんだい?」
コメカドは背負っていた大きな袋を降ろすと、口を閉じている紐をほどき始めた。
中には生活雑貨から薬品まで、雑多な物が詰まっていた。
「たくさんあるんですね」
「まあな。商売だしな」
コメカドはそう言ってはにかんだ。
「実は冒険者三人分の装備品を用意しているところでして……いえ、武器防具以外ですね」
「ああ、それなら用立てられるよ。命の恩人だ。今日は安くしておくぜ?」
ミリティストは一瞬考える。今回の購入は入札は行わない独自調達可能な案件だった。
「本当に?安くしてもらえるんですか?」
「おうよ……そうだな、仕入れ値に近い金額でいいぜ。ただ、余所には言わないでくれよ?」
「もちろんですよ」
「商談成立だな。薬草類とか保存食ならこの中にあるんだが、他は?」
コメカドは袋の中を覗かせるように開く。
ミリティストは懐からメモを取り出した。
「そうですね……コメカドさんのご商売って?」
「最近の流行の言葉だと総合商社っていうんだが……まあ、何でも仕入れて売るよ、って店だな」
コメカドは少し胸を張って誇らしげに言った。
「で、なにがいるんだい?」
「そうですね。保存食に薬草、薬品類。簡易テントや寝袋、あとは旅装ですね。日用品は自分の物を使わせるので……」
「いいぜ。全部うちの店に在庫があるな」
「予算がこれくらいで……請求書払いできます?」
ミリティストは持っていた羊皮紙のメモを見せる。のぞき込んだコメカドが素早く計算をしたようだった。
「おう、足りそうだな。請求書払いも相手が王国なら、まあ、うちは構わない」
コメカドは親指を立てた。
ミリティストはホッとしたように頭を下げる。
「ありがとうございます。助かります」
「いいんだよ。命がなけりゃ、こんな商売も出来なかったんだ」
今度はコメカドが頭を下げる。それから頭を上げた二人は、顔を見合わせて笑った。
「これはあれかい?例の勇者を募集してたっていう」
「そうですね。私、担当なんですよ」
「ああ、じゃあこの間決まったらしいって聞いたから、その勇者様の装備ってわけか」
コメカドは得心したように言った。
「そうですね」
「ふーん。これできっちり魔王を追い返してくれりゃ有り難いがね」
「そうですよね……やっぱり、影響は出てますか?」
ミリティストが少し遠慮しながら訊ねる。
「そりゃあな。ハベノを押さえられたのは痛いさ。あそこは物流の要衝だからな。売りたくても物が入ってこねえ」
「入らないんですか?」
「まったく入らねえことはねえんだが……陸路になると時間がかかる割に輸送量が減る。おまけに、魔物が活発化してて警護やら何やらでコストが掛かるからな」
コメカドは大きくため息をついた。
「取扱量は減るし、値段は上がるし……さ」
彼はそう言って肩を竦めてみせた。
「それでも、今のところ生活必需品にはそこまで影響は出てないが、時間の問題だな」
「時間の問題……」
「ああ、すでに海産物は値段が去年より五割は上がってるし、あとは塩がな」
そういうとコメカドは袋から瓶を二本取り出した。ミリティストは身を乗り出すようにして瓶を見つめる。
「塩と……干し肉ですね?」
「魔王の拠点がある湖は塩湖だ。大陸に出回っている塩のほとんどは湖の周辺で採れる。けど、魔王のせいで湖の近くの危険度は上がってる。というより、何かの結界なのか、湖へ出る船はなぜか藻屑と消える。ハベノの町が陥落してからはなおのこと警戒感が強い」
ミリティストは大きく頷いた。
「さらに言うと、干し肉みたいな保存食類は結構な塩を使うよな。今は前に生産された物だからいいが、これから出来てくる物は塩の値段が反映されるから高くなる」
「それって結構大変な……っていうかその食料類を安く分けていただいて大丈夫なんですか?」
「まあ、いいさ。恩のこともあるが、勇者が頑張ってくれりゃ、この心配も杞憂に終わる。投資みたいなもんだな」
「ありがとうございます」
コメカドは顔の前で手を振った。
「配達しようか?」
「いえ、そこまでご厚意に甘えるのは……あとで人を遣ります。お店の場所を教えてください」
「おお、店に来てくれると助かるよ。ほかにも何かあったらいつでも言ってくれ」
コメカドは言いながら前掛けでごしごしと手を拭くと、右手をミリティストに差し出した。
「今は平穏だが、必ず影響は出る。商売をしてる人間にはそれが分かるんだ。頼むぜ。なんとかしてくれよ」
ミリティストは一瞬だけ戸惑ったが、すぐに手を握り返した。
「承りました。投資を無駄にしないためにも……って言っても頑張ってもらうのは勇者たちなんですけどね」
「違えねえな」
二人は笑い合った。
「店は中央通りだ。これでも大店の店主なんだぜ。コメカド商会で聞いてくれりゃすぐ分かると思う」
「わかりました。よろしくお願いします」
二人は握手した手を離すと、商人と客らしく一礼をして別れたのだった。




