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9 業務命令

 コンタードは緊張していた。

 目の前の真っ白な巨大な空間に赤い垂れ幕と赤いカーペットが敷かれ、何本もの彫刻を施された太い柱が巨大な大理石の天井を支えている。正装を纏い、床に長剣と王国の紋が入ったラウンドシールドを、杖のように立てた重装備の儀仗兵が、ずらりと数十人並ぶ。その先には階段が続き、遙か視線の先には玉座があって、王冠を着け、威厳という言葉を体現したような男性が錫杖を片手に立っていた。

 コンタードは同じく正装で直立不動のまま冷や汗を流す。黒靴と黒いズボン、糊を利かせたシャツの上に黒い法衣を纏っている。

 その横にはこの状況に巻き込みやがった自らの上司が、いつものように呑気な雰囲気を醸し出しながら立っている。

 服装こそ糊を利かせ、いつもよりきちんとはしているが、本人のオーラは隠しようがない。事実、同じく王宮の謁見の間にいる貴族らしき数人は、ランテルノを見て顔を顰めている。

 もっとも、本人は気づいているのかいないのか、まったく意に介する様子はなかった。

 

 話は三日前に遡る。


「コンタード君さ。議会対応って経験はある?」

「はあ、それはまあ、答弁書の作成くらいはやってましたけど……」


 事務室で珍しく神妙に訊ねてきたランテルノに、コンタードは警戒しながら答えた。

 一緒に仕事を始めて数日、短い期間とは言えランテルノの危険性を十分理解したコンタードは、防御に努めながら様子を伺っている。


「そうだよねえ。議会の出席は管理者なんかの仕事だもんねえ」

「そうですね。大体は。それで?」

「いやだなあ。なんか僕嫌われちゃってる?」

「いや、そんなことはないですよ。みんな口の中を火傷するのが分かってても唐揚げって好きじゃないですか。あれと一緒です。火傷しないように警戒してるんですよ」


 コンタードは悪びれることなく言った。

 ランテルノの目が妙に遠くを見るように細くなった。


「照れるなあ……それは僕を好きって事かな?」

「嫌いじゃないですよって意味ですよ?」

「照れなくていいんだよ?」

「別に照れてはないですね」


 努めて冷静に答えるコンタードに、ランテルノは肩を竦めてから本題に入った。


「三日後に式典があるんだけれど、コンタード君も一緒に出席してちょうだい」

「……式典ですか?」


 すると、ランテルノはにこりと笑って羊皮紙を差し出した。コンタードが目をやると、どうやら何かの案内の文書のようだった。


「……叙勲ですか……」

「そう。この間、宮廷騎士団の団長が奉職して四十年になるからっていうことで爵位が上がってね。勲章も出たんだよね」

「じゃあ、その授与式というか?」

「そうだね。一応、文官の方からも出席するようにお達しがあってね」


 コンタードは周りを見廻した。

 先程まではみんなが顔を会わせていたが、今は自分の仕事に掛かっているのか、全員出払ってランテルノとコンタードの二人しかいなかった。

 コンタードが話を続ける。


「室長だけじゃないんですか?」

「それでもいいんだけれど、三人までは出席できるよって、文書が出てるんだよね。それでコンタード君を連れて行こうかと思って」


 コンタードは視線を斜め上に向けて、少し考えてから言った。


「仕事ですから、命令があればもちろん出席しますが」

「嫌だなあ。僕は命令するのは苦手なんだよね。自主性を育てたいんだけど」

「……本当のところを聞きましょうか?」


 コンタードが乗ってこないのを見ると、ランテルノは少しだけ拗ねた顔を見せながら、少し声を落とした。


「この間の法案の件だけれど……」

「ああ、ユーロさんが草案を作った改正支援法のことですか?」

「そうそれ。根回しは済んでるんだけど大変だったんだよねえ」

「ええと、それって室長が?」

「そうだよ。ちゃんと仕事してるよって、言ったでしょ?」

「………ああ、言いましたね、それ。ほんとだったんですねえ」


 コンタードは感心したように答えた。


「でしょう?」

「ええ、ちょっと感心しましたよ」

「それでね。結構大変だったから、僕がやらなくても出来るように、少しずつ育てていこうと」

「……俺の感心を返してください」

「いや、無理だよう。もう、貰っちゃったもの」


 コンタードはため息をついてから、書類を掴んで整えた。

 ランテルノは頬杖をついてにこにこと微笑んでいる。


「それで?」

「あーごめんね。脱線しちゃうの癖なんだよね。それで僕がラクをするために、コンタード君には他部署の偉い人やら、貴族議会の議員と国民議会の議員やらと仲良くなって、パイプを作って貰います」


 ランテルノは、にこやかにそう言った。

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