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執事が愛したお嬢様

お嬢様の舞踏会は。

掲載日:2020/03/28

「愛してますよ、お嬢様。」の続編です。

まだ未読の方はそちらから見て頂けると嬉しいです。

上の『執事が愛したお嬢様』をタップすると開けます。


執事に見送られ舞踏会へと赴いたお嬢様は……。


 (あと、もう少し……)


 殿下のわたくしを社交界から追放する為の口上が終わり、退場できるまで、あと少し。

 もう少しで殿下がわたくしに引導を渡す。高らかに婚約を破棄し、契約書を破り捨てる。

 だから。


 (今倒れるわけにはいかない)



 寝不足のせいか、朝からいつもより重いように感じていたわたくしの体は、今限界に達していた。


 体調が悪いことに気がついたのは、ドレスの着付けをしている最中だ。妙に寒くて肌をすり合わせた時に、メイドが異変に気づいてくれた。

 こんなタイミングで欠席したら、これ以上何を言われるか分からないから、無理に出席したけれど……。

 今日は辞退したほうが良かったかもしれない。

 会場は薄寒く、人の話し声や人の多さで、頭がひび割れそうだ。


 ふぅ、と密かについた吐息は、婚約破棄の憂いとして見てくださるかしら。なんて目線を上げると、殿下は勝ち誇ったように口元を歪めていた。

 向けられた取り繕いもしない悪意に、一瞬体調のことも忘れて眉を顰めた。

 瞬間、視界が歪む。



 「――! っ」


 喉の奥から何かが迫り出してくるような感覚に襲われ、咄嗟に閉じた扇で口元を押さえた。


 次いで頭も更に痛んでくる。

 どうやら、殿下の御言葉が終わるまで、なんて悠長なことは言っていられないらしい。

 膝の力が抜けそうなのを堪え、憂いを顔に出さないように気を付けて、ロゼリアは【侯爵令嬢 ロゼリア・カリーツェ】の面を被り直した。

 最後の力を振り絞って顎を上げ、前を見据える。



 (さあ、笑え。この熱を力にして、高らかに!)


 執事(ヴァン)が求めている侯爵令嬢は、こんな陳腐な王子相手にも、ましてや自分の身勝手な体になんて負けない。

 彼の隣に立つには、これくらい平然と成し遂げなくては。



 そう想うと、自然と自分のするべき事は分かってきた。


 ふふっ、と熱に浮かされたような笑みを意識して浮かべてみる。

 こんな注目の浴びた中、笑うのは正気じゃないほうが余程楽だ。

 殿下の言葉を押し退け、しかし周りに不敬と言われないように高圧的に――いっそ女王様と揶揄できるような声が出た。



 「あら、殿下。でしたらわたくしは失礼しますわ」

 「は、」

 「わたくしのことをお嫌いなのでしょう。だったらそちらの方と一緒になればよろしいのです。まあ最も――」


 貴族の最低限の義務すら遂行できない方に、王など務まりませんが。そのような意味を込めて一瞥する。


 「わたくしはこの滅びの輪から抜けさせて頂きますわ」


 必死に、それでも悟られないように綺麗なカーテシーをし、扇を広げて歩く。


 外まで、3歩、2歩、1歩……気の利いた衛兵が扉を開け、外の空気が会場中に広がった。

 冷たく乾いた冬の空気だ。


 もう一度微笑んで軽く礼をすると、衛兵は扉を閉めた。



 「――っ、ぁ」


 力が抜けて、へたりこむ前に辛うじて壁に寄りかかった。

 頭を押さえ、冷たい空気を少しでも入れようとしたため、髪はもうぼさぼさだ。

 誰もいない、否、来れないからこそ出来る所作だった。


 さっきの言動の間に吐き気は収まったが、今度は途轍もない寒気を感じる。

 誰も居ず、かつ頭の冷やせる裏庭園に近い扉から出たが、間違いだったかもしれない。



 (悪役令嬢が卒倒なんて、柄でもない――)


