11 祝賀会2
「……やられたなあ」
コンタードは諦めたように呟くと、グラスに残っていたワインを飲み干した。それから近くにいた給仕係から新しいワインを受け取ると、意を決したように歩き始めた。
会場の中心にある食事の置かれたテーブルまで進んだコンタードは、さらに入口から見て奥側にある、主賓席の卓の方へ向かう。
近づくにつれ人が増え、その中心にいるのがジュビリー団長だった。
周りに知り合いがいないか眺めてみるが、コンタードが話しかけられそうな人はいない。むしろ胸に提げた勲章の数は増え、衣装が豪華な人ばかりが集まっている。
気後れしてしまい、そのまま人の塊を突っ切って壁際に行くと、壁に沿っていくつか並べられたソファに腰を下ろした。
ため息をつく。
「こういうパーティは嫌いかい?」
不意に声を掛けられたコンタードは、身体をびくりと震わせて辺りを見廻した。
「ああ、ごめん。驚かしてしまったか」
「すみません。気が付かなくって」
コンタードの腰を下ろした左側に一つ空席をつくってその隣に、若い男性が腰を下ろしていた。
「気配を消していたからね。仕方ないさ」
男はそう言って微笑んだ。勲章の類いは一つぶら下げているだけだが、コンタードはほとんど目をやらなかった。むしろ、端正に整った顔立ちに目を奪われる。
鼻筋が通っていて、青い瞳が透き通るようだ。派手ではないが、手入れの行き届いた、シンプルながら高価そうな赤い礼服を身に纏っている。歳はコンタードとそんなにかわらないだろうが、明らかにな貴族のような高位の雰囲気を身につけている。
「気配を消す、ですか?」
「ああ、主役がいらっしゃるのに目立ちたくないからね」
男はいたずらっぽく笑う。
「こういうことが多くて、だから、目立たないようにする術を覚えたのさ」
「わたしも、別にパーティが嫌いというわけではないんですが、仕事では気を遣うことも多いもので……」
コンタードは少しだけリラックスして笑みをこぼした。
男の言葉に嫌味はなかった。ただ、自分が目立つらしいということを自覚して振る舞っているだけのようだ。
「ああ。そういうのは分かるよ。仕事は辛いものだからね」
「しかし、貴方さまのように華のある方はどうやっても目立ちませんか?」
「コツがあるのさ」
男はコンタードの褒め言葉を否定はしなかった。もちろん、コンタード自身も嫌みを言ったつもりはない。
「見たところ君は議員でも騎士でも軍人でもないようだね?」
「ええ、しがない役人です」
「ほほう、珍しいね。行政府の職員がパーティの主賓の近くまで来てるとは?」
「ええ……実は……」
コンタードは素早く頭を回して考える。相手の素性がよく分からない以上、あまり素直に答えるのも面白くないことになりそうだった。
「上司の指示で、主賓である団長さまにご挨拶をして来いと……お前は少し場慣れする必要があると言われまして」
「場慣れ?」
「ええ、実は少し対人恐怖症の気がありまして。荒療治ですね」
「それは……確かに」
ほっそりとした真っ白な指を顎に当てて、男は言った。
「谷に突き落とされる獅子も同然だな」
「ええ。それで気後れして逃げてしまいました」
「なるほど……では、驚かせたお詫びに、よかったら、わたしがご紹介しようか?」
「はい?」
「いやいや、また、驚かせたか。こう見えてもそれなりに偉いのだよ?ジュビリー団長ならばご紹介できるくらいには、な」
「……それはとんだご無礼を……失礼ですが、貴方さまは?」
その時の男のいたずらっぽい笑顔を、コンタードはしばらく覚えておくことになる。
「プリニカ・レグーノ。レグーノ八世は父だよ。わたしは三男だ」
「!?」
「はははははは」
プリニカは眉毛を高く上げて、とても楽しそうに笑い出した。まさしく腹を抱えてだった。
コンタードは随分と間の抜けた顔で立ち尽くしてしまったようだ。
「た、大変失礼しました」
「よいよい。先程通りでよい」
慌てて席から飛び上がり、床に這いつくばるようにして謝罪しようとしたコンタードを。プリニカは慣れた様子で押しとどめた。
「わたくしの方から名乗りもしませんで、失礼しました。わたくしはコンタードと申します行政官です」
「コンタード、な。名前に覚えがある……ああ、この間の異動の文書で見た名前だな。確か……」
「魔王対策室へ異動になりました」
驚いたようにコンタードが答えた。自分のような下っ端の名前を覚えている王族や貴族など皆無だと思っていたのだ。
そのコンタードを見て、プリニカは目を細めてから言った。
「おお、そうであったな。であれば……上司はアレか」
「?……ああ、そうですね。アレです」
含み笑いを見てからコンタードも一緒に笑う。
「よし。ついて参れ。紹介してやろう。貴公はどうやら面白いようだ」
「……初めて言われましたが?」
「では意外と皆、見る目がないのだな」
「そのようなこと……有り難きお言葉にございます」
「まあまあ、よいのだよ。気にするな。では行くぞ」
プリニカは椅子から立ち上がると、指でついてくるように合図した。コンタードも立ち上がる。
「はい。ありがとうございます……時に殿下、その……アレとは有名なのですか?」
「ん?……ああ、そうだな、それなりには有名だろうな。別室とは言え室長だからな。管理者の中でもそれなりに上位のはずだ」
後ろをついて歩いているので、表情までは伺い知れなかったが、プリニカの声は少し楽しそうだった。
数人の出席者が、歩くプリニカに気が付くと、すぐに頭を下げて道を開けてくれる。それが連鎖的に続き、海が割れるように人垣が割れていった。
よくこれだけの力を持つ人が、部屋の隅まで一人で辿り着き、のんびりとお酒を嗜めたものだ。
コンタードは驚きを隠しながらついて歩くと、やがてジュビリーの元へ辿り着いた。




