13 戦況は厳しく
煌めく白刃が目の前に迫った。
体勢を低くして頭上にやり過ごすと同時に、握りしめた剣を振るう。右側から逆袈裟の形で切り上げた剣は鎧の胴の部分にあたり、甲高い金属音を上げた。
「それまで!」
声が響き、ミリティストは振り抜くはずだった剣を降ろした。木剣にメッキを掛けた練習用の剣である。
「お見事。腕は落ちていないな」
「少しは鈍っているんだけどね」
審判をしていた男にミリティストはそう返し、対戦相手に一礼する。
騎士になりたての若い男は同じように一礼すると、少しだけ悔しそうに顔を伏せた。
「お前は相手の動きが見えてないな。落ち着いて視野を広げることだ」
「はい」
審判の男にそう言われると、きびきびとした敬礼を返し、走り去った。
王宮の中庭にある騎士達の詰め所である。
小さな二階建ての石造りの建物に、鍛錬のための小さな広場がついていて、国内にいくつかある騎士団から派遣されている王宮勤務の者と、軍の兵士が使っている。
ミリティストの前の職場はこの詰め所だった。
自身も騎士の資格を持った軍の武官で、前線勤務の経験もあった。前職では、この詰め所で王国の軍隊と各騎士団との調整を行っていたのである。
王国に公的な組織として所属する騎士団は宮廷騎士団以外には三つあり、それ以外に小規模な私設の騎士団がいくつかと、宗教騎士団が二つある。それぞれの代表や王都勤務の騎士達が訪れる場所であり、各騎士団や軍の兵士の交流や調整を図る場所でもあった。
「忙しいところ、若いのの相手をしてもらってすまなかったな」
「いいのよ。私も少し身体を動かしたかったから」
「そう言ってもらって助かるよ。最近はどうだ?」
「モーリスも来てみれば分かるわ。大変だけど、まあ、面白いと言えば面白いかな?」
「それは何よりだよ」
審判の男、モーリスは言った。彼は王国所属の曙騎士団の王都駐在騎士だった。しばらく一緒に仕事をしていたせいで、割と気心は知れている。
「それでさっきの話だが、あとで若いのに届けさせるよ」
「ありがとう」
勇者達三人の装備品の調達だ。
兵士用の物では少し性能が落ちてしまうため、騎士団から融通してもらうようにお願いをしたところだった。
一般から徴兵、ないしは公募する軍隊の兵士よりも、幼少のころより訓練を重ね、自分の意思を強く持って任官した騎士の方が、個人での武力は上だ。だから、武具もよいものを使っている。さらに言えば、曙騎士団は各地での魔物に対しての警戒が主な任務になっているため、比較的損耗が少なく、武器防具にも余裕があるのだ。質も悪くはなかった。
先程の稽古は、その調達に対する細やかな対価でもあった。
ミリティストは広場を離れ、建物の脇に置いていた小さな背嚢の元に歩み寄ると、手拭きを取り出し汗を拭った。それから水筒の水を口に含む。
「また時間があったら若いのを鍛えてくれ」
「いいわよ。自分のためにもなるし。でも対価として成立してるのかしら?」
「構わないさ。うちの騎士団はこれから急激に実践が増えるからな」
「?」
「この間の会議で、曙騎士団は各地の魔物への対応を担当することになったからな」
「まるで冒険者ね」
「ああ、まあ、各村や町に駐屯しての警備が実態だが、この一年で魔物の動きが活発化したからな」
「魔王のせいね?」
「だろうな。公式には沈黙してるが……」
モーリスは大きくため息をついて、背嚢の横で汗を拭うミリティストの側に座り込んだ。ミリティストも腰を下ろす。
「実際の所、どう?」
ミリティストは水を飲み込んでから聞いた。
「そうだな。東雲騎士団がなんとか押さえているが、ハベノの港町は取り返せていない。あそこに押し込めているのが精一杯だな」
「茜騎士団は?」
ミリティストは三つの騎士団の最後の一つを挙げる。
「増援が決まった。今は準備をしてハベノへ向かうところだ」
ハベノの町は港町で、王国の南東部に位置する豊かな町だった。貿易の拠点としても栄え、湖をぐるりと一周する環状街道の要所でもあり、湖を使う海上交通の要所でもあった。
その町が半年前に突然魔族の襲撃を受け陥落したのだ。大陸側で唯一の魔族の拠点となっている。
幸いにも東雲騎士団が王国軍の兵士と協力して、そこから先の進行は抑えているが、常に激しい戦闘が行われている。
「東雲騎士団が四百と王国軍兵士が一万二千、茜騎士団の増援は二百五十ってところだな」
兵士は集団戦を得意としているが、騎士は個人としての武勇を極めている戦いのスペシャリストだ。騎士一人が兵士の二十人にも五十人にも匹敵すると言われている。
魔物や魔族が相手では、集団で当たるというのも難しい。そこで騎士達が力を振るうわけなのだが、戦線は安定はしてはいなかった。
「魔族も随分強いのね」
「ああ、個性が強すぎて兵士達が戦うと振り回されてしまうんだ。種族の数が多すぎて対応しきれていない。ほとんど我々騎士の独壇場さ」
「守るだけなら軍でも大丈夫なんでしょうけれどね」
「まあな。だが、団長は絶対陥とすと息巻いてるぜ」
「東雲の団長?」
「いや、ジュビリー殿だな」
「宮廷騎士団かあ……」
ミリティストは頭を振った。権力争いとは言わないが、何かしらの対立が背景にあるのは容易に想像できるのだ。
「曙騎士団は?」
「うちの団長はお人好しだからな。というよりも今はとにかく市民を守るのが第一だそうだ」
「なるほどね」
広場には数人の騎士が現れ、稽古を始めたようだった。砂が舞い上がり歓声が上がる。
「ああ、だから前線も気にはなるが、より直接市民の側に居るために今回の役割を呑んだらしい」
「……騎士の鏡ね」
「ああ、そう思うよ。俺も王都の警護に力を入れるつもりだ」
「頼もしいわね。私も調整役は外れたけれど、なにかあったら声を掛けてちょうだい。対策室として出来ることがあるかも知れない」
ミリティストは鎧を鳴らして立ち上がると、背嚢を背負った。
「期待してるよ、ミリ」
「ええ、お互いにね」
片手を挙げたモーリスにミリティストは片手を挙げ返すと、軽く手を振った。