 こんな役割の者に近づきたい人なんて、例え使用人でも居ないだろう。

 発見された時にはこの世のものではないかもしれない。


 ――だから、倒れる直後、懐かしい温もりが自分を包んだなんて、夢だったに違いないのだ。




***



 「お嬢様、起きてください」

 「――んん」



 懐かしい声が聞こえて微かに目を開ける。


 「ヴァン? もう、すこしねかせて……」


 そう言って再び布団に包まる。

 そして僅かに間を開けてから、ん? と首を傾げた。

 いつもならここで布団を取って、ダメですよ、遅刻します、と悪戯気に言われるのだ。

 なのに、どうしたことだろう。何も返事がないなんて……。



 ほんの少しだけ布団から顔を出すと、ヴァンは泣きそうな顔をしていた。

 思わず頬に手を伸ばすと、手を引っ張られてそのまま抱き締められる。


 突然の行動だが、しかし――何処か焦燥感に駆られているヴァンの背中に、取り敢えず手を回してゆっくりと撫でる。

 短い間そうしていると、ぽつり、ぽつりとヴァンは声を漏らし始めた。

 その掠れたテノールの音は、いつもより数段低く、怖いほどに淡々としていた。

 聞いたことのないその声に、わたくしは肩を小さく揺らしてしまう。



 「――お嬢様がどこかへ行ってしまわれるかと思いました」

 「何言っているの。わたくしはちゃんとここに……」


 いるわ、と言おうとしてようやくわたくしは現状に気付いた。


 (ああ、わたくし、倒れたのね。だからこんなにもヴァンが取り乱して……)

 「大丈夫よ」


 ゆっくり、ゆっくり背中を撫でて、ヴァンは漸く腕の力を緩めた。

 立ち上がり支度をしようとすると、再び後ろから抱きしめられる。

 まるで手加減のされていないそれは、少し苦しくて。


 でもわたくしの存在を確かめるように、肩に顔を埋められると、何も声が出せなかった。

 腕の力が何度か強まったり、弱まったりして葛藤するように抱き締められ、次に見たのはもう、いつものヴァンの顔だった。


 「お嬢様、お着換えください。そこから朝食といたしましょう」

 「もとからそのつもりよ。貴方が邪魔しただけで」


 おや、そうでしたという含み笑いをし、ヴァンは出ていった。



 跡も残らないような軽い口づけをされた、首元をさらりと撫でる。

 きっと親愛の情が籠もっているだろうそれに、耳が赤くなった気がしたのは、気のせいだろう。




***


 王宮の一角、裏庭園とも呼ばれる場所は、宮の者を取り込みさえすれば、いとも簡単に潜り込めて、かつ見つかりにくい。

 忍び込むにはうってつけの場所だ。


 俺は音を立てないようにそこの植木にもたれかかり、侵入の為に借りてきた騎士団の制服を緩めた。

 堅苦しい服に漸く開放されると、珍しく手入れがしてあったのか、赤いバラの香りがふわりと舞って揺らいで消える。


 気高く、美しく、それでいて儚い紅花。


 「薔薇、か」


 朝のお嬢様を思い出し、ふ、と笑みが溢れた。

 欲求のままに一つの花弁を撫でると、サラリとした感覚が指先に伝わる。


 彼女のことを想ったからだろうか。

 木の影の先から見えた会場の扉から出てきた女性が、お嬢様のように見えた。

 この時間帯は、お嬢様はまだ、婚約者とファーストダンスを踊っているはずなのに。


 「――っ、ぁ」


 刹那、ぐったりと壁に寄りかかった女性は、ふっと力尽きるように重心を前に傾けた。

 咄嗟に駆け寄って支えると、既視感がある。

 薔薇のように美しく、小動物のようにか弱いその令嬢は。


 「……――お嬢様?」



 様子がおかしい。頬は上気しているのに、顔全体がどことなく青白い。

 額を当てて熱を確認すると、かなり熱い。こんな事は今まで無かった。


 頭が、痛い。喉が干上がりそうだ。

 俺は、どうしたらいい?




 ……そこからはよく覚えていない。


 ただ気づいたらお嬢様の部屋にいて、お嬢様が横たわっているベットの脇で椅子に座って放心していた。

 もう夜は越したらしく、部屋に日の光が差す。


 「お嬢様、起きてください」


 いつもみたいに、しかし揺さぶらずに静かに言う。

 これで、起きるはずがない。

 頭では分かっているのに、言わずには入れなかった。


 しかしその直後、可愛らしい彼女の声が響いた。

 あんなに魘されていたのが嘘のように軽やかな、いつも通りの声だ。


 呆然として声の出ない俺に、お嬢様はクエスチョンマークを浮かべて寝ぼけながらも少しだけ布団から頭を出す。


 思わず、彼女が俺の頬に伸ばしてきた手を取って抱き締める。

 暫くすると我に返り、そっと離したが、また耐えられなくなって抱き締めてしまった。

遅れてしまい、申し訳ありません!


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